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「さ、今日は映像実習だったね」
教授とおぼしきひとりが人々の輪の中に一歩足を踏みだすと、みんなの顔をみまわした。メンバーはそれぞれ僅かに顔を俯けたり、眼をそらしたりした。
輪の中心で声を発したのは小学生の男の子だった。今日はこの子が教授を務めるのだろう。なに、ちっとも不思議なことではない。シュピーゲルモリアオガエが川魚についての映画を撮った話をしてくれたこともあったし、ポケットに入っていたミルク・キャラメルが突然、人語を操って、お砂糖とミルクと映画についた語りだしたこともあった。講義のあと、蝋の包装紙を剥くと、ぼくはそのミルク・キャラメルをぽい、と口の中に放り込んで食べちゃったけどね。
授業は開始を告げた。男の子の教授は、ぼくを指さした。
「たしか今日はきみから発表する番だった、と思うんだけど」
「えっと、あ、……はい」
と、言いかけたところでぼくを遮る声がある。
「今日はどんなテーマなの?」
高校生の女の子はぞんざいな口調で教授役の男の子に問いかけた。彼女は銃口を咥えると水を呑んだ。水鉄砲に充填されているのは、きっとミネラルウォーターだろう。
教授に対して甚だしく礼を失した態度ではあったけれど、誰も彼女を咎め立てたりはしなかった。この子はこの大学に入ってまだ日が浅く、いろいろなことに馴れていないのだ。
ぼくは言った。
「映画を上映せずに映画を演じてみせることが、今日の映像演習のテーマだったかと思います」
なんなのそれ、と高校性は鼻を鳴らしたが、ぼくは意に介さなかった。ぼくのそばにいるユーリがぼくのこと、しっかり見まもってくれているから気にならないのだ。
「うん、そうだった。で、もう用意はできているのかな?」
と教授。
「ええ、これです」
ズボンのポケットからぼくが取りだしたものとは、白くて小さな石だった。
「なんだ石じゃん」
声の主をたしかめるまでもない。ぷいと横をむくと彼女は水鉄砲のトリガーを引き、宙にむかって噴射した。
ユーリが「しっ」と指を唇にあて、たしなめる。女子高生は頬を膨らませるとユーリを睨みつけた。
ぼくはユーリにむかって微笑む。彼女もまた頷いてくれたから安心する。手のひらの上に転がした石に意識を集中し、語りはじめた。
「……えっと、みなさん、こんにちは。ぼく、エグチといいます。えと、さっそく前置きなしに主題に入ってゆきたいと思います」
学生は全部で十五人くらい居た。視線がぼくに集中し、居心地が悪い。だが、ユーリがそばにいてくれるだけで励まされ、ぼくは喋りつづけることができるのだ。
「これはただの石ころに見えるし、実際そうなのだけど、ぼくにとってふつうにそこらに転がっている、ありきたりな鉱物ではないんです。この石ころはぼくの家の庭からいくらでも掘りだされるものなんですけど、ぼくが子どもだった頃は、なんというのかな、この石ころが小鳥か何かの卵だと思っていたんです」
「たまごぉ? まさか石が」
女子高生が、からかう。ぼくはそれには取り合わず話をつづけた。
「ぼくは思いました。これはきっと鳥の卵なんだと。形態も楕円形をしているし、ちょっと小ぶりのウズラの卵に見えなくもない。色は白いけど。石の卵はいつの日か孵化して、鳥の雛になるのではないのかな、と思います。むかしむかし生きていた、鳥の精霊が化石化したものなんだと思う。だからぼくは庭で丸い石を拾っては、それに耳を傾けるのが好きなんです。さえずりが聴こえてこないかな、って期待するんです。たぶん、このなかには眼には見えないけど秘められたものが絶対確実にある。生命とまではいかなくても、きっと何かがある」
ぼくはいったん言葉を区切ると、聴衆をみまわした。みな、いちように呆然とした顔をしている。だが、話はもうこれでおしまいだ。
続きというか、話のオチを待っている人たちに対して申し訳ないが、ぼくはもう一度、言ってやらなければならなかった。
「えっと、これでこの話は終わりです。みんな、最後まで聴いてくれてありがとう」
ぼくは頭を下げると、みんなもつられた恰好になって会釈した。
「つまんない」
例の女の子が嫌味をたっぷりとまぶした感想を口にした。
それを遮るように教授がいう。
「これはもしかしてアニメーションにしようとか、そういう意図、もしくは構想があるのかな? 石が割れ、そこから雛があらわれ、空へと羽ばたく。それをたとえば粘土をつかってクレイアニメにするとか」
「いえ、そういうんじゃなくて」
少し言いよどむ。心で非言語的に感受していることをメタファーであれなんであれ、言葉に翻訳して相手に伝えることはむずかしい。
言葉にしてしまうと削ぎ落ちてしまうものが、余りにもおびただしくあるからだ。つまり言葉だけではいいあらわせないものが存在する。だからこそ、映画とか音楽的な表現手段があるのだろうけど。いま、ぼくは撮影するためのフィルムや機材がないので、コトバをフィルムの代わりにして映画をこしらえるしかない。
「えっと、たぶんぼくが思うには、これはもっと大きな循環の物語がバックグランドにあって、それはぼくらの日常のすぐそばにある映像なんだけども、どうしても摑みどころというものがなくって……、あの、コトバによる映画にしたくって……、そ、そうすれば今日の講義のテーマ、――映画を上映することなく映画を上映してみせる、にもつながってくるんじゃないかと思うんです」
と、まるで要領を得ない話し方をして言い訳がましくまごまごしていると、そこへ突然アイハラが横槍を入れてきた。