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行方不明になったと思われていたアイハラだったが、空に消えたその数日後、ユーリがいっていたように、この地上へと戻ってきた。そうして何食わぬ顔で、映像演習の講義に出席してきたのだった。
かたやユーリの姿は見えなかった。
アイハラを一瞥するなり、みな一様に驚愕した。そうして一人が口を開くと堰を切ったように次から次へと質問を浴びせかけるのだった。
「どこで何をしていたんだ?」
「警察に届けようと思ったんだぞ」
「心配かけやがって。でも、戻ってこれたんだな。よかった」
アイハラは曖昧な笑みを薄く浮かべると、何一つ語ることなく押し黙った。みな、アイハラからはこれ以上、何も引き出せないことを悟った。それほどまでに沈黙は堅固だった。彼がなぜ、ロープによって雲の上に引き上げられたのか、それは決して明かされることのない謎となってしまった。
しかし、ぼくはそんな謎のことなど、どうでもよかった。
気がかりはユーリのこと。
あくる日も、そのまた、あくる日になっても彼女は授業にでてこなかった。
心配したけれど、こちらからはどうすることもできない。手も足もでないとはこのことだ。切歯扼腕しながら、ぼくは待つより他なかった。
※
異変は、鳥とともにやってきた。
やはりアイハラが招いているのだった。
彼の頭上、遥か上空を見上げる。と、青空が黒く翳ってしまうほどの無数の鳥がゆきかい、騒いでいるのだった。
「孵化したての鳥だ。だが、通常の卵からではない」
「ユーリは?」
旋回する鳥が気になっていたが、視線はアイハラを捉え、問いただす。しかし、その表情から何か意味のある感情を読みとることはできなかった。
「きみも知っているだろう?」
「ユーリはどこだ?」
答えがみえてこない苛立たしさに、眉をひそめる。
「きみの家は先祖代々、おなじ場所にすんでいるのか?」
これはアイハラからの質問だった。ぼくの問いかけに対し、こたえるつもりはないらしい。
「そうだ」
「なら、わかるはずだ。きみの家の庭からは石が発掘されるのだから」
「それはそうだが」
事実、家の庭から、ウズラの卵より少しおおきめサイズの丸い石がおびただしく出てきた。
「鳥よ、去れ」
またもや、あの時の呪文だ。言葉が不可視の弩となって空にむかって射かけられた。その瞬間、鳥は四方に散らばり、雲散霧消した。
そして訪れたのだ。舞い降りた一羽の小鳥。ぼくにとっては特別な鳥が。
ぼくは、アイハラの肩を止まり木にしたオレンジ色の小鳥を嫌でも直視しなければならなかった。
「これがこたえなのか?」
鈍いぼくにもようやく事の真相がみえてきたようなのだ。
「そうだ」
アイハラは頷いた。
捥ぎたての鮮やかなオレンジの色をした小さな鳥は可憐な声でうたった。やがて翔び立つと、ぼくらを一顧だにすることなく、青空のかなたへと消えてしまった。雲の上の国に帰還したのだ。
ぼくは空から視線を戻した。もうアイハラは河原にはいなかった。