第4話 囚われの少女
「……それで、フレンド通信したんですけど繋がらないし、あわててログアウトしてリアルで連絡したら捕虜になったって……」
「……なるほどね」
ガレージ奥にある事務所の応接室で、うつむきながら話すアレクにうなずきながら、リムディアことリムはコーヒーの入ったアルミ製のマグカップを口元に持っていった。
捕虜システムは、『Metallic Soul』特徴的なシステムのひとつと言って良い。
プレイヤー同士の対決で勝利した際、勝った側が負けた側のキャラクターを捕虜として連行できるのだ。
このとき、勝った側のプレイヤーが拠点を保持している場合、拠点内に一週間、捕虜を捕らえておく事が出来る。
無論、捕虜プレイヤーから自国への救助要請が可能、または捕らえたプレイヤーから相手国へと身代金要求も出来る。
どの場合でもクエストとして国から任務が発行され、期間限定の捕虜救出クエストとなる。
このクエストが成功すれば捕虜プレイヤーは解放される。反対に捕らえたプレイヤーが一週間捕虜を保持していられればそちらは自動的にクエスト達成扱いとなる。
そしてクエスト達成者は身代金または報酬と経験値を得られる。
どちらにしても捕虜プレイヤーは解放されるが、この場合借金が発生する。
借金は、任務報酬から半額差し引かれることで減殺されていくが、かなり厳しいプレイが待っている。
唯一、借金しないで済む方法は、捕虜プレイヤーとチームを組んでいた仲間プレイヤーがクエストを無報酬で受ける事だ。
この場合クエストが達成できれば、報酬は無いが経験値は得られるし、捕虜プレイヤーも解放される。
その後も厳しいプレイになりやすくはあるが、借金が無い分立て直しやすいという利点があった。
「リリィは、僕のためにこのゲームを始めたんです。内向的で友達の出来ない僕を思ってゲームに誘ってくれた。なのにこんなひどい目に会うなんて。僕のために彼女がひどい目に会うなんておかしいです。僕のせいで……。だから……だから僕が助けたいんです」
そう言ってアレクは強く拳を握りしめた。
「……」
コーヒーをひとくち口に含みながら、リムは思案していた。
聞いた範囲ではリムにとってうま味は少ない。
アレクの手持ち金額もそれほど多くはないだろう。 ジャンクパーツ由来の初期支給機体は全パーツを売却してもたいした金額にはならない。
また、先の任務は、一応NPC部隊は壊滅させているのでB達成判定は出ているだろう。
また、アレクがNPC部隊の残骸からジャンクを回収していれば多少はお金になる。
リムは、ふたくち目を口に含みながらどうしたものかと悩む。
と、少年が勢い良く顔を上げた。
「……彼女を助けるために、どうしても強い機体が必要なんです。お願いします!」
叫ぶようなアレクの強い声に、リムは顔をしかめた。アルミのマグカップを置いて、ため息を吐く。
「……大きい声出すな。耳に響く」
「す、すみません……」
しかめ面のリムに言われ、アレクは消沈した。
そんな少年の姿に、リムは頭を掻いた。
「まあ事情は分かったよ。けど、やっぱりプレイヤーメイドは辞めた方が良いと思うよ? 扱いにくいだろうし、結構値は張る。手持ちはいくら?」
「……えっと、75,000Cblです」
この世界では破損パーツがなければ買値のまま機体を売却できる。初期支給機体を売れば50,000Cblにはなる。だが、レディメイド機でも80,000から100,000Cbl。
「う~ん……機体も売却してだよね?」
「……はい」
確認したリムに、アレクはうなだれた。
そもそもアレクは始めて三日のプレイヤーだ。先ほどの話の状況を考えると機体の損傷分を差し引いて30,000Cbl強くらいだろう。残る40,000強は報酬やジャンクの売却の全額だろう。
「……身代金はいくらだって?」
「提示されたのは1,000,000Cblです」
「初心者相手に吹っ掛けるなんて……。こりゃ返すつもり無いわね」
アレクから聞き出した身代金の金額はかなり高額だ。
様々な任務を完璧にクリアしても報酬は多くて50,000Cblが良いところだ。NPCのジャンクが多く回収できるなら+2~30,000Cbl。機体の維持費や修理費、弾薬費などで1~20,000Cbl飛ぶことを考えれば、最大効率でも60,000Cbl。大体20弱の任務を成功させる必要がある。
それだけではなく任務の複雑化や強くなる敵機に対応する為に機体を強化する必要もあるから、さらにお金は出ていくことになる。
となれば1,000,000Cbl貯めるには最短でも30を越える任務をなるべく費用を掛けずに完璧にこなさなければならない。しかも一週間以内に。
それはこのゲームのベテランプレイヤーであってもほぼ不可能と言って良い事だ。
しかも、捕虜となったリリィの仲間のレベルがまだ一桁であることを知っていながら吹っ掛けている。
あきらかに身代金が払えないことが分かってやっている。
「……どちらにしても悪質ね」
リムはため息を吐いて小さく漏らした。
「どうしてもダメですか? 僕のためにこのゲームを始めたのに、開始早々こんな目に会うなんて……」
アレクは顔を上げ懇願するように言う。
「……機体はタダで作れるものじゃあないよ? 元手だって掛かってる。それは……」
「それは……はい、分かって……ます」
諭すようなリムの言葉に、アレクはふたたびうなだれた。
その様子を見ながら、リムはもう一度コーヒーの入ったアルミのマグカップを持ち上げて口をつけた。
「……別にプレイヤーメイドでも、パーツに限定すれば私のところなんかに来なくても……」
ぼやいてから、はたと気がついた。
そういえばこの少年は、この店を目指してきていた。
リムの店は、知る人ぞ知る店だ。
山奥のジャンク山に埋もれるように設置したガレージがプレイヤーの営む店舗だと思う人は少ない。
さきほど追い払ったプレイヤーはかなり情報を集めてここにたどり着いたようだったが、この少年のような初心者がすぐに見つけられるような店ではなかったはずだ。
「…………ところで、アレクだっけ? 話は変わるんだけど、なんで私の店に来たの?」
嫌な予感を覚えつつ、リムはアレクに訊ねた。
するとアレクは顔を上げてキョトンとなった。
「……ニューラークの酒場で、強い機体を売ってくれそうな店の情報を集めていたんですが、そこで会った親切な女性プレイヤーの方が、事情を話したら『RIM's Garage』というお店ならきっと力になってくれると……確か名前はリア……」
「……いや、もういいわ……」
アレクの話を聞いて、リムは頭痛を感じて額を押さえた。
そしてフレンド通信を開く。
『はあい♪ 呼ばれて飛び出てリアノンちゃんよん♪ リムちゃんおひさっ☆』
「このバカっ! 初心者に何教えてんのよっ!?」
通信に出た親ゆ……悪友のリアノンを、開口一発怒鳴り付けるリム。その様子にアレクが目を丸くしているが、リムには気にする余裕はない。
「うちの店がどんだけピーキーか知ってんでしょうーが!? そんな店ぇ初心者に薦めんなっ!!」
『ん~? たぶん大丈夫よん? その子の戦闘ログ見せてもらったけど、リムなら合った機体を見繕えるわよん♪』
「……そんな訳……」
否定しようとして、リムは口をつぐんだ。確かに彼の戦闘スタンスはまだチェックしていない。
「……だとしても、彼の所持金で買えるわけ無いでしょ?」
現に、この店で一番安い機体ですら買えない程度の所持金だ。
『んー。それはそうかもだけど、分割とかやりようはあるんじゃないかしら~? それにね? リム。気づいていると思うけど、そいつらたぶん……』
「……リターナーギルドでしょ?」
リアノンの言葉に、リムはため息を吐きながら答えた。
それを聞いて、アレクは首をかしげた。
「リターナーギルド?」
「アレクは知らないか。キャラクターの削除と再登録を繰り返して稼ぐ悪徳ギルドよ」
吐き捨てるようにリムが答えると、アレクは目を丸くした。
「……そんなこと、できるんですか?」
「……出来ちゃうのよ。このゲームは」
思わず聞いてくるアレクに、リムは忌々しげに言う。
『MetallicSoul』は、基本的に1アカウントにつき1キャラクターが登録できる。
キャラクターを削除すると全履歴と所持アイテム、機体パーツをロストする。
しかし、ある程度育てて稼いだところでアイテムや機体パーツを仲間に預けて、キャラクターを削除、再登録してアイテムや機体パーツを回収し、有利な状態でゲームを始める。これを繰り返して強力な機体を最初から所持するやり方だ。
規約には違反していないがキャラクターを使い捨てるように作っては削除するため、リムのようにやり込んでいるプレイヤーやキャラクターに愛着を持ってプレイしているプレイヤーからは印象が悪い。
リムの解説に、アレクは信じられないように頭を振った。
そんな彼の様子にリムが眉根を寄せる。
と。
『う~ん、リアノンちゃんが調べたところ、今回の連中はもっと悪質みたいよん?』
リムの耳に、リアノンのそんな言葉が飛び込んできた。