第61話 契約
「いつつ……そうなると金額は抑えられるな」
言いながらそろばんを弾き直す。
本来なら商売人としてお友達価格は避けるべきだろうが、リムの件があるためかなり安くなっている。
ほとんど原価だ。
提示された金額の桁がひとつ減り、アヤメは息を吐いた。複雑な胸中ながらも商売道具でもある。
直さないわけにはいかない。
「……しかし、リムへの負担が大きいな。やはり私が借金するべきだろう」
自分の事だしな。
とアヤメが言うと、リムは苦笑した。
「うーん。私の興味を満足させることも含めてるから別に良いんだけど……そこまで気になるなら、ひとつお願いしようかな?」
軽く思案してリムはアヤメを見た。
「む? 構わんぞ? これだけ骨を折って貰ったんだ。大抵の頼み事は引き受けよう」
そう答えた武士娘に、メックスミスの少女はうなずいた。
「そう? なら遠慮無く」
笑顔のリムに、アヤメは軽く居住まいを正した。
それを見て、リムは「真面目だなあ」と苦笑した。
「……お願いと言ってもそんなしゃちほこばるような内容じゃあないよ。しばらくあなたを雇いたいだけ」
「む? この身をか? 確かに私は傭兵であるから、雇われることに異論はないが……。差し支えなければ理由を聞かせてもらいたい」
リムの頼みにアヤメは一瞬、肩透かしを食らったようになったが、すぐに切り替え問うてきた。
リムはひとつうなずき、サイゾーへと視線を巡らせた。彼は首筋をさすりながら小さく笑う。先に済ませてしまって良いようだ。
リムはふたたびアヤメへ向き直ると口を開いた。
「実は私、公式機体コンペディションに出るんだけど、どうもきな臭くてね。コンペ期間中の護衛をお願いしたいのよ」
「きな臭い?」
リムの言葉にアヤメは眉を跳ねさせた。サイゾーと那由多も興味深そうに耳を傾けている。
メックスミス少女は、サイゾーと那由多にも聞かせるように話を続けた。
「今回のコンペの参加資格に、何故かアリーナ付き店舗の所有って項目があるのよ。これまでに開催された二度のコンペにはそんなものは無かった」
「今回初めてその条件が付いた訳か」
サイゾーが顎を撫でながら呟いた。
リムはそれに首肯する。
「うん。今までは通常店舗があれば良かったんだけど、今回はいきなりだったからね」
慌ててクエストクリアーしてきたよ。とリムはぼやいた。
それまでのリムは、ガレージ店舗だけで商売してきた。仮想現実とはいえ機械弄りに至福を感じるのがリムなので、これまで問題はなかったのだ。だが、二度も落選した機体コンペのリベンジに燃えていた彼女に突きつけられたのが今回の参加資格だ。
ぶっちゃけリムは、コンペ参加のためだけにアサクラ達に頼み込んでアリーナ取得クエストをこなしたのだ。
アリーナ付き店舗は数が限られているため、参加しようとしているメックスミスやエンジニアのプレイヤーが殺到し、クエストクリアーが競争になったのは記憶に新しい。
ともあれ、フレンドの協力を得てアリーナを所有したリムではあるが、どう考えてもこのアリーナはコンペディション絡みのイベントに利用されるとしか思えなかった。
前回のイベントでは、暴走した旧時代の巨大兵器を、コンペ出場機体で迎撃するという馬鹿げた事態に陥り、多くの出場機体が損傷し、あるいは破壊されて脱落させられた。
今回もそんなむちゃくちゃなイベントが突発的に発生するとリムは考えている。
「……コンペ期間中の二十日間、どうイベントが発生するかわからないし、それに対処できるように人を集めてるのよ」
まったく困ったものよね。と嘆息するリム。
せっかくの機械弄り、そして未知のメックスミスが作り出した見たことの無いGSを堪能することの方が、この少女には重要なことなのだ。
「そんなわけで、アヤメには期間中に用心棒になって欲しいのだけど……」
どう? と聞いてくるリムにアヤメは力強くうなずいた。
「ああ構わぬさ。リムには恩義もある。ただで引き受けても良いくらいだ」
「それじゃあ意味無いでしょう? ともかく、しばらくはよろしくね?」
アヤメの答えにリムは苦笑しつつ右手を差し出した。その手を武士娘がしっかりと握る。
握手を交わして微笑み合う二人を見て、サイゾーはひとつうなずいた。その背後から那由多が顔を覗かせており、微かに電子音が鳴るが、リム達は気付かなかった。
「交渉成立だな。ならさっそく作業に入るか」
サイゾーはそう宣言して自分の店舗へと移動する。
那由多、リム、アヤメと続いて入っていくが、中の様子にアヤメが顔を引きつらせた。
そこかしこに飾ってあるのは20センチ前後のフィギュアの群れだ。
多いのは少女だが、雄々しい男性剣士やクリーチャー、GSなどもある。
それだけならまだしも、等身大の女性の像までもが何体か置かれていた。
それらは生々しく、艶かしく、その存在を主張していた。
アニメや漫画のキャラクターらしいことから作り物と判断できるほどだ。
「……こ、これは」
「気にしない方が良いわよ。精神衛生上」
ドン引きしながらつぶやくアヤメに、リムが感情を交えずアドバイスする。
と、不意にアヤメはその等身大フィギュアの一体に既視感を感じた。
少し寄ってまじまじと見つめる。
「……む、これはリムのガレージに居た、あのロボメイドか?」
「あ!?」
その呟きに、リムが焦ったような声を出した。
次の瞬間、アヤメの両肩が何者かにがっしりと掴まれた。
サイゾーだ。
目を血走らせ、鼻息荒くアヤメに顔を近づける。
「……その話、くやしく!」
鬼気迫るその迫力に、アヤメはカクカクと首を縦に降ることしか出来なかった。




