第5話 出戻り者《リターナー》
「……どういう事?」
リアノンからの不吉な言葉に、リムが顔を険しくした。
それを見たアレクが首をかしげた。
彼にはリアノンの声は聞こえていない。
「……どうしたんですか?」
アレクの問いに、リムは口をつぐんだ。
『聞いてもらった方が良いわよん? どのみちもう関わってるんだしい~』
「……そうね」
リアノンの言葉にリムはため息を吐きながら頷いた。
そしてメニューを操作すると、フレンド通信からオープンスクリーン会話へ切り替える。
さらに、店舗機能を操作して、応接間を密会モードに変更した。
これで立ち聞きされる事は無くなったわけだ。
『はろろ~ん♪ さっき振りアレクくん☆ リアノンおねーさんよ?♪』
「あ、先程はお世話になりました」
オープンスクリーンに映った綺麗な金髪をボブカットにした青い瞳の女性に、アレクは頭を下げた。
リアノンの情報がなければ、アレクはリムの店を見つけることも出来なかっただろう。そして、この店でリムに話さなければ、結局リリィの身代金を借金の形で払わざる終えなかったはずだ。
そういった意味でも彼にとってリアノンは救いの女神であったろう。
まあ、リムに言わせればその女神のお腹の中は、コールタールより真っ黒ということになるのだが。
「それで? どういうことなの?」
『そうね。まあさっきアレクくんに聞いた内容が気になって軽く調べてみたのよ』
「あれから調べてくださったんですか?」
リムの問いにリアノンが答えると、アレクが目を丸くした。
『ほんとに簡単にだけどね。ところでリム、アレクくんの話を聞いて気付かない?』
「彼の話を?」
リアノンに水を向けられて、リムは目をしばたたかせた。
アレクの話は、要約すれば出戻り者にやられて相方が捕虜になったということだ。
「……ん?」
そこでリムはおや? となった。
「……なんで、出戻り者が身代金を要求できたのかしら?」
「え? 出来ないんですか?」
リムの呟きに、アレクがきょとんとなった。
『そ。普通は無理なの。敵対国のプレイヤーキャラクターを捕虜にしても、自分の所属国に対して高い貢献度を持ってなければ捕虜は国が管理するのよ。そして捕虜側国が捕虜を得た国へと自動的に保釈金の支払いが為され、キャラクターはすぐに解放される。けど、幼馴染みちゃんは捕虜のまま。しかも身代金はレベルに見合わないほど高額。コンピューターの自動判定なら、キャラクターのレベルと貢献度に応じて金額が設定されるシステムだから、基本的にレベルに見合わない金額になることは無いのよん』
「……けど、この連中は捕虜を自分達で扱えるだけの権限を得られるほどの貢献度がある。だけど、出戻り者はキャラクターのデータ削除時に貢献度はリセットされるから、法外な身代金請求なんて出来るわけ無い」
『リムの言う通りよん♪』
リアノンが、ばちこーんとウインクした。
「……あの、低レベルで貢献度が高いという可能性は?」
恐る恐るアレクが訊ねるが、リムは首を振った。
「絶対……とまでは言わないけど、ほぼ無いわね。貢献度と経験値はほぼ比例していくし。あなたから聞いたふたりのレベルでは、捕虜に対する権限は低いはずよ」
最低でも40レベルは越えてるはずと、リムが続ける。
それを聞いてアレクは思案気になった。
「……確かにあいつらはその半分にもならないレベルでした。じゃあどうして?」
『その疑問にはおねーさんが答えるわよん☆』
アレクの疑問にリアノンが答え始める。
『まあ簡単に言ってしまえば貢献度の高いギルドに所属してるからね。そうなれば低レベルキャラの捕縛したキャラの処遇はギルドの管理者……つまりギルドマスターが決定することになる』
「……でもあり得るの? 出戻り者が集まるギルドなんて……」
リアノンの説明にリムが首をかしげた。ギルドの貢献度は所属キャラクター全員の貢献度の総計だ。
出戻り者は貢献度がリセットされるため、ギルド所属者から出るとギルドそのものの国への貢献度が下がる。
正直なところ出戻りをやるプレイヤーと組んでギルドを作るような人間はそうはいないだろう。
ギルドの国への貢献度が下がればギルド全体への恩恵も小さくなる。
一時的にでもそうなれば、出戻ったプレイヤー以外から不満が出るだろう。
それをもろに受けるのはギルドの管理をしているギルドマスターだ。
「そんなリスク背負ってまでギルマス続けるような人間が、出戻りを容認するとは思えないけど……」
『ま、普通はそうよね。デメリットばかりでメリットが無いもの』
リムの呟きにリアノンはうなずいた。
『けど、そのギルドは実在する。二つの国に跨がってね』
「えっ?!」
リアノンの言葉にリムが驚きの声を上げた。
アレクも絶句している。
「ま、待って待ってリノ。ギルドは国を跨がるように設立出来ないわ。ギルマスの所属する国にギルドも他のプレイヤーキャラクターも所属するはずよ? 他国のキャラがギルドに参加するなんて無いわ」
企業国家同士の戦いを描いているためか、『MetallicSoul』は国毎の区分がしっかりしている。
特に企業国家に所属するメックライダーは戦力に直結するため管理が厳しいくらいだ。
キャラクターが所属国を変えるには亡命システムが使われるくらいだ。
「……まさか亡命? でも、亡命は繰り返しはできないシステムだし……そもそもギルドがふたつの国に……ふたつ……ふたつ? …………まさかっ!?」
ぶつぶつ呟きながら思考の海に浸かっていたリムが、突然声を上げ、アレクが目を丸くした。
『リムは気付いたみたいね』
「ど、どういうことですか?」
くすくす笑うリアノンに、アレクは訊ねる。
その間にも、リムはぶつぶつ呟きながら自分の考えを突き詰めていた。
『さて、どういう事でしょう? アレクくんももうちょっと考えてみて?』
そう言って、リアノンは楽しげにアレクへ微笑みかけた。
アレクはふたりに頼りっぱなしだと思ってか、真剣な顔で考え始めた。
「……ゲーム内でギルドは国を跨いでは作れない。けれど現実にそうしている人がいる? なら、それは僕らの知らない裏技……。けど、そんな情報は無かったはず……」
攻略wikiの内容を思い返しながら、アレクはうんうん唸る。
「……二つの国に跨いで……跨ぐ? システム的に出来ないから……? いや、システムに縛られる必要は……むしろシステム外の? だとしたら……」
アレクは自身の考えを確認するように口に出しながら思考を紡いでいく。
そして……。
「……もしかして、二つの国にそれぞれ存在するギルドが協力してる……んですか?」
アレクがその考えを口にすると、リアノンは頷いた。
『そう。より正確には、ふたつの国にそれぞれ存在する別々のギルドが協力しあってるのよん』
「……それでも、出戻り者を歓迎する理由にはならない。出戻りに対するメリットは無いからね」
リムがさらに言うと、リアノンが訳知り顔で笑みを浮かべた。
『その通りよん♪ けど、連中は積極的に出戻ってる。それは……』
「……お互いに戦い合って貢献度を稼ぐため?」
『ぴんぽーん♪ 正解よん☆』
リムの出した答えに、リアノンがウインクした。アレクはまだ完全には理解しきれずに戸惑っているようだ。
「……つまりね?」
それを見て、リムは苦々しげに解説し始めた。
本来、『MetallicSoul』は、企業国家に属するキャラクター同士が戦い、企業国家の勢力を高めて世界を制していくゲームだ。
そのため、相手側の最大戦力であるグラウンドスライダーの撃破は、企業が大きく評価し、高い貢献度に繋がる。
特にプレイヤーが操るグラウンドスライダー撃破によって得られる貢献度は高く、各国家のトッププレイヤーたちは、率先して他国へ向かいプレイヤー操るグラウンドスライダーと戦う。
しかし、上級者ほどプレイヤースキルが高く、自分のスタイルに合った高ランクのカスタマイズ機に乗っており、そうやすやすとは勝てない。
勝ったとしても、よほどプレイヤースキルに差が無ければ、勝った側の機体もひどい損傷を負っているのが普通だ。
その修理費や、必要経費などで報酬はかなり目減りする。
それでも、貢献度が高くなれば企業から優遇されるようになる。
品質の良い高ランクパーツを優先的に回してもらえたり、豪華な拠点を構える許可がもらえたりなど特典は様々だ。
出戻りギルドは、二つの国それぞれにギルドを作り、互いに戦い合うことで貢献度を稼いでいるのだ。
おそらくリアルで連絡を取りあって、効率良く貢献度や資金を稼いでいると思われる。
このとき、ふたつのギルドで示し合わせ、勝つ側を調整し、互いのギルドが貢献度を得られるようにしているのだろう。
そして、その調整がしやすいのは低ランクの任務だ。
プレイヤー機以外の敵は大したことは無く、それでいてそれなりに数が出る。そのおかげで慣れていないプレイヤーでもジャンクを多く回収し、貢献度もそこそこ稼げるのだ。
出戻りギルドは、ギルドの維持に必要な貢献度をギルマスがプールし、ギルメンに出戻らせて低ランク任務を受けて稼ぎ、示し合わせたプレイヤー機対決をして勝敗をコントロールし、互いに利益を得ているのだろう。
つまり。
「……八百長じゃないですか!」
アレクが声を上げた。
しかも、平行して本来出来ないはずの初心者狩りまでやっている。
「……出戻りで削除される分の貢献度をギルマスが効率良く稼ぎ出せるようにしてるんでしょうね。そのために、相手側のギルメンのランク調整も必要。そうか、それで出戻りか」
キャラクターのランクによって受けられる任務は変化する。
高いランクの任務は報酬も貢献度も高いが、リスクも相応に高くハイリスクハイリターンな任務ばかりだ。
いくら任務を達成しても赤字では意味がない。
ならローリスクローリターンでギルメンが稼ぎ、仕組んだ勝敗で大きく稼ぐ。
出戻りで貢献度を失っても、企業に支えられたギルドからのバックアップを受ければあっという間に建て直せる。
そうして、二つのギルドは大きく成長していったのだろう。