幕間1 女メックスミス、修理する。
「ふーむ」
腕を組んで唸るのはポニーテールの少女、リムディアだ。
親しい者達からは、リムの愛称で呼ばれる彼女は、楠原さゆという少女のゲーム内アバターである。
ゲームの名前は「MetallicSoul」。
人型機動兵器を操り、戦うVRMMOだ。
ファンタジー全盛のVRMMO界では珍しい部類に入るロボットを扱うゲームでもある。
特筆すべきは、そのロボット……GSの製作、カスタマイズの細かさだ。
故に、それを専門とするプレイヤーも存在する。
それがMechSmith《ロボット鍛治師》だ。
GSを操って戦うよりも、GSを作ることに楽しみを見いだした、一風変わったプレイヤー達だ。
リムは、そのメックスミスである。
MetallicSoulのサービス開始前、ベータテスト時からメックスミスで通している筋金入りのGSマイスターだ。
とは言っても、ゲーム内でマイスターを名乗る事は出来ずに居る。
マイスターの称号は、MetallicSoul公式機体コンペディションイベント入賞者の特権だからだ。
現状、マイスターの称号を名乗れるのは、わずかに三人。
それほどに狭き門だ。
リムとてベータからメックスミスを続けていた古強者。
前二回のコンペにはもちろん参加していたが、第一回は予選落ち。
第二回はコンペリーグ戦で四位にまで入ったが、企業国家ひとつに付き一機種のみ入賞と言うハードルの高さゆえに入賞を逃した。
おかげでリムは、いまだマイスターを名乗れずにいる。
そんな公式コンペの第三回大会が近づいてきており、本来ならそのための機体設計に取り組んでいてもおかしくないのだが。
「はぅわぁ~~♪」
緩みきった頬は赤く染まり、恋する乙女のようにうっとりするポニーテール少女。
時代が時代ならハートのエモーションを飛ばしまくりそうな蕩顔で、リムは甘い吐息を吐いた。
その目の前には八体にもおよぶボロボロの機体群。
中でも彼女が熱い視線を送るのは、隻腕の武者といった風体の中破したGSであった。
秋津製近接白兵戦特化型GS、AK-SHGⅢ型G、ショーグン。
秋津諸島連合国家の公式最上位機種だ。
スマートな装甲に覆われたその機体は、ベース機の組み合わせでこそ輝く、調和の取れたデザインをしている。
軽量級でありながらも、武者鎧のように配された装甲は力強さを感じさせ、まさに戦国武将といった風格を感じさせた。
「……はにゃあぁん♪」
そんな機体に見惚れて、リムはちょっと婦女子がしてはいけない顔になっていた。
年相応にイケメンなどにも興味がないわけではないが、やはりロボットの魅力には敵わない。
リムはフラフラと片膝を着いた降着姿勢のショーグンへと吸い寄せられていった。
「……はぅあぁん♪ ショーグン、素敵だよぉ……♪」
そのまま足の装甲に抱きつき、蕩顔のまま体を擦り付けるようにして頬擦りをするリム。
「……冷たくて固くて力強くて……あぁん♪ 私……もうっもうっ!」
ちょっとイケナイ表情で怪しい声をあげるポニテ少女。まさにHENTAIの所業である。
そんな主を見て、指示待ちしているドロイド達が、一斉に距離をとった。
「ハッ!? いけないいけない。修理するんだった」
我に返ったリムは気分を入れ換えるべく頬を両手で二度叩いた。
「よしっ!」
気合い十分。とばかりに握り拳を作り、修復を待つ機体群に目を向け……えへら、と表情を崩した。
なにしろ目の前にあるのは秋津の最上級機体だ。
MetallicSoulには、七つの国が設定されているのだが、リムの所属するEUR共和国は秋津諸島連邦国家からは東西でもっとも離れた国同士だ。
間に二つほど国を挟んでいる地理上、交易はほとんど行われていない。
となれば、レディメイド機のパーツ類であっても、ほとんど市場に流れてこない。
なので共和国では、ショーグンのように秋津を代表するような最上級機体のパーツなど、まず手に入らない。
それを修理にかこつけて弄り回せるなど、共和国のメックスミスなら誰しもが羨む状況だ。
正直なところ、どうやって国外持ち出しに成功したのかわからないというのはある。
秋津の旗機とまで言われるこの機体は、レアリティも高く、秋津の支配企業によってパーツは独占販売状態。
国交のある国にもパーツの輸出していないため、秋津以外ではパーツ一点でも見かければ運が良いと言われている。
それが、片腕脱落状態とはいえ他の部位はほぼ無傷で目の前にあるのだ。
リムのテンションが上がるのも無理からぬことである。
「……ふわぁ……たんのーたんのー。さて、そろそろ作業に移らないとね」
今度こそ気持ちを切り替えたリムは、まずビギナー二人の機体修理から始めた。
彼らには早めに機体を返却しなければならない。
MetallicSoulにログインしてもビギナーである彼らは機体がなければなにも出来ないに等しい。
このゲームはそういうゲームだ。
それだけではなく、リム自身あの二人には頼みたいこともあった。そのため早々に機体を渡せるようにしておく必要がある。
「……アレク君の機体はパーツグレードをレディメイド級のCランクに入れ換えて……」
高出力のジェネレーターをフル稼働させられるほどではないが、それでも総合性能の高さがアレクの機体、ブルーナイトの特徴だ。
「武装はとりあえず搭載かな? 120ミリ滑腔砲を左腕下腕に移そう。ライフルは……一応、リムさん特製可変型ヴァリアブルウェポンシステム。これを搭載っと」
嬉々として新しい武装をブルーナイトに装備させるリム。
シールドも先の戦闘で使用したものとは格の違うちゃんとした複合装甲タイプの楯だ。
中型楯程度の大きさだが、その防御力は一級品だ。
複合装甲ゆえに重量はかさむが、もとよりブルーナイトはジェネレーター出力に余裕があり、関節部のパワーモーターもれっきとしたレディメイド品に変更してあるので、問題はない。
「ヴァリアブルウェポンとの重量バランスをチェックして……バックパックを武装接続可能型に変更……」
ドロイドと重機の力を借りて、バックパックを新たなものに変更する。
「吹っ飛んだフロントガードアーマーは再成型。コクピット周りの装甲をチタン系レアメタル装甲に変更……。あとはコクピットブロックをフロータブロックへ更新」
アッパートルソから今までのコクピットブロックを排出して、脱出機能付きのフロート《浮遊》ブロックに挿入する。
これは、コクピットブロックをアッパートルソ内で限定的に浮遊状態にすることで、振動や揺れを軽減する操縦システムだ。
さらにコクピットブロック自体がアームドメイルが変形したユニットになっており、脱出後車両形態で離脱することも、パワードメイル形態で戦闘続行することも出来る。
このコクピットブロックは、リムが苦心して作り上げたライダーの生存性を高めるためのシステムで、プロトタイプは愛機サンダーボルトに搭載して試験運用している。
「ヴァリアブルウェポンの動作試験はばっちりだね」
しっかり稼働する長い剣のようなライフルをチェックして、リムは満足げにうなずいた。
もともとブルーナイト用に設計していた武装だが、予算の都合で断念したものだ。
しかし、クエストクリア報酬やドロップジャンクパーツ売却により、新人二人は懐が潤っていたため、修理ついでに改装を頼まれた為、リムはこの武装を製作したのだ。
ベースはPRV-96Rレーヴァテインというプラズマライフルだ。
これに出力調整機能と銃身強化、変形機構を組み込み、高出力プラズマ弾を射出したり、プラズマブレードを形成させたりする。
また、バックパックと連結させてプラズマを収束照射するプラズマキャノンとしたりも出来る。
これはブルーナイトがバックウェポンを搭載しにくいという事情から、その火力を補うためにリムが改造した武器なのだ。
「まあ使い心地を試してもらってからだね」
ブルーナイトの修理改装作業を大体終えて、リムはひとつうなずくと、次の機体へ視線を移した。
そこにはリリィのボクサーの姿があった。
それを見て、メックスミスの少女はニンマリと笑った。




