第7話 メックスミスの戦場
「……ふむ」
だだっ広い工場で、リムはひとり顎に手を当てて思案していた。
とりあえずは機体だ。
あのアレクと言う少年の。
彼のグラウンドスライダーによる戦闘ログを分析した結果、面白いことが分かった。
答えから先に言ってしまえば、良くも悪くも特徴らしい特徴が無い操縦、戦闘センスだ。
初期機体中もっとも平均的なグラウンドスライダーであるグリーンナイト。
これを可もなく不可もなく操っている。全体的に言えば、機体性能の六割前後を丁寧に引き出して戦っている感じだった。
射撃も、格闘も、機動も、防御も、その全てが60%程度で引き出されている。
普通はどこかにそのプレイヤーの傾向が出るものだ。
射撃をしたがる者。
格闘をしたがる者。
機動戦したがる者。
防御戦に偏重する者。
だが、アレクはどれも満遍なく行っている感じだ。相方は突撃格闘タイプのようだが、これをうまくサポートし、また要所要所で自分も攻めに出ている。
良く言えば万能なプレイヤー。
悪く言えば器用貧乏なプレイヤー。
そういうプレイヤーだ。
このタイプのプレイヤーは最終的に二つのタイプに別れることになる。
ひとつは、どこまでいっても凡庸で、可もなく不可もない普通のメックライダー。
もうひとつは、あらゆる局面で活躍する、トップエースライダー。
果たして、彼はどちらになるのか?
「ま、何にしても機体の性能を引き出してくれそうだっていうのは、メックスミス的には嬉しいけどね」
リムは楽しげな笑みを浮かべながら呟いた。
メニュー画面を開きファクトリーのセッティングを行う。
機体作成のためのメニュー画面を展開し、パーツ類のリストを呼び出す。
すると工場の機械に電源が入り、奥の倉庫入り口シャッターが上がっていく。
そして、工場のあちこちの壁の小さな戸を跳ね開けながら、四本の足に車輪が着いた40㎝ほど球体型ロボットが姿を表し始めた。
単純作業向けのファクトリードロイドだ。
それらが工場内を走り回り配置に着く。
「んー。まずはジャンクパーツの解体ね。よろしく」
リムの言葉にファクトリードロイドの一部が“OK”と表面に表示させて動き出す。
グラウンドスライダーは頭、胴、腕、脚、BPの組み合わせで構成されている。これらのドロップジャンクパーツは、基本的には売り払い専用だが、リムのようなメックスミスの場合、[解析]、[パーツ鑑定]などのスキルにより、ジャンクパーツ内の無事な部品を見つけられる。
ファクトリードロイドの解析能力は所有するキャラクターに準ずるため、よほどの事が無ければ見落とさないはずだ。
逆にスキルが無ければ100%見落とす。
メックスミスとしてやっていくなら確実に必要なスキルだ。
「……ナイト系機体のジャンクは拾ったものが何機分かあるからそこから取るとして……」
呟きながら、分解されたパーツの構成部品を吟味していく。
ファクトリードロイドがリスト化してリムのメニューに挙げてくるのでその情報を細かく精査する。
「……ふむふむ、やっぱりクォリティJのパーツがメインだね」
パーツの種類ごとに分けられたリストをスクロールさせてチェックする。
クォリティは分解したパーツの良し悪しだ。
ランクはS、A、B、C、D、Jの六段階。この内、Jはジャンクランクで、ほぼ使い物にならない。Dは最低限でCは標準クォリティ。Bはハイクォリティランクで、Aはレアクォリティランクだ。
このAランクのパーツはかなり高いが、ボス級NPC機のパーツから獲れることがある。
無論流通数も少ないし、かなり高い。
その上のSに至ってはプレイヤーのメックスミスが成長させた高い[エンジニア]スキルと[機体製作]スキルを以て、いくつもの高純度レアメタル系素材と高級な製造機材類を駆使しないと作れない。
スキルと機材はリムも所持している。高純度レアメタル系素材もある程度は倉庫にあるが、これらはなかなか手に入らないし、売られていても高額だ。
アレクから渡された資金では一割も払えない。
いかに彼の意気に応じたとは言っても、そこまでサービスは出来ない。
「……せめてCランクパーツが出てくれれば……」
リストをチェックしながら呟く。
そんなリムの手が止まり、目が見開かれた。
「び、Bランクのジェネレーターコアっ?!」
予想外のパーツが視界に飛び込んできて、リムは思わず声をあげた。
ジェネレーターコアは機体の心臓部となるパワージェネレーターの中核を為す最重要パーツだ。
この部品クォリティでジェネレーターのクォリティが決定されると言っても過言ではない。
回収ジャンクパーツのパーツクォリティは撃破時に決定される。内部パーツまですべてだ。
ジェネレータコアはパワージェネレーターが収まっている胴体パーツから回収できるのだが、戦闘において胴体部パーツは脱落もしないのでなかなか回収できないし、あっても大破していることが多い。
しかも胴部を大破すると高い確率で内部パーツは壊れて使えないジャンクパーツになる。
往々にしてグラウンドスライダーは胴体部パーツを破壊しないと動きを止めない。一番手っ取り早い撃破方法も胴体部の破壊なので、当然ジェネレータコアの入手率は低く、ゲーム全体で手に入るの稀だ。
その上Bランクともなればかなりの幸運だ。
「彼から引き取ったパーツね? リアルラックがあるのかしら?」
品質グレードが標準とはいえ、ドロップ率が高くないジェネレータコアを引き当てるなら、運が良いと言えるだろう。
もっとも、アレクはメックスミスではないから見落とした上で二束三文で売り払った可能性が高い。
こうして、鑑定が出来るリムの元にパーツが回ってきたのも運が良い証拠だろう。
そして、ジェネレータコアはグレードによらず高く売れる。
グラウンドスライダーの心臓部とも言えるパワージェネレーターの中核となるパーツだからだ。
これをPCなりNPCなりに売れば高額で売れるだろう。
アレクの機体の費用に補填すれば残るお金と合わせて全部位標準仕様機くらいにはなるかもしれない。
が、リムの頭にはもうひとつのプランがあった。
「……どのみち勝手には出来ない案件ね。あとでフレンド通信で相談しましょうか」
ぽつりと言って女メックスミスはパーツの鑑定に戻った。
しばらくして全部のジャンクパーツの解体、精査が終了し、リムは足りないパーツなどをリストアップしていった。
敵国のパーツは、基本足りない部品の入手が難しく、作成するのが難しい。なので今回は代用可能なモノ以外は除外だ。
自国のパーツならばテロリスト仕様の機体ジャンクでも部品を回収しやすく、買い付けも楽だ。
さらに言えばリムやアレクの所属する共和国の主力であるナイト系の機体は、性能面では目立つものも無く他国機より一段劣るものの、機体の整備性が高い事が有名だ。
特に、一番下のグリーンナイトから最上位のホワイトナイトで性能差はあるが、機体部品の六割が共有できるというのが売りだ。
パーツの互換性も高く、普通に修理するより、下位の同部位パーツと交換した方が安く早く仕上がるとまで言われている。
リムはアレクに渡す機体として、このナイト系の機体をチョイスするつもりだ。
今回の任務以降乗り続けるならば、機体に変な癖の無いナイト系機体は初心者のアレクにぴったりだろう。
また、メックスミスでなければ細かいカスタマイズは出来ないが、腕パーツをまるごと別の機体のものに変更する程度ならメックライダーでもレンタルファクトリーを借りて出来ないことはない。
ナイト系はフラットなので、パーツ同士の干渉も起こりにくく、初歩的なカスタマイズにも最適で機体の強化がしやすいのもポイントだ。
ゲームを進めていって不満に感じた所を機体パーツ変更や武装チョイスで補いやすい機体なのだ。
「……長く使って貰えると、メックスミス冥利に尽きるけどね」
リムはくすりと笑いながら呟いて、フレンドリストを開き、今日知り合ったばかりの初心者の少年の名前をタップした。
別ウインドウで開いてある部品のリストはそのほとんどがDランクの部品ばかりだが、その中でもBランクの高品質ジェネレータコアが異彩を放っていた。
リストを全部眺めてもCランクは片手で数えるほどしかない。
その上のランクであるBランクは、先のジェネレーターコアのみだ。
これを売るのか? はたまたアレクが保管するのか?
その決定は無論アレクにしか出来ない。
だが、もし自分に任せてもらえるなら……。
リムは頭の中で練っているプランを検討していく。
その間に、アレクとのフレンド通信が接続状態になった。
「あ、アレク君? 今大丈夫? すこし相談があるのだけど……」
そう言って、リムはパーツの事を話し始めた。