第37話 鉄蟹と異蟲
『まさ吉っ?!』
ブラッドサイスが融け崩れるのを見て、アイアンキャンサーが悲鳴のような声をあげた。
『やってるわねえ?』
それに相対しているランティーナのアラクネアは両腕の電磁ロッドを自在に振るい、ガトリングガンの弾を浴びせかける。
アイアンキャンサーはそれを、得意の横移動で避け、装甲バックパックから伸びる複合武装腕で防いでいた。
アイアンキャンサーという機体は、MetallicSoulにおいて異質な機体だ。
通常の機体のように上半身と下半身、頭と左右の腕を交換して簡易カスタマイズは可能だが、上半身部分が他の機体より二回りは小さいため、取り付け可能な腕部に制限がある。
下半身はほとんどのタイプに適合するが、ある事情によって大型の重量級レッグパーツになりやすい。
その事情とは、アイアンキャンサーの背面にある専用コネクターを利用する、このシリーズ専用の装甲バックパックの存在だ。
この装甲バックパックは、従来のバックパックと異なり、武装と装甲をパッケージングしたアイアンキャンサーの“メイン”兵装だ。
これを装備することで、アイアンキャンサーは様々な戦局に対応できると言われている。
現在アラクネアが対峙しているのは、バックパックの装甲防御力が高く、二本の複合武装腕を備えたタイプだ。
バックパック本体には分厚い装甲カバーに護られた48連装グレネード投射システムを備えており、複合武装腕は巨大なシザースネイルとフレイムスロウアー《火炎放射器》と三十五ミリ機関砲を備えている。
このシザースネイルは、中型の盾としても機能する。武装腕で防御中はその兵装が使えないのだが、本体側の手に口径40ミリショートオートカノン一丁ずつ構えているため、さほど火力を落とすこともなく防御可能だ。
従ってこの機体の総合的な防護性能はかなり高い。
また、電磁兵装対策をしているらしく、電磁ロッドの効果がいまいち発揮されないのも、アラクネア側にとっては厳しい部分だ。
全体的に攻撃力に欠けるステルス機であるため、アイアンキャンサーのような機体防護能力の高い敵は、アラクネアの天敵とも言えるだろう。
しかしランティーナの表情に焦りはなかった。
打ち込まれる40ミリ砲弾を、適切な機動で避ける。
そもそも軽量高機動タイプの四脚機は、平地での挙動に優れる。
なにしろ、平面移動であればどの方向へでもノーモーションで動けるし、移動速度が前後左右でほとんど変わらない。
周りの地形を把握して動けば、回避性能はかなり高い。
また、二脚タイプや車両タイプと比べても投影面積が小さめで、被弾しづらいというのもある。
特にアラクネアは脚の細い軽量四脚な上に上半身は平べったく頭も小さいパーツを使っている。そのせいで中量級GSの全高が十五メートル前後あるのに対してアラクネアのそれは九メートル程度しかない。
さらに全体に細身なので、正対した場合の面積はかなり小さい。
従って。
『くそっ! 当たらねえっ!』
『ダメダメねえ』
アイアンキャンサーの攻撃は、アラクネアにほとんど当たらなかった。
この場合、アイアンキャンサーも全高が低めであることも災いしている。
アラクネアは機体構成上、上から見た場合の面積が広い。
上から撃ち下ろされた場合、逆に被弾率が上がる。
だがアイアンキャンサーとアラクネアの全高が近いため、ほとんど正面からの撃ち合いになっており、機動性が高く正面面積が小さめなアラクネアが有利に立ち回っているのだ。
アイアンキャンサーも上から攻撃できなくはない。
圧倒的な面制圧火器である四十八連装グレネードランチャーは、放物線を描いて投射される。
アラクネアの頭上に降り注げば、その機動性を活かすこともさせずに擱座させていたはずだ。
しかし、この兵器は面制圧兵器だけあって散布界がかなり広く、味方を巻き込みやすい。
また、放物線を描いて投射される性質上、自機に近い敵を狙いにくい(そもそも誘導性など無い)。
そのためなかなか使いにくい兵器である。
しかも戦場が自分達のベースであることがアイアンキャンサーのライダーにグレネードの使用をためらわせていた。
防衛に成功しても、グレネードの爆風で基地設備がズタズタになってしまっては意味がないからだ。
『くそっ! だが非力だな! その機体の火力じゃ俺の機体は落とせねえ!』
『そうなのよねえ』
アイアンキャンサーのライダーの叫びに、ランティーナが苦笑しながら答えた。
ちょっと困ったという感じだ。
『ま、私じゃあ無理でも他の機体ならいけるんじゃない?』
『なに?』
ランティーナの言葉にアイアンキャンサーのライダーは訝しげになった。
その刹那の隙に、アラクネアの電磁ロッドがアイアンキャンサーの武装腕を絡めとった。
『くそっ! だが足が止まったぞっ! 終わりだ!』
『……あんたがね』
足を止めたアイアンキャンサーの横合いから、モスグリーンの機体が飛び込んできてその大重量のショルダーチャージをぶちかます。
リムのサンダーボルトだ。
アーチャーを仕留めてこちらにやってきたのだ。
たまらずひっくり返ったアイアンキャンサーの胴体を、太い足が押さえ、アウトリガーまで展開した。
『て、てめえ……』
アイアンキャンサーがうめきながら武装腕をサンダーボルトに向ける。
だが、それが火を噴くより早く、サンダーボルトのくるぶしに仕込まれていた機体固定用の杭打ち機が作動して、そのコクピットを貫いた。




