プロローグ
青く澄みきった空の下に、大地を埋め尽くすほどのビルディングが立ち並ぶ。
その規模はこの大陸でも有数の大都市であろう。
しかし、そこにかつての隆盛は見えない。
さぞ立派であったろうどのビルにも窓ガラスは無く、壁はヒビだらけで今にも崩れそうだ。
さらに言えばビルに灯りは無く、人影も無い。
朽ち果てた高層ビルだけが残るゴーストタウン。
かつて大陸で栄華を誇った文明の名残だ。
G粒子と呼ばれる新粒子の発見によって最高潮に達した文明社会は、皮肉にもその粒子によって滅んでしまった。
人間は、大きな力を持つには未熟すぎるのかもしれない。
不意に、甲高い音が響き、続けて連なるような連続した破裂音が廃墟の街に木霊した。
さらに細かい振動が何度も起き、ボロボロのビルから細かな破片が、パラパラと小雨のように降り注いだ。
それを弾き飛ばすように。
圧迫放射されたエアー音が響き渡り、破片が固いものに跳ねられ砕け飛んだ。
それは人影だ。
ビルの五階の窓からそのひとつ目の顔が見えるほど巨大な。
その身に纏う異形の鎧は、そこかしこが裂け、バチバチと放電し、黒い粘性のある液体を垂れ流していた。
“彼”は、その身が機械であった。
全高が十五メートルにもなる機械の身を持つ、それは巨大な人型ロボットだ。
しかも、その手に保持した巨大なライフルと、背中の砲身から察するに兵器であろう事が分かる。
人型機動兵器。
現実には役に立たないと言われ続けながらもその魅力を失わないそれが、廃墟の街に姿を現したのだ。
“グラウンドスライダー”と呼ばれるこのロボット兵器は、損傷もそのままに単眼カメラアイの頭部ユニットを左右に振り、周囲を警戒していた。
損害を受けていることから解るように、戦闘中なのだろう。
おびえるように辺りを窺う姿はまるで人間のようだ。
そう、この兵器は有人機だ。
人型の機械の体を操るその人物の感情を表すような挙動が、このロボットがまるで生きているかのようにも見せてくる。
そんな彼の背後にある、ビルのひとつに、ぴしりとヒビが入った。
次の瞬間。
ビルの壁を突き破ってずんぐりとしたモスグリーンの人型が、破片を撒き散らしながら姿を表した。単眼は突然の事に身動きをとることが出来ず、分厚い装甲の機体に勢いのまま衝突してしまう。
その重装甲機の質量と出力によってぶちかましを受けた単眼機は、機体装甲をひしゃげさせながらよろめいた。
モスグリーンの機体が盛大に倒壊し砂煙をあげるビルを背に、頑丈そうな指を握り込んで拳を作る。
その拳を振り上げた姿が砂煙に覆われて見えなくなる。さらに砂煙は単眼も飲み込んだ。
刹那。
鋼鉄のハンマーで鋼を殴り付けた音が響いて砂煙が広がり、それを突き破るようにしてひしゃげた金属の塊が飛び出して別のビルの壁に激突した。
それはグシャグシャにつぶれた単眼カメラだ。
そして、砂煙の中から首無しのグラウンドスライダーが滑るように飛び出した。
徐々に晴れた砂煙の向こうから、砂を浴びて白くなりかけたモスグリーンの機体が姿を表す。
首無しは、モスグリーンから逃げるように距離を取る。
モスグリーンの機体の、平べったい頭に出来たスリットが赤く光った。
そのラインアイに怯えるように、首無しがライフルを乱射する。
口径八十八ミリの手持ちライフルは、戦車の正面装甲にも通用する威力を持つ。
それがモスグリーンの機体に襲いかかった。
しっかり狙いを付けたわけでも無いその攻撃は、しかしモスグリーンの機体装甲を容赦無く削る。
が、その重装甲に自信があるのかモスグリーンの機体は気にも留めずに身を屈めた。
そして、背面バックパックの装甲カバーが展開し、中からノズルが顔を出す。
ノズルの奥に、火が点った。
瞬間。
倒壊したビルの瓦礫を薙ぎ払うようにして、破裂したような爆圧音が大気を揺るがした。
その重装甲ゆえの大重量をものともせず、一瞬にして最大速度へと押し上げた大推力によって、鈍重そうな機体が前方へと弾き飛ばされた。
その行く先にいるのは、首無し。
なおも撃ち放たれた三発の八十八ミリ弾を弾き飛ばしながら、モスグリーンの鉄塊が首無しに激突した。
派手な金属音と部品や破片を撒き散らし、十五メートルの巨体が宙を舞う。
百メートル以上の距離を飛翔した首無しは、そのままの勢いでひび割れた道路に叩きつけられ、クレーターを残しながらバウンドし、ビルの壁面に衝突した。
その頃には、首無しは、首だけではなく腕も脚も失い、ただのガラクタの固まりと化していた。
首無しと激突した地点から数十メートルは進んでいたモスグリーンの重装甲機は、その様子をラインアイで確認し、ゆっくりと機体を起こした。
排熱機構が作動し、大きく息を吐くように、エアーインテークから熱風を放射する。
その重装甲機の胸奥に鎮座した、鎧兜の人物も同様に息を吐いていた。
同時にコールが掛かり、モニター脇の小さな小窓に人の顔が映った。
『いよおリム。そっちも終わったみたいだな』
ガラス面に守られた、青年の顔だ。
「まあね」
言いながら鎧兜の人物が、兜の面頬を跳ね上げるとガラス面が現れた。その奥に女性の顔があった。
この鎧兜は、グラウンドスライダー用のパイロットスーツで、パワーアシスト付きの強化服でもある。
高機動兵器であるグラウンドスライダーを操縦するには、パイロットの身体を保護し、強化するこのパイロットスーツがなければならない。
でなければ、機体を操縦するだけで大ケガを負ってしまう。
「リアノンはまあ平気でしょうけど、アサクラ君も無事で何より」
『おうよ!』
『ひっどーい! あちしの心配もしてよーん!』
笑って応じた青年の声に続き、抗議するように女性の声が響いて別の小窓に顔が映った。こちらめま女性。
ガラス面の奥で頬を膨らませている。
それを見てリムと呼ばれた女性は肩をすくめた。
「あんたはいつも要領良くやるでしょ? ランランとクズ男もオーケー?」
『だいじょーぶだよー♪』
『こっちもだ。つーかクズ男言うなし!』
新たに小窓に映った少女とそれなりに年のいった男の顔を確認してリムは頷いた。
「大丈夫そうね? じゃ、クエストアイテム回収して上がりましょっか」
そう告げたリムに、四人がそれぞれに答えた。
そして、ほどなく廃墟街奥に納められていたクリスタルを、リムは回収した。
「よし、これでクエストクリア! みんなありがと!」
機械のランプが赤から緑に変わり、その機械に手が伸びた。
それは顔の上半分を覆うヘルメットのような機械だった。その手はそのまま馴れた様子でロックをはずし、ヘルメットを脱いだ。そして手の主は体を起こしながら頭を振る。
「……ふぅ」
その人物は女性だ。キャミソールにスキャンティのみという無防備さでベッドに横になっていた彼女は、手にしたヘルメットを脇に置いて軽く伸びをした。
化粧気の無い顔は童顔気味で、見る人が見れば美少女の範疇に入らなくはない器量だが、部屋のゴタツキぶりを見るになかなかダメな人物のようだ。
髪もボサボサだし。
「ん……。はあ、やっとクエスト終わった……」
おっさんのように肩を叩きながらぼやくと、PCの画面をタップした。
そこに映し出されるのは、先程のモスグリーンに塗られた重装甲機と、リムと呼ばれていた女性の姿だ。
これは、VirtualRealityMMO、“MetallicSoul”のインフォメーション画面だ。
先程の鉄巨人達の戦いは、この“MetallicSoul”のゲームでの事だった。
「……ムフ」
美少女の範疇に入りそうな少女がして良い笑い方ではない。
「……ムフフ♪ コレで念願のショップ持ち! やっと公式コンペに参加できる♪」
少々気味の悪い笑顔のまま、少女……楠原 さゆは上機嫌でガレージモードを起動した。