第72話 地を駆けるもの
丸い天井から人工の光が、平らに均された地面へと降り注ぐ。
その地面に転がった、小さな石が跳ねた。
着地と同時に再び跳ねる小石。それは一つではなく、ふたつ……三つ……否、そこかしこに在り、まるでお祭り騒ぎの様に跳ね回る。
さらに地面が跳ねて、小石達を弾き上げた。
同時に重い響きを伴う衝撃がリズミカルに躍り、大地の振動を伴奏に小石達をトランポリンのように跳ね上げた。
その小石達が、勢いよく振り上げられた鈍色の鋼柱に弾かれ、砕け散りばらまかれる。
人工の輝きを跳ね、鋼柱は力強く大地に振り下ろされ、敷き詰められた土を抉り、地面を蹴った。
その鋼柱が計四本。
横たわる巨大な胴体を支えながら、幾度も幾度も地面を叩いて抉る。
そのたびに大地は巨大な太鼓のように振動し、小石達を踊らせた。
胴体からは太い首が前方へ伸ばされているが、そこはあまり動いていなかった。
その太首の上に乗っかっているのは、優雅な曲線を持ち、尖端を前方へと突き出すように横倒しになった大きな五角錐のパーツだ。
五角錐の左右から伸びるのは、太く力強い腕。それが備えるのは、巨大な錐のような円錐型兵装と鋼板型兵装。
そして五角錐の上には、中世の騎士が被るようなフルフェイスの兜。
すべてが鋼で出来た異形なる存在。
にも関わらず軽やか走るその姿は、
「……ケンタウロス型のGS」
それを目の当たりにしたリムが呆然と呟く。
そう、それはMetallicSoul史上初の馬型四脚下半身を備えた巨大な人馬型兵器《GS》であった。
MetallicSoulで、多脚型といえば、四~八本の節足類か甲殻類のような脚部ばかりだ。
馬型や、犬猫型の四脚機は公式、非公式を問わず存在していない。
リム自身、馬型四脚機を研究したことはあるものの、結果的に馬型四脚にする必要性が低かったため、製作には至っていない。
作ろうと思えば作れるのだが、馬型四脚の特性はGSではあまり活かされないのだ。
馬型四脚の最大の利点は、脚部走行性能の高さだ。
しかしながら、GSはフローティングムーブによる高速移動能力を保持しており、脚部には機体の制動と安定性を担わせている。脚部歩行、あるいは走行はこのゲームにおいてはおまけにすぎないのだ。
さらに馬型四脚機は、機体の大型化、高重量を招く。
G粒子ジェネレーターによる重量軽減能力にかかる負荷も大きく、その分エネルギーが必要となる。
また、その制御プログラムの構築も難しい。
スキルアシストがあってもプログラム関連は一定のセンスを必要とされる。
そのうえで、馬型の挙動はかなり複雑だ。
四脚歩行の獣型では前後で互い違いに足が出ることで成り立ち、走行においては左右の足を揃えるように同時に出して走る。
これがトップスピードの高さに繋がる訳だ。
だが、馬型の場合は獣型とは足の使い方がまったく異なると言って良い。
歩行に関してはほとんど同じ挙動で互い違いに足を繰り出すのだが、走行時では左右を順番に振り下ろす。また、前後でもタイミングは違うため、四本の足すべての挙動が少しずつずれている。
馬の走る音がリズミカルなのはこのせいだ。
また、歩行と走行の中間、巡行時も挙動が変わり、ほとんど独立したタイミングで足を使う事となる。
これらの切り替えと制御のバランスはなかなかに難しい。
そこまでしてなお、高速移動能力としてはフローティングムーブに劣ると言えるだろう。
そう結論づけて、リムは馬型四脚機の研究を断念したのだ。
だから出場機体リストに挙がっていたこのケンタウロス型の情報を見た時、リムは即座に性能試験会場へ向かったのだ。
そして、目の前でそれが実際に動いているのを見てしまうと、胸の内がざわつくのを感じた。
自分が止めた研究を、他の同業が達成しているのを見るのはなんとも苦々しいものである。
まだ若くはあるが、リムも研究者にして技術者の卵。
ライバルに先を越されたようなその感覚に、少女は身を震わせる。
そして、それを為したのが……。
「よお、リム」
掛けられた声にメックスミス娘は振り向いた。
そして。
「……たく兄……」
悔しさの入り混じった複雑そうな声音で、その青年に答えた。




