第49話 危険な神鎚
豪腕が風を切り、赤と黒で彩られた機体を捻り潰さんとする。
『チッ』
それを紙一重で避けながら、アサクラはボロボロの愛機が手にした短剣で、巨腕のGSへと斬り付ける。
刃が装甲を断ち切らんとするが、その小さな刃は鋼の表面に引っ掻き傷を付ける程度の結果しか残さなかった。
アサクラは舌打ちしながら相手から離れようとする。
それを追撃せんと、円柱を備えた剛拳のバックハンドブロウ。
装甲が大きく損傷しているブラッドストームでは耐えきれないであろうそれを、バックステップで避ける。
『ハアッ!』
耳を打つは嘲りを含んだ声と炸裂音。避けたはずの拳が伸びて、ブラッドストームの胸を打った。
甲高い金属音を曳きながら、機体が大地を砕きつつ大きく後退する。
その勢いが地面と両足の摩擦で無くなったところで、ブラッドストームが片膝を着いた。
その胸部装甲に十文字の凹みが刻印されている。
デンジャラスハンマーのパニッシャーハンマーの打撃部が命中した証だ。
腕を振り抜きながらパニッシャーハンマーを起動したのだ。
「……く」
その打撃衝撃の大きさに、アサクラは一秒程度のショートスタンを受けてしまう。
そのラグを衝いて、シュベールはデンジャラスハンマーを踏み込ませて追撃せんとする。
しかし、その道を振り回された電磁ロッドが塞いだ。
ランティーナのアラクネアだ。
ブラッドストームとデンジャラスハンマーの間に割り込み、アサクラを援護する。
『邪魔しやがって! てめえから叩き潰すぞ虫ヤロウ!』
『やってみなさいよう!』
苛立たしげに叫んだシュベールへ、ランティーナも負けじと叫び、電磁ロッドを縦横に振るう。
その電撃鞭を嫌い、デンジャラスハンマーが腰スラスターを前方に噴かせ、強引に後退する。
すかさずアラクネアが前進しながら腕を振った。
『へっ!』
シュベールが笑い、下がっていたはずのデンジャラスハンマーがいきなり突進してきた。
腰スラスターを切って右肩と両足のスラスターを噴かしたのだ。
強襲型であるデンジャラスハンマーのスラスターは、前進時の方が圧倒的に高くなりやすい。
それを利用した奇襲戦法だ。
『きゃあっ?!』
突然の事にランティーナが悲鳴をあげた。
振り抜いた腕の内側に入られ、電磁ロッドが空を打つ。
轟音が響き、アラクネアがその場で横転した。
ランティーナは声をあげることも出来ずに、コクピット内でシェイカーに掛けられたように振り回された。
『ランラン!』
アサクラは、ランティーナのアラクネアが至近距離で打ち込まれた円柱に左前足を叩き折られるのを見て、スラスターを噴かした。
コンバットナイフを閃かせ、アラクネアを回り込むように右手側へ滑り行き、右足でのブレーキングでほぼ直角に移動しながらデンジャラスハンマーを斬りつけた。
刃は、デンジャラスハンマーの失われた左腕の付け根へを容赦無く抉る。
『ぐあっ?!』
コクピットの左側が小さく爆発し、シュベールは声をあげた。
が、機体は止まらない。
『ち、浅いっ!』
アサクラが悪態を吐きながら機体をショートステップで後退させる。
『う、おっ?!』
その左足が地に着いた瞬間、アサクラの視界が数メートル下へと下がった。
衝撃に顔をしかめる。
見れば愛機の左膝が折れていた。
浮遊戦車との戦闘で左足は装甲が無くなるほどダメージを受けていた。
高機動型格闘機の宿命として、足回りの負荷はどうしても大きくなる。
その負荷に左膝のアクチュエーターが耐えきれなかったようだ。
『ハッ! 運がなかったなあ!』
シュベールは笑いながら立ち上がれないブラッドストームへ右腕を振るった。
『うわああぁぁぁああっ!!』
そこへリムのサンダーボルトが声をあげながら飛び込んでくる。
『チィッ?!』
シュベールは舌打ちしながら強引に機体上体をひねってサンダーボルトへパニッシャーハンマーを叩き込んだ。
その打撃部がサンダーボルトの左肩に激突。
炸裂音が響いて、モスグリーンの腕が宙を舞った。
シュベールが笑みを深くする。
が、リムもまた、笑んでいた。
『アレクッ!!』
『うおおおおおっっ!!』
リムの叫びに、片腕のブルーナイトが応えた。
追加放熱器から猛烈に排熱しながらフルブーストで突撃する。
『ビギナー程度が……っ?!』
迎撃しようとしたシュベールは、機体が軋む音を聴いた。
見れば片腕となったサンダーボルトが、デンジャラスハンマーの胴を抱え込んでいた。
『くっ? このっ!』
シュベールが悪態をつきながらサンダーボルトを蹴りあげた。
拘束が緩む。
その瞬間には、ブルーナイトは間合いに入っていた。
だが、デンジャラスハンマーもサンダーボルトを振り払っていた。
振るわれた豪腕を、しかし青騎士が腰を落として潜るようにして避ける。
が、ヘッドギアをつけた頭部が転がった。
『アレーク!』
リリィの声に、青騎士は沈み込みながら反転し、一瞬デンジャラスハンマーに背中を向けた。
『な……』
驚いたシュベールを衝撃が襲う。
鋭く旋回した青騎士の手に現れた槍が、デンジャラスハンマーのボディに突き刺さっていた。
それは、リアノンが投棄した88ミリ狙撃砲だった。
『にぃ……?』
目を見開いたシュベールを、青騎士の一撃が貫いた。




