幕間4 女メックスミス、嘆息す
「ふたりとも乗り心地はどうかしら?」
『はい、大丈夫です』
『こっちも問題無いでーす』
ヘッドセットを頭にツナギの作業着を上半身はだけたリムの問いに、二体のGSが外部スピーカーで答えた。
リムはフレンド通信ではなく、通常通信機でふたりに話しかけている。
機体のマイクやスピーカーに問題がないかの確認のためだ。
クエスト進行中など、ゲームを進めている際はフレンド通信は基本的に繋がらず、ゲーム内通信機を利用しなければならない。
MetallicSoulはこれでもミリタリー系のゲームだ。
通信に関してはなかなか厳しい扱いがなされており、電波妨害や通信傍受などを専門に扱うオペレーターというクラスや電子戦機体も存在する。
クエスト中に味方との連携を深める。あるいはその通信を妨害して情報を制限するなど、その力は戦略的な効果を発揮するものだ。
そういった役どころではないにしても、通信というものは非常に大事であり、メックスミスとしても軽視できない。
MetallicSoul開始当初は、これを軽視したグループが、NPC部隊を相手にいくつも全滅している。
それくらい重要な要素なのだ。
「おっけー。じゃあふたりとも、アリーナで動作試験してみて? 不具合があったらすぐに対処するから」
『了解です』
『わっかりました!』
元気にアリーナに移動する二機のGSを見送って、リムはテストシステムを起動する。
安物のターゲット用の無人ドローンを五機アリーナ内に解放して、戦闘するのだ。
ドローンは箱形の本体から細い逆関節レッグが伸びたグラウンドウォーカーが三機に、四基のローターに釣り下がった機銃を取り付けたフローティングドローン二機である。
どちらもジャンクパーツから作り上げた二束三文にもならないジャンクドローンを、アリーナの管制システムからコントロールしているものだ。
『ターゲットは壊しちゃって構わないわよ? タダ同然の安物だし。後、そいつらに積んである武器は模擬弾だから損傷も気にしなくて平気よ』
「はい」
アリーナに響いた声を聞きながら、コクピット内のアレクはうなずいた。
側方モニターに映るリリィのボクサー改は、腰を落として前傾姿勢をとった。
それを横目に見ながら、アレクはコントロールスティックとフットペダルを操作して、機体を構えさせた。
正面モニター画面内に出現したドローンはブリキのおもちゃのように足を動かし、備え付けられた機銃を散発的に撃ってきた。
『お先にっ』
一声掛けたリリィのボクサー改が、六つのスラスターから炎を噴き出し突進する。
それを見たアレクはコントロールスティックを操作してブルーナイトを横に滑らせながら、空中の浮遊ドローンを狙った。
低速でゆらゆら揺れながら、ドローンが機銃を撃つ。
それを避けて見せた青い機体は、返礼とばかりにプラズマライフルから熱プラズマ弾を続けて三発発射した。
「……連射はあまり利かないのか」
さらに四発、五発と射つ。
ゆらゆら揺れる浮遊ドローンは、小ささも手伝って被弾しにくいようだ。
また、熱プラズマ弾の弾速はそこまで速くはない。
「ちゃんと狙わないとダメみたいだ。あれ?」
十発目に続いてトリガーを引くが、十一発目は出なかった。
武装データを見れば、「charging」の文字。
ライフル内に充填されていたエネルギーを使いきり、機体から充電し始めた証拠だ。
「調子に乗って撃ちすぎた……」
アレクは顔をしかめた。
良く見れば画面にはライフルのイラストと、それに重なるようにして装弾数を表しているらしき、十本のバーが並んでいた。
「ちゃんとチェックしていれば分かったことなのに」
アレクは自身の小さなミスに唇を噛んだ。
実戦では無かったのが救いだ。
バーが一本復活したところで再度ドローンに狙いを着ける。
「今度こそっ」
確実にロックオンして、トリガーを引いた。
ライフル内で生成されたプラズマブレットが、銃口から吐き出され、ドローンへと襲いかかった。
そんなアレクを後ろに置いていきつつ、リリィは愛機でドローンに突撃する。
バラバラと撃ち放たれる機銃弾を、スティックとフットペダルの操作で機体を左右に振って避ける。
三機分の集中砲火となれば完全に躱しきれるものではないが、ボクサー改はリリィにに良く応え、被弾は最小。
当たった弾もその両腕と両足、両肩の装甲で弾いていく。
肩の爆発反応装甲は、戦車砲やミサイルクラスでなければ反応しない。
大口径機関砲ならまだしも、小口径の機銃弾程度では普通の装甲のように弾をはじいた。
「すっごい」
リリィは、愛機の挙動の滑らかさ、切り返しの鋭さに目を見張っていた。
それでいて、体が振り回される感触は小さくなっており、以前のボクサーより操縦に集中できた。
ボクサー改の挙動の滑らかさや反応速度は、リムがリリィの戦闘ログを参考に、ノーマルのレディメイド機より、リリィの傾向に合わせてセッティングした故だ。
まだまだ総搭乗時間は短いが、傾向に合わせて調整すれば多少の違いは出てくる。
これがさらにベテラン勢のように膨大な搭乗時間と戦闘ログともなれは解析と調整だけで数日かかるものだが、新人二人のログ程度であれば大した手間ではない。
また体にGを感じにくくなっているのは、フローターコクピットの影響だ。
建物免震機能をヒントに組み込んだそれは、ある程度なら機体挙動による揺れなどを打ち消してくれる。
この機構は、リムのオリジナルで、他のGSには無い機能だ。
通常よりコクピットが狭くなるという欠点はあるものの、同じくこの機能を機体に載せたフレンドプレイヤーからは概ね好意的な感触が返ってきていた。
ふたりの新人の機体に載せたものは、様々な意見を元に改良した完成品に近いもので、リムはコンペ機にもこれを搭載する予定だった。
「……けど、目玉だったヴァリアブルバランサーの改良の目処が立ってないのよね」
アリーナの管制室からふたりの様子を眺めつつ、リムは嘆息した。
今回のコンペは、参加資格に自前の店舗が追加されていた。
十中八九イベントに絡むはずだ。
「イベントに邪魔される前に改良は終えたいところだけど……」
明確なアイディアはまだ無い。
設計や組み上げはコンペ前に終わらせるものだが、コンペの本番までも時間があるのでギリギリまで改良を続けるのもひとつの手ではある。
しかし。
「どんなイベントクエストになるやら……」
メックスミスの少女は、その時を思って、深く深く息を吐いた。




