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Vol.5

二人はサクサ村に一頭しかいない赤毛の馬に揃って跨ると、ヒューイが手綱をにぎり、アリシアはヒューイの腕の中にすっぽりと納まりつつも鬣をつかみ、全力で走り出した。


隣街まで馬を走らせ約30分ほどといったところだ。


高らかに蹄の音を響かせながら、その赤毛の馬は力強く走ってくれていた。


時折現れる分かれ道を、アリシアが蹄の音に負けないくらいの大声で指示を出す以外、二人は殆ど会話をしなかった。


そうさせる雰囲気が二人には、厳密に言うとアリシアにはあった。


腕の中で神妙な表情を見せるアリシアは、緊張しているようにも見えたし、何かに悩んでいるようにも見えた。


だからといって声をかけたからといってどうとなるものではないと判断していたヒューイは、少しでも早く走れるように馬のコントロールに集中していた。


ヤシの木やシュロなどの木々が次第に減っていき、壮大な小麦畑の風景に変わっていき、所々に立つ民家も木組みではなく石組みに変化していった。


村の近くは道も荒れていたが、今は踏み固められた赤土の道が続いており、スピードも若干上がっていた。


その時、前方を駆け足程度の速さで走る栗毛の馬が見て取れた。


その馬は立派な轡を噛み、手綱もついており、しっかりと鞍を背負っているが、不思議な事に背中には誰も乗せていなかった。


わずかに興奮した様子を見せるその馬は、ヒューイ達の気配に気づくと駆け足をやめて歩き出した。


ヒューイがその馬に追いつき横に並ぶと、アリシアが手綱をとり、馬を停止させる。


「ラムセーの馬だわ。村に来るときにいつも荷車を曳いていた」


「主人をサクサまで連れて行った後に、どうしていいかわからずにここまで来たのだろう」


すでに主人がこの世にはいないと知った時、この馬はどう思うだろうかとヒューイが考えていると、アリシアが不意に道の先の方の空を指差した。


そこにはわずかに立ち上る、黒い煙が見て取れた。


「何かが燃えている」


ヒューイは咄嗟に判断すると、ラムセーの馬は放っておいて自分の馬をまた走らせた。


一歩二歩と前に進んでいくたびに、真っ黒な煙は濃度と高さを増していった。


「街まではどれくらいだ!」


ヒューイが叫ぶと、アリシアも負けじと叫んだ。


「もうすぐそこ!煙のあたり!」


その言葉の通り、ほんの少し走ると街の入り口を表す木製の立派なアーチと、やはり木製の柵に囲まれた街が姿を現した。


大きな建物はあまりないが、サクサの村に比べれば何倍も大きく石づくりの家が密着するように立ち並んでいた。


そしてその町の中心方向に黒い煙は勢いを増して空へと上って行った。


ヒューイは違和感を覚えていた。


これだけの規模の街なのに人の姿がまったく無い。


家々はしんと静まり返っており、まるでゴーストタウンのようだ。


アリシアもそれを感じているようで、不安げにあたりを見渡していた。


ヒューイは馬から飛び降りると、手近な家の玄関ドアをノックもせずに開けた。


鍵もかかっていないその家の中は、椅子やテーブルはきちんと並んでおり、ついさっきまでそこで生活があったかのように、キッチンには食べかけのパンがあり、シチューが鍋の中に残っていた。


調理用の竃には、まだ熱を持った薪が静かに燃えていた。


外に出ると、アリシアも馬から降りており、隣の家の中を窓から覗いていた。


ヒューイに気が付くと、不安げに目を伏せた。


「誰もいない。さっきまでここに人がいたような痕跡はあるのに」


「どうも妙だな。神隠しにでもあったようだ」


二人は周りを見渡しながら、街の中央に向かう道を進んでいった。


「この先には何があるんだ」


「大きな教会があるわ。この街のシンボルにもなっている立派な教会。ほら、あれ」


正面に、周りの建物に比べて3倍以上はありそうな主張の激しい斜塔が見えてきた。


そのとんがり屋根のてっぺんには教会を主張する十字架が掲げられていた。


そして、その教会を中心に黒い煙が立ち上っているようにも見えた。


「何かおかしい!」


ヒューイは何かを感じ取ると、全力で走り出した。


アリシアもあわてて後に続いたが、その足は教会まであと少しという所で唐突に止まった。


二人が走っていたのは教会の東側で、礼拝堂の正面入り口は見えない位置だった。


だが、今目と鼻の先まで差し迫った教会で、何が起こっているのかがようやく理解できた。


礼拝堂の正面入り口は、人の来訪を拒むように鉄の扉が固く閉ざされている。


その奥は礼拝堂で礼拝堂の一番奥に背の高い斜塔がそびえているのだが、明り取りのステンドグラスがあるべき場所には大きな穴が広がっており、そこから黒煙が次から次へと吐き出されていた。


アリシアはショックに打ちのめされつつも、唇を強く噛みながら正面入り口の鉄の扉に取りついたヒューイの後を追った。


ヒューイは鉄の扉の前に立つと、中で起こっている事を確信した。


なぜなら、鉄の扉は外側から太い鉄製の閂をかけられており中からは絶対に開かないようになっていたからだ。


目の前に立っているだけで凄まじい熱を感じる鉄の扉は、おそらく中からの炎に熱せられて触れる事も出来ないはずだ。


石造りの堅牢な建物は、他に入り口らしき場所も見当たらず、完全に人の来訪を拒んでいる。


衝動に突き動かされて刀に手をかけたヒューイは、一瞬の迷いも見せずに鋭い気合の声とともに抜き打ちの一撃を放った。


ゴンと、鈍い音がすると閂は真ん中から真っ二つに割れた。


と、同時に激しい炎の奔流と吐き出しきれなかった煙が扉を押し出し、ものすごい勢いで溢れ出した。


咄嗟に横っ飛びで避けたヒューイは何回転か転がり、立ち膝をついた。


地獄の業火のごとく溢れ出した炎とともに、真っ黒な塊が何体もごろごろと飛び出した。


それが何なのかすでに見当のついていたヒューイは喉が裂けんばかりの大声で罵りの言葉を叫んだ。


少し離れた位置から遠巻きに成り行きを見ていたアリシアも、あまりの残酷さに声を失っていた。勝手に涙があふれ出す。


何が理由かはわからないが、恐らく街の人々はこの教会に集められていたのだろう。


その上で外に出られないよう閂をかけられ、中から火を放たれたのだ。


どこにも逃げ場のない人々は、灼熱の教会内でどれほど苦しんだだろうか。


開かないとわかっていても扉にすがるしかなかったその黒い塊を見ると、溢れる涙を抑えられなかった。


「くそ……!!」


感情の整理がつかないままだが、幾分冷静さを取り戻したヒューイは、刀を納めると立ち上がりながら周囲を見渡した。


この街で起きている信じられない異常事態は全く理解できないが、集団自殺でない限りこんな事は起こりえない。


ましてや扉は外から閂をかけられていたのだ!


どこかにこの惨状を引き起こし、ラムセーを斬りつけた人間がいるはずであった。


しかし、そこでヒューイは全身の毛が逆立つような衝撃を受けた。


『ダグラはあの男が突然燃えたと言っていなかったか』


必死にダグラの話を遡る。


『突然人が燃えるなんて事、まずありえない。そこには火種が必要で、さらには燃える条件が必要だ。では、ラムセーは何故燃えた』


「火種が……あったって事だ!」


ヒューイは呟きつつも自分の愚かさを呪い、アリシアの名を叫んだ。


アリシアが我に返りヒューイの方を見た時、彼はもう弾けるように走り出していた。


「急いで戻るぞ、アリシア!村が危ない!!」


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