第58話 裏技
「まさか共和国に“刀鍛冶”を修得している鍛冶師がいるとはな……」
「うん。知り合いにひとり。裏技使ってね……」
話しながらリムとアヤメは、街道をキャリアで走っていた。
リムの知り合いである“刀鍛冶”スキル持ちの元へアヤメと二人で向かっているところだ。
キャリアには例の刀をブルーシートに包んで載せてある。
アイテムボックスに入れておいても良かったのだが、すぐに見せるにはこちらの方が都合が良いのだ。
「裏技?」
「そ。その人はベータテスターなんだけど……ベータから本サービスに移る際に、ベータテスター向けの引き継ぎ要素があったのよ」
ベータからの引き継ぎが出来たのは、スキルかアイテムを計三つまでだ。
無論習熟度はゼロになるが、希少なスキルを最初から所持しておけるのはおいしい。
リムにしても共和国の特殊スキル“品質管理”を最初から所持することを選んだ。
修得に必要なクエストが面倒だったし、限りあるSPを一点でも余らせたかったからだ。
ちなみに“品質管理”は、アイテムやパーツを作成した際、その品質が安定しやすくなる。
アイテム作成の大成功の確率が下がるものの、大失敗もしなくなるというスキルで、最大習熟度になると大成功も大失敗もしなくなる。
運によってクォリティが高まることはないが、作ったパーツがジャンクになってしまうこともないわけだ。
「私は特殊スキルとベータで育てたドロイド二体を選んだんだけどね。そいつは……」
「刀鍛冶を選んだ?」
リムの言葉にアヤメが続けた。だが、メックスミスの少女は頭を振った。
「それだと所属が秋津に固定されちゃうのよ。特殊スキル持ちは所属国固定だから。そいつが選んだのは、ドロイド一体にレアアイテムの“スキルメモリカード”とスキルの“ラーニングアイ”」
「らーにんぐあい? すきるめもりかーど?」
聞き覚えの無い単語にアヤメは首をかしげた。
リムはうなずいて説明を始める。
「ラーニングアイは目の前で使用されたスキルを修得するスキルよ。たしか潜入工作員だったかのスキルのはず。ラーニングアイは一回使うと消滅しちゃうから修得し直さなきゃいけなくて、扱いにくいって言われてる。修得できるスキルもラーニングアイ一回に付きひとつだし、習熟度もゼロだからね」
話しながらリムはハンドルを切った。キャリアがゆっくりと曲がる。
「まあ本来は潜入中なんかに急に必要になったスキルを緊急避難的に得るためのスキルね。で、スキルメモリカードは高レアの消耗アイテムね。メモリに登録したスキルを、ドロイドに修得させるアイテムなんだけど、一回使うと焼き切れてスキルメモリカードは失われちゃうのよ。ドロイドに修得させても習熟度ゼロだし、これもあまり使い道無いって言われてる」
「……まさか」
リムの説明を聞いて、アヤメの脳裏にひとつの答えが浮かび上がった。
それを肯定するように、メックスミスの少女はうなずいた。
「そ。ドロイドに刀鍛冶を修得させて、自分にラーニングし直したの。引き継ぎしたスキルメモリーカードは消滅。ラーニングアイもクラスが潜入工作員じゃないから再取得できない。ドロイドは刀鍛冶専門みたいなことになってる。三つの引き継ぎ全部をそれに宛てた訳」
「……なんともまあ」
アヤメは深く息を吐いた。
そんな方法で修得するとは思いも寄らなかったという表情だ。
そして、何とは無しに訊ねる。
「……となれば、同じ方法で修得できるのか?」
「無理」
アヤメの問いにリムは即答した。その早さにアヤメが目を丸くする。
そんな武士娘をそのままに、リムは続けた。
「さっきも言ったけど、ラーニングアイを修得できるのが潜入工作員だけだから。それに、刀鍛冶以外の製作系スキルを全部ラーニングするなんて手間がかかるだけで現実的じゃあないもの。製作系スキルはメックスミス系やエンジニア系でないと揃えきれないし」
戦闘向きではないスキルを延々修得し続け、習熟度をあげるのは地道に進めるプレイヤーにしか出来ないだろう。
「スキルメモリーカードにしても、アイテムそのものの入手が難しいうえに消耗品。しかも自分じゃなくてドロイドに覚えさせるアイテムなのよ? 採算が合わなすぎるわ」
「……」
アヤメはすでに言葉もなかった。
つまり、ベータテスターの特権という訳だ。
もとよりMetallicSoulは中堅どころのVRMMOだ。
現在人気ジャンルとは言えないロボット系ゲームであるこのゲームのベータテストに参加したのは二千人程度。
その中でこの裏技に気づいたのはどれだけ居たのだろうか?
ほとんど居なかったであろう。
引き継ぎアイテムとしてフルカスタムしたGSすら選択できたと言う。
普通ならそちらを選びそうなものだ。
リムのように育てたドロイドを指定するような物好きだからこその裏技である。
「……であれば、共和国唯一の刀鍛冶か。シェアを独占できそうだな」
「……」
呟いたアヤメに、リムは目を逸らした。
その様子に気付いてアヤメは訝しむ。
「どうしたのだ? 唯一刀を扱えるなら稼ぎ放題だろう?」
「……まあそうなんだけどね。気付かない? サービス開始から刀鍛冶が居るのに、共和国で刀の話なんてまったく聞かないでしょ?」
リムの言葉にアヤメがそう言えばとなった。
愛刀の代用となるGS用刀が無いか街中探したが、ついぞ発見できなかった。
サービス開始から数年経つのだから、そこそこ作っていてもおかしくないはずなのにだ。
プレミア付きの高額品や、展示品のみですら見ないというのはやはりおかしい。
それから導き出されるのは。
「……売ってないのか? 刀を? そこまでして入手したのに?」
「趣味で打つ位しかしてないのよそいつ。しかも、今は別の趣味に走ってて……と、着いたわ」
目的地に着いて話を切るリム。
彼女が見る方へアヤメも顔を向けた。
その整った横顔が引きつった。
『はっはっは! どうだ那由多! この等身大メイドフィギュア「アリティちゃん」は! 素晴らしい出来だろう!』
『きゃーっ! 素敵よサイゾーちゃん!』
『あの名作「ふわふわアリティ」第6話! 名シーンと言われるアリティ困っちゃう♪ のシーンにおけるアリティを完全再現だ!』
『ところでちゃんときゃすとおふ出来るのよねっ?!』
『当然だ! 公式スリーサイズと画面上のイメージからバランスを算出し……』
リムが示したのは、“ぷりてぃドールハウスさいぞー”の看板を掲げ、店頭に等身大メイドフィギュアを何体も並べたちょっとお近づきになりたくない店だった。




