第77話 イプシロン
それは、天井から降り注ぐ人工の光を喰らうかのような姿だった。
つや消しの黒を主として、アクセントに朱のラインが入っている。
光沢の無いその黒は、光をも切り取り、まるで風景を人型に削り取ったようにも見えた。
細くくびれた腰と、長く華奢な足。
それでいて両腕は太く、ボリュームがある。
否、それは腕ではない。
足に負けないほど細い腕が保持する、縦長の楕円型の大型盾。
それを左右に一枚ずつ、機体全体を隠すように装備している。
その間から覗くヘッドパーツは、シンプルな単眼カメラ型。
構成としては、軽量級機体の両腕に大型の盾を装備するという、一風変わった機体構成だ。
よくよくみれば、身軽そうなその機体は、一部内部フレームがむき出しのままだ。装甲を最低限と割りきっているのだろう。
その分を大盾でまかなうと言えば聞こえは良いものの、軽量機体で、フレームが見えるほど装甲も最小限ともなれば、機体の耐久性に難があることはすぐに分かる。
その機体が、二枚の盾を構えながらゆっくりと腰を落とした。
試験開始の合図。
と、同時に。
イプシロンが前傾姿勢を取った。
瞬間!
その背後に火球が生じた。
弾かれるように、“彼”が疾駆する。
その背面バックパックと両ふくらはぎに備えられたスラスターが火を吐き、華奢な“彼”の“体”を滑らせる。
試験終了毎に行われるデータ整理によって、前の機体が残した傷跡ひとつ無いアリーナに、新たな傷が刻まれていく。
そして、まずひとつ目の的へ接近した“彼”は、左腕を真横に振り抜いた。
「!?」
その瞬間の映像を見て、リムは息を呑む。
“彼”の左腕が持っている楕円の大盾に、亀裂が入ったかと思うと、その全長が、あっという間に二倍……いや、三倍以上に伸長した。そして先端部分がアリの大アゴのように左右に開いて的に食らいつく。
楕円の大盾が、蛇腹状に伸びたそれは、まるで大蛇のようだ。
さらに右腕を振るえば、そちらの盾も同じように伸びる。
“彼”は、その大蛇達を自在に振るい、的を次々に食い散らかしていった。
その速度はかなりのものだ。
G粒子ジェネレーター由来の浮揚機能は、ブレーキング能力を持たない。
機体を大きく振り回せばそちらへの慣性はしっかり残る。
それを回避するために、GSにはしっかりとした足があるのだ。
そのため、格闘系の武装を振るう際には、足をしっかり地に着ける必要がある。
そうでなければ、振り回した武器によって、逆に機体が振り回されてしまう。
反動制御用のアポジモーターで制御したり、全身の挙動で慣性を打ち消したりする機体は実はかなり多い。
格闘機ともなれば、スラスター噴射や足で強引にブレーキングするプログラムを仕込んでいる機もいるほどだ。
だが、このイプシロンという機体は、反動をも加速に利用し、攻撃に転用する。
まるで踊るように、黒い機体はアリーナを舞う。
そして、すべての的を両腕の大蛇が食い尽くしたときには、その日の性能試験最高ラップが出ていた。
「……ふう」
結果を見て、リムは大きく息を吐いた。
イプシロンの機体性能は言うに及ばず、ライダーの腕前も良い。
明日以降行われる防御試験や模擬戦闘試験も見逃せないだろう。
「あの盾が特徴的すぎるけど……」
一切の飛び道具を持たず、攻防一体の大盾だけを持ったそのスタイルが、イプシロンの全容とはリムには思えなかった。
盾を攻撃に使えば防御はおろそかになる。
だが、二枚あるからには攻撃と防御に分けて使うことも出来るだろう。そして、あの伸縮機能による攻撃範囲はかなり広い。
映像上の目測ではあるが、百メートル弱は届いていたように見える。
だが、モーションの起こりが見破りやすいようだ。
それでも……。
「……操っているライダーの腕前でカバーできている」
事実、性能試験の映像では、盾の伸縮と舞うような機体の機動が見事に連動しており、一見して攻撃を差し込む隙をリムには見いだせなかった。
あるいはアサクラやアヤメならば何か見つけられるかもしれないが。
「……今日は少し見てもらっただけだけど……」
改めてじっくり見極めてもらった方が良いだろうか? いっそのことリアノンに解析を頼むのも手ではあるが。
「……どちらにしても、あの盾だけがイプシロンの装備とは言えないわよね」
トータルの金額や使える資材の質に制限はある。
また、稼働時のコストなども踏まえて評価がなされるため、単純にオプションの種類が多い方が良いというわけでもない。
それでも、フル装備があの盾二枚というのは考えづらかった。
「どっちみち情報が出揃わないと判断はつかないわよね」
リムは大きく息を吐いて、次の要注意機体の映像を呼び出した。




