第21話 乙女心
「……なによアレクってば!」
髪をツインテールにしたスレンダーな肢体の少女が、肩を怒らせながら通路をゆく。
アレクの相棒リリィだ。
今、彼女がいるのは企業国家US合衆連邦という国のギルドベースのひとつ。その捕虜収容施設だ。
便宜上捕虜という形ではあるが、拘束されるわけではない。
捕虜収容施設自体は清潔だし、食事もうまい。基地外に出なければ外に出ることもできる。
与えられる自室は監視というほどの事もなく、割りと自由である。
この辺り、リアリティよりゲームであるため、捕虜となったプレイヤーがストレスを感じすぎないようにという配慮だろう。
施設内にはNPCの捕虜が数多く存在し、話しかけるとある程度の情報は得られる。
施設を運営している看守もNPCだ。暴れたりするとすっ飛んでくる。
MetallicSoulは基本ロボで戦うゲームだ。従ってパイロット自身はそれほど強くない。
なのでNPC看守にあっさり制圧される。
強行突破での脱獄はほぼ不可能だろう。
話を戻す。
リリィは捕虜となり、この施設に連れてこられた。と言っても直接的に何かされるわけではなく、たいしてやることはなかった。
今までは。
リリィは膨れっ面を戻し、まわりに注意しながらNPCに接触する。
現在リリィは脱獄クエスト進行中だ。
そのために、自身が所属する共和国のスパイや協力者に接触し、逃亡の算段をつける必要があるのだ。
これらのNPCは、どこに配置されているかは分からないようになっており、リリィは最初施設内をあちこち歩き回った。
そうして接触できたスパイから情報や小道具をもらって脱獄の準備を進める。
そして、タイミングを見計らって脱獄。これがクエストの流れだ。
リリィは最初、脱獄クエストの受領をしなかった。
脱獄クエストは、MetallicSoulでは異端のクエストであまり攻略が進んでいないクエストだ。
それにリリィ的にはロボットを動かしたいので、スニーキングミッションに近い脱獄クエストには興味が無かった。
賛否の有る捕虜システムの事は知っていたが、まさか自分が捕虜になるとはつゆほども思っていなかったリリィは、捕まったことに気付いた時は悔しさに身悶えしたほどだ。
そんな時に幼馴染みのアレク……荒木 優人から連絡を貰った。
捕虜になったリリィ……天沢 由利を心配してリアルで連絡してきてくれたのだ。
そんな優人の優しさに、由利はくすぐったいものを感じていたのだが、最後に彼が力強く告げた言葉に息を飲んだ。
『絶対助けるから! 僕が絶対に由利ちゃんを助けにいくからっ!』
『……う、うん』
由利はそう返すことしか出来なかった。
幼稚園の頃から一緒に居た気弱な幼馴染みの少年。いつもなら気の強い由利が彼を引っ張って来た。このゲームに誘ったのも弱気で内向的な優人のためだ。優人には自分が付いていなくてはダメだと由利はいつも思っていた。
けれども。
そんな彼が初めて発した男らしいく力強い宣言に、由利は顔が熱くなるのを感じた。
話し終えた由利は、先程とは打って変わって嬉しさと恥ずかしさと照れ臭さと胸の高なりに身悶えてしまい、その日は一睡も出来なかったのだ。
そして次の日からも積極的にMetallicSoulにinした。
捕虜になった場合の対処法のひとつとしてログインしないというものがあり、由利はそのつもりだったのだが、優人の宣言に触発されて半分夢見心地でinし続けたのだ。
だが。
『リムさんって言うんだ』
冷や水を掛けられたのはつい先日だ。
『スゴいんだよリムさんは!』
興奮気味に伝えてくる優人の声に、由利の気分は直滑降である。
『MetallicSoulに詳しくて、グラウンドスライダーを部品から作っちゃうんだよ?』
なぜ自分は他の女を誉める言葉を聞かされ続けているのか?
『カッコ良いなあリムさん。素敵だよ』
少し前に感じたトキメキを返して欲しい。
『それで、救出クエストもリムさんが手伝ってくれるって……』
そこまで聞いた由利は、なにかがキレる音を聴いた。
「そんなにその人がいいならずっとイチャついてなさいよ! バカ優人!」
『……えっ?』
「リムさんリムさんってバカの一つ覚えみたいにっ!」
『ど、どうしたの? 急に』
「もういいっ! 私、自分で脱出するからっ! 助けに来なくていいっ!」
『えぇっ?! けどリムさんが……』
「バカっ!!」
由利はそう叫んで電話を切った。
そんなことがあったのが昨日の夜だ。怒りと悲しさと悔しさで寝付けず、枕に顔を埋めた由利は優人を朝までひたすら罵り続けた。
そして、脱獄クエストを受領して八つ当たり気味に情報を集めまくっていた。
「ばかっ! バカッ! 馬鹿っ! アレクのあほんだらっ!」
今もまた、由利……リリィは優人……アレクを罵りながらクエストを進めていた。
「……って感じで取りつくしまもなくて……」
アレクからそんな話を聞き出したリム達は、生暖かい視線を少年に向けていた。




