第3話 奪われたのは
「敵の増援……それも」
『プレイヤー機』
表示される情報に、敵グラウンドスライダー名とMeckrider名、レベルが表示されている。
レベル表示そのものがその敵がプレイヤーであることを告げているのだ。
二体の敵機は、GSN-10A ウォーハンマーとGSN-07E アーチャーという機体だ。
ウォーハンマーは全体に丸みを帯びた重量級の機体で、頭が平べったくなっており、胴体に半分埋まっているような機体だ。
重量級ではあるが、装甲防御力より積載力を重視した重火力タイプで、中近距離で猛威を振るう。現に目の前の機体は、両手に一門ずつ大型バズーカランチャーを保持し、右肩にはマシンカノン、左肩には短距離仕様の箱形ミサイルポッドを搭載している。
一方でアーチャーの方は、後方支援型のずんぐりした重量級の機体で、特に両肩のペイロードが大きいのが特徴だ。
見れば右肩には大型ミサイルポッド、左肩にはその制御を担う大型誘導制御センサーを搭載している。
右手にはハンドガンタイプのオートカノン。左手には小振りな盾を保持している。
おそらくウォーハンマーが前衛で、アーチャーが後衛であろう。
二機とも重量級で、機動性より防御耐久性を重視しているのが分かる。
「ど、どうするの? リリィ」
『……どうするも何も、やるしかないでしょ!』
リリィは自らを奮い立たせるように言い放った。
相手はウォーハンマーがレベル10、アーチャーがレベル8。
こちらはリリィがレベル9、アレクがレベル6。
差は大きくない。
それがリリィを後押しした。
『前に出るわ。援護よろしく!』
アレクの問いに答えるやいなや、リリィのボクサーが突進していく。
「くっ」
アレクも覚悟を決めて、アサルトライフルで牽制しながらスラスターを噴かした。
スラスターの推力に機体が押しやられるのと同時にフローティングムーブへと移行して、相手の側面へ回り込むようにして、機体を滑走させた。
重量級二機に対して、アレク達は中量級。機動性に関してはアレク達に分がある。
それを活かすために、機動射撃戦を挑む。
一方リリィは、ジグザグにステップを刻みながらウォーハンマーへと向かう。
ウォーハンマーの火力を躱しきって格闘戦に持ち込めれば、ボクサーが一方的に勝つことも不可能ではない。
その状況へ持ち込むためには、相応に駆け引きや勘、技量といったものが必要となる。
リリィのボクサーに応えるように、ウォーハンマーが前進する。
ウォーハンマーの腰に設置されているスラスターが、炎を吐き出し、重そうな機体が滑るように加速した。
フローティングムーブの特性により、重量級の機体であっても高い機動性を獲得できるのがグラウンドスライダーの特徴だ。それを生かした強襲突撃戦術。
ウォーハンマーや、その上位機体スレッジハンマーが得意とする戦術だ。
案の定、ウォーハンマーは両手に構えた二丁バズーカを連続発射する。
さらに肩のミサイルポッドが口を開いた。
ボクサーの操縦席に、警報が鳴り響く。
「ロックオン警報!」
リリィは即座に左肩アーマーの裏にあるラウンドスラスターでサイドキックし、バズーカから吐き出された二発のロケット弾を避けた。
直後にウォーハンマーからミサイルが発射された。
小型だが、推進剤より炸薬量を重視した近距離ミサイルだ。
連続で貰うと小型とはいえ無視できないダメージになる。避けようにも誘導機能があるため妨害装置でも無ければほぼ命中する。
リリィは機体を大きく迂回させるように滑らせながら、両肩のガトリングガンを乱射してミサイルを迎撃した。彼女の機体に高価な妨害装置は搭載されていないのだ。
また、同じく高価な迎撃用センサーも搭載されていない。しかしガトリングガンの連射性によって作られる弾幕は、装甲など無いミサイルには十分だった。
たちまちミサイルがひとつふたつと爆発する。
その煙を切り裂いて、バズーカのロケット弾がボクサーに襲いかかった。
「くっ?!」
突然の事にリリィは慌てて機体を操作した。
ボクサーが大きく態勢を崩しながらもバズーカ弾をどうにか避ける。
だが。
『リリィ! 逃げてっ!』
「え?」
唐突に通信機から響いたアレクの声に、リリィは一瞬呆けた。
その直後。
上空から小さな黒い影がシャワーのようにボクサーの頭上に降り注ぎ、機体の周囲で次々に爆発した。あっというまにリリィのボクサーの姿が爆炎に包み込まれた。
「きゃああぁぁぁぁああああっっ?!?!」
操縦席がミキサーに掛けられたかのようにシェイクされ、リリィの体は乱雑に振り回されながら悲鳴を上げた。
コクピットシートの五点ハーネスはしっかり締めているが、その暴力的な衝撃の連続に振り回され、リリィの体があちこちにぶつかった。
ゲーム故に痛覚は低減されているが、現実であればこれだけで打撲死。否、衝撃だけで内蔵破裂が起きていたかもしれない。
それだけの一撃を、リリィのボクサーは受けたのだ。
やがて、爆炎が晴れると、そこには四肢が砕け折れ、装甲がズタズタになって擱座したボクサーの姿があった。
「リリィぃぃぃぃいいっ!?」
その姿にアレクは叫びながらグリーンナイトを突撃させた。
だが、その足元へ攻撃が突き刺さり、グリーンナイトは急停止する。アレクと戦っていたアーチャーだ。
ボクサーが受けた攻撃は、アーチャーの大型ミサイルによるものだった。
アーチャーは、アレクの攻撃をのらりくらりと避けながら距離を取り逃げ続けていたのだが、突如としてミサイルを撃ち放ったのだ。
そのミサイルはアレクの機体には向かわずに上空へと飛翔した。
アレクは一瞬、アーチャーがなにをしているのか分からなかった。が、レーダーを確認しき、それぞれの機体位置を見て気付いた。
アーチャーは、逃げ回りながらアレクのグリーンナイトではなく、ボクサーを狙っていたのだ。
しかもアーチャーは、ウォーハンマーのミサイル発射にタイミングを合わせていた。
リリィのボクサーは、二機からロックオンされていたのだ。
「邪魔、するなあぁぁあっ!」
気迫を込めてアサルトライフルを乱射する。
アーチャーは、サッと盾を構えながら横へスライド移動した。
何発かは当たるが、致命にはほど遠い。
すぐに弾切れが起き、機体がオートで弾倉を取り替える。そのモーション中に、機体が殴打された。
「うわぁっ?!」
グリーンナイトが転倒する。その衝撃は大したものでは無かった。アレクはすぐさま機体を立ち上がらせようとした。
その鼻先に、バズーカが突きつけられた。
『バーカ、全弾撃ちきったらマグチェンモーション入ってスキだらけになるって知らねーのかよ』
『初心者君に無茶言うなしー』
スピーカーから蔑んだような声が響いた。
『ウィキ位見てから来いって話だろ? Jk』
『だべな』
「う……く……」
確かに由利……リリィに言われてチェックしたウィキにはそう書いてあった。
ライフルやサブマシンガンのリロードは自動で行われるが、足を止めたままやると、リロードモーションによって機体が硬直し的になるというヤツだ。
このモーションは、リロード直前にスラスター移動することでモーションがキャンセルされる。
ゲームであるがゆえの仕様だ。
『お、ボクサーに乗ってんの女の子じゃん♪』
『マジでっ?!』
『マジマジ』
『よっし、捕虜にしよーぜ~』
二人の声にアレクはハッとなった。見ればアーチャーがボクサーのコクピットハッチをむしり取っていた。その奥に、ぐったりとしたリリィの姿がある。
それを見た瞬間、アレクは全身の血が逆流したように感じた。
「リ、リリィに手を出すなぁぁっ!」
叫びながら機体を動かす。
直後に、アレクは頭上から衝撃を受けた。
バズーカがグリーンナイトの頭を吹き飛ばしたのだ。
キャラクターの視界が、急速に狭まる。
頭に強い衝撃を受けたことでキャラクターに状態異常が発生していた。
『叫んでんなよ、うぜーなあ。彼氏クン? もちっと腕あげてからかかってきなよ』
『ぎゃっはっはっはっはっ』
ウォーハンマーのパイロットが呆れたように言い放ち、アーチャーのパイロットがバカ笑いした。
「く、くそ……」
その声を聞きながら、アレクの視界は閉じていった。
アレクの視界が回復しキャラクターからの感覚情報が戻った頃には、二体の敵プレイヤー機の姿も、リリィのボクサーの姿もなかった。
ジャンクが散乱する荒野の真ん中に、頭を失い、力無くうずくまったアレクのグリーンナイトの姿だけがそこに残されていた。
「……ゆ……り……う、く……ち、くしょ……」
ダメージを受けた体を引きずるように機体から這い出たアレクは、その場にうずくまった。
「ちくしょ……ちくしょーっ!」
ただ、少年の悲痛な叫びだけが、荒野にむなしく木霊した。