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Vol.6

ヒューイは無茶を承知でサクサ村の赤毛を走らせていた。


すでにここに来るまでにかなりの速度で走ってくれていたが、今は一分一秒も惜しかった。


アリシアには自分の考えをすでに伝えていた。


彼女は否定も肯定もしなかったが、急いで村に戻ることには大賛成だった。


万が一にも村が焼かれる事は防ぎたかった。


小麦畑の一本道を矢のように走り抜け、徐々に数を増やしていくヤシの木を横目に、ヒューイは鞭を打つ手を休めることはなかった。


アリシアは激しく上下に揺れる馬上で、ひたすらに目を閉じて時間が流れるのをもどかしく感じながら、村が無事であるように祈っていた。


だが、神はその祈りには答えてはくれないようだった。


ヒューイが舌打ちをしたので目を開けたアリシアは、その光景に目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。


村の方向の空に、黒い煙が立ち上っていたのだ。


ついさっきも同じような景色をみた既視感を感じながら、アリシアは絶望を振り払うように頭を振った。


二人は言葉を交わさずにただ急いだ。


村に近づくにつれて濃くなっていく焦げた匂いは、容赦なくアリシアの心を痛めつけた。


5年前、行くあてもなく心も体もボロボロだったアリシアを、優しく受け止めてくれたこの村を失う事は想像もしたくなかった。


村の人たちは誰一人漏らさず知っている。村長のダグラは無愛想で料理の下手な自分を我が子のように可愛がってくれた。


<あの事件>で仲間も、自分の居場所も、そして<父親>さえも失ったアリシアにとって、この村は故郷よりも大切な場所であった。


もしもまだ間に合うなら、そしてこの村を守る事が出来るのならば、もう一度<あの呪い>を使うことだって厭わない。


密かに、しかし強い決意を固めたアリシアの気持ちを知ってか知らずか、ヒューイは視線を前に向けたままだが、その大きな手でポンポンとアリシアの頭を軽く叩いて言った。


「心配するな」


アリシアはその気遣いになんとなく居心地の悪さを感じて、曖昧に微笑んだ。


村の入り口自体は明確に決められているわけではない。


一番外れの家が見えた時、すでに村の中心は視界の奥にわずかに見えていた。


ここまで来ると、巻き上がる炎の柱が見て取れた。


「クソっ……!」


ここまで運んでくれた根気強い赤毛に最後の鞭を入れると、ヒューイ達は村の中央広場に躍り出た。


すでに視界に入るすべての家が轟々と燃えており、広場は秋の夕方以上に赤く染まっていた。アリシアもヒューイもすかさず馬から飛び降りて人の姿を探す。


「ダグラ……無事でいてくれ!」


ヒューイは口の中で呟きつつ、ダグラの家の方へと走った。


アリシアも後に続き、燃え盛る一件の家の角を曲がった時、ダグラの家の前で二人の人間が激しく争っているのが見えた。。


片方はサクサ村村長のダグラに間違いなかった。


両手で大型の魚を仕留める際に使用する鋼の銛を持ち必死に攻撃を仕掛けているが、着ている服は所々焦げて穴が開き、短い髪も焦げているのが分かった。


相対しているのは、異様な騎士であった。


まず目を引くのはその出で立ちで、頭からつま先まで全身をつつむように鈍く暗く輝く、真っ黒な鎧で包んでいるのだ。


燃え盛る炎に照らされて赤い光を反射する黒い鎧を身に纏った騎士は、手に持ったこちらも深い闇の色に刀身まで染まった剣でダグラの銛の突きを華麗に捌いていた。


その力の差は、必死に突きを繰り出すダグラが感じている力量差以上に、客観的に見れるヒューイの目には子供が大人にじゃれついているように見えた。


明らかにもてあそんでいる黒い騎士はその口元に僅かな微笑さえ浮かべていた。


殺す気になればすぐにでも出来るだろう騎士の余裕を感じたヒューイは、すぐに行動に移っていた。


足元に落ちていた大振りな石を拾い上げると、全身の力を込めて黒い騎士に向かって投げた。


その石は強力な磁石にでも引き寄せられるように、一直線に黒い騎士の頭を目指し飛んで行った。


完全に目の前のダグラにのみ集中していた騎士は、その突然の衝撃に対処はできなかった。


真っ黒な兜がはじけ飛び、上半身ごとバランスを崩した騎士はかろうじてそのまま受け身をとって転がると、追撃に備えて片膝立ちで体を低くして剣を構えた。


その動きに感心しながらも、ヒューイは一気に騎士との間合いを詰め、ダグラの前に回った。


「ヒューイ殿!」


ダグラは一瞬で起こった形勢逆転に驚きながらも、歓喜の声を上げた。


「遅くなってすまなかった。まったく俺は迂闊だったな。大丈夫か」


振り返らずに声を投げつつ、腰の刀に手をかけて鯉口を切る。視線は黒い騎士から一切離さず、対象を観察していた。


この男は一体何者なのだろうか、とダグラは思いつつも、その迫力に圧倒されて後ずさりに離れ始めていた。


その体に、静かに駆け寄ったアリシアがそっと体を寄せた。


「無事でよかった……村のみんなは」


ダグラは疲れきった顔を引きつらせながら、アリシアの肩を抱いた。


「ほとんどの者は海へと逃げおおせたはずだ」


アリシアはホッとため息を吐くと、ダグラを庇うように後ろに下がりつつヒューイ達と距離をとろうとジリジリと下がって行った。




ヒューイは油断せずにその騎士を観察していた。


兜がなくなったので、今やその表情をまじまじと直視する事ができた。


その騎士は非常に若い男だった。


全体的に細く華奢なイメージのその男は、神経質そうな頬骨の目立つガリガリの頬に不敵な笑みを浮かべている。


短く刈り込んだ金髪は几帳面に整えられており、彼の性格を表しているようだった。


構えた両刃の剣には隙がなく、かなりの剣の腕であることは間違いなかった。


しかしヒューイが最も気に入らなかったのは、その瞳だった。


鋭い光を放つ細めの目つきはともかく、その瞳は左右で違う色をしており、右目の薄い青色の瞳と、左目の不自然な程に金色の瞳がヒューイの事をじっと見つめている。


ダグラと後退をしていたアリシアは、ヒューイ達と距離が離れた事でようやくわずかに安心すると、そこで初めてその騎士を見た。


そして思わず唇から言葉が漏れた。


「漆黒……!」


その瞬間、ヒューイの右手が刹那の速さで刀を引き抜き、鉄の閂すら斬り通す抜き打ちの一撃を仕掛けた。


騎士はそれを予感していたかのように、悠々と後方に一歩下がっただけでかわしてみせた。


自分の間合いで無い事は十二分に承知しいていたヒューイにとっても、それはただの見せかけの一撃だった。


雷の如く抜き切った刀を大上段に構えると、初めて左手で柄を握る。


「応っっ!!」


迸る気合の声とともに振り下ろされた一撃は、まさに必殺の一撃と呼ぶに相応しい渾身の斬撃だった。


大概の敵は、この一撃で斬り伏せてきた。だが、この黒い鎧の騎士は不敵な笑みを浮かべたまま片手に構えた黒剣でその一撃を受け止めてみせた。


いなすでも逸らすでもなく、片手一本で正面から斬撃を受け止めたのは技術でもなんでもない純粋な力だ。


ヒューイの渾身の一撃を受けても折れなかったその剣は素晴らしい名剣である事を示していたが、それ以上に片手で受け止めたこの男の力は明らかに異常だった。


「こ、こいつ!」


刀を振り下ろしたままヒューイが全身の力を込めてみても、その男は薄ら笑いを浮かべたまま微動だにしなかった。


ヒューイの刀を片手で受け止めたまま、その男は初めて声を発した。


「貴様に選択肢を与えてやろう」


神経質そうな表情にぴったりの、男にしては甲高い声だった。


ヒューイはすかさず後ろに下がり、刀を脇に構えなおした。


「何を選ばせてもらえるんだ、烏野郎」


「死に方だよ、他に何がある」


「お前の死に方か?俺に斬り殺される以外には、ないはずだが」


ヒューイの言葉を無視し、その男は剣を下げた。


「焼き殺されるのと、切り殺されるのと、どちらが好みだ」


男の金色の左目が光を増したように見えた時、アリシアの叫び声が響いた。


「飛んで!!」


脳で考えるより先に体が反応したヒューイは、すかさず大きく後方に飛び退いた。


それとほぼ同タイミングで、烈火の如き火柱が今まさにヒューイが立っていた場所に突如として立ち上がった。


完璧なタイミングだっただけに、男は意外そうな顔をして声をあげたアリシアの方をみた。


アリシアは気丈に睨み返すと、ダグラをその場に残し、ヒューイの横まで歩いていった。


「貴様、なぜわかった」


男の質問を無視し、ヒューイの横で男に向かうと低い声でいった。


「あの男は『魔力持ち』。多分炎を操る事が出来るはず」


アリシアの言葉に、ヒューイは怪訝な顔をしつつ刀を構え続けた。


「魔力持ちだと?なんだ、それは」


「『魔力』を持った人間の事よ。あなたの国にはいないの?」


「俺の知る限りでは。で、その魔力ってのが火を起こしているのか」


アリシアは答えずに深く頷いた。


そして騎士に向かって冷たい声を投げた。


「あなた、漆黒なの?」


騎士は表情を崩さずに、感情を伴わない声で答えた。


「いかにも、そうだ。この漆黒の鎧こそ、誉れ高き漆黒騎士団の証よ」


その言葉に、離れた場所にいるダグラの顔が引きつった。


だが、と騎士は言葉を続けて剣の剣先をアリシアの眉間に向けた。


「なぜ貴様のような小娘が漆黒を知っている?なぜ魔力の発動がわかった!?」


アリシアは答えなかった。


ただ無言でその騎士を睨み付けているだけだったが、それが本当にアリシアなのかとヒューイは訝しんですらいた。


さっきまで一緒に馬に乗り、教会で起こった惨事に言葉もなくショックを受けていた、どこにでもいそうな少女が、今は剣を持った謎の騎士を相手に一歩もひるまず、あまつさえ相手を威嚇するように覇気を放ちながら立っているのだ。


こんな細腕の娘なのに、隣にいるだけで随分頼もしいとすら感じている自分に驚いた。


「もういい」


不意に騎士は剣を下すと、アリシアから視線を外し、さも面倒くさそうに天を仰いだ。


「貴様達が何者でも、それはどうでもいいことだ。どうせここで死ぬのだから」


そう言って剣を構えなおした騎士の金色の目が、冷たく光を放つ。


アリシアがその冷たい視線を受け流しつつ一歩前に出ようとしたところを、ヒューイが先に前に進み出た。


そしてチラリとアリシアを見ると、小声で「下がれ」とつぶやいた。


アリシアが反論しようとすると、ヒューイはそれを無視してさらにもう一歩前へでた。


そして刀を鞘に納めると、黒い騎士と相対した。


「アリシアが何を隠し持っているか知らないが、男の意地ってもんかね。こいつは俺が斬る!」


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