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Vol.2

村長の家までの道すがら特にすることもないヒューイは、前を歩くアリシアの後ろ姿を観察していた。


一歩歩くごとにキラキラと輝く銀色の三つ編みが揺れる。程よく日に焼けた褐色の肌に銀色の髪は非常に良いバランスで溶け合っていたが、時折こちらを振り返る涼やかな黒い瞳はその絶妙な均衡の中で若干の違和感があった。


これで瞳の色がもっと薄ければ、例えば自分のような東洋人のような黒色ではなく、西洋人に多い緑色や薄い青色の瞳ならばもっと見栄えがするのに。


同じようにバランスを崩しているのは、その耳元に揺れているアクセサリーもそうだった。


アリシアの耳にはピアスであろうか?一対の比較的大振りなイヤリングがついていた。


好みの問題なので客観的とは言いかねるが、ヒューイの美的感覚からするとそのイヤリングはアリシアには似合っていなかった。


何が似合っていないかというと、大振りで存在感のある物なのに色が真っ黒なのだ。


恐らくは剣を模しているであろうそのデザインは、刀身にあたる部分を地面に向けゆらゆらと揺れているが、アリシアの銀色の髪と肌色にはもっと薄い色、例えば金色や銀色のほうが絶対に似合うのに。


そんなことを考えているといつの間にやら目的地に着いたようで、アリシアは一軒の丸太組みの家の前で立ち止まった。


その家はまわりの家に比べても取り立てて変わった部分はなく、この村の一般的な住居の様式ならって、高床、丸太組み、ヤシの葉で葺いた屋根を持つ平屋であった。


唯一他と違うのは、恐らく玄関であろう入り口の両脇に立派な紋様を織り込んだタペストリーか飾られている所だけだ。


「ここで待っていて」


アリシアはそう言って家の中へと入って行った。


ヒューイは同意のしるしに肩をすくめると、すぐ傍に立っていた立派なヤシの気にもたれつつも目だけ動かして周りを見渡した。


ここまで来るまでの間、ほとんど人とすれ違わなかった事を考えると、あまり人口の多い村では無いのかもしれない。


現に、今だって村長を家とおぼしき建物を中心に、5、6軒の家が視界に入るが、あまり人の出入りはなく、子供が走り回るような活気もまったくない。


たまに見かける人々はほとんどが初老を迎えたような女で、男の数はここまででわずか3人程度だった。


そんな中でアリシアの存在は若干特異ではあるし、異国からの漂流者であるヒューイはそれ以上に異質であっても仕方がないだろう。


家々の窓から不躾に投げかけられる視線に苦笑しながらも、吹き抜ける風は爽やかで穏やかだし、平和そうで長閑な、住むのだったら悪くない村だと思っていた。


ほんの数分だがそんな物思いにふけっていると、アリシアが家の戸口から出てきた。


「村長が会ってくれる」


ややぶっきらぼうな口調で言い、すぐに中に引っ込んでしまったのでヒューイは仕方なしにその後に続いた。


家の中は強い日差しを避けるように長い庇の屋根のせいで、窓が大きく取ってあるにも関わらずなんとなしに暗かったので、目が暗さに慣れるのにしばらくかかりそうだった。


簡素な造りの家で、玄関を入ってすぐの空間がこぢんまりとあり、その奥に客間と思しき部屋が一部屋、右側に台所であろう部屋が一部屋、台所の奥に寝室が一部屋のみであった。


客間の方にアリシアが入って行ったので、ヒューイは礼儀として腰から刀を外し左手に持って部屋に入った。


部屋の中はより一層薄暗く、ここだけ板張りの床にくたびれた朱色のじゅうたんが敷いてあり、壁には木でできた不気味な仮面と、魚の骨でできている銛などが飾ってあった。


その部屋の隅にこれまた簡素なシュロを編んで出来た座布団のようなものの上に40がらみのたくましい体躯にいかめしい顔の男が座っていて、こちらをじっと見つめていた。


アリシアはその男の一歩後ろのわきに空気のように存在を消して、静かに立っていた。


部屋が暗いのでその男の表情は読み取れなかったが、歓迎されていない事は伝わったし、さりとて邪険にされている感じもしなかった。


ヒューイはこの国の礼儀作法をしらないので、とりあえず自国流にその男の前に正座をすると、刀を左わきに置き、深々と手をついて頭を下げた。


「こちらの村の村長とお見受けする。俺の名前はヒューイ・キサラギ。不幸な事故で嵐に巻き込まれ、遭難していた所をそちらのアリシア嬢に救出いただいた。素性を証明するものは何もないが、悪意や敵意があっての訪問ではない事をまずはお伝え申す」


ヒューイの言葉にたっぷり20秒は沈黙した後、男は低く穏やかな声で答えた。


「ようこそサクサ村へ、と言っていいのかな。私は村長のダグラ・サクサだ」


ヒューイが深く下げた頭を上げると、ダグラと名乗った男はわずかに微笑んでいるように見えた。


「あなたが村に害を為す人間かどうかはわからないが、少なくとも悪い人ではなさそうに感じる。失礼、思ったことを素直に伝えることがこの村の美徳なのだ。癇に障ったら申し訳ない」


ダグラの口調が非常に穏やかで、くつろいでいるようにも聞こえることにヒューイは好感を持った。


「こちらこそ手土産の一つもなく申し訳ない。ここに来るまでにちょっと見てきたが、いい村だ」


「そうかね、ありがとう。アリシア、君も座りなさい」


ダグラに促されて、アリシアは何も言わずにダグラの横、ヒューイの右斜め前にじゅうたんの上に直に座った。


3人は言葉を発さず、わずかな沈黙が訪れた。


窓の外から聞こえる風に揺れるヤシの木の葉擦れの音と、遥か遠くに聞こえる波の音が心地よかった。


「それで」


沈黙を破ったのはダグラだった。


「アリシアから聞いたが、ヒューイ殿の旅はもともとこのカッサンドラ地方連邦をめざしてのものだったとか」


「ああ。もともとカッサンドラを目指してテュルクの港から船に乗ったんだが、それが海賊に襲われてね。命からがら逃げ延びた所を嵐に襲われて海に叩き込まれたってわけだ」


すべて事実ではなかったが、大まかには事実であった


ダグラはその回答を飲み下すように少し黙っていたが、次にもっともな質問をした。


「カッサンドラへは、何か用事がおありで」


もちろんこの質問が来るのがわかっていたヒューイは、用意していた回答をこたえることにした。ただし、ここに関しては単純明快な回答だし、偽る必要もないのでありのままを伝えることにした。


「人を探している」


ほう、とダグラがわずかに興味を示した。アリシアは身動ぎもせずに座っている。


「俺の恩人で、名前はヒースグリフという男だがこれは通名みたいなもので本名ではない。1年前まで一緒に暮らしていたのだが、ある朝何も告げずに姿を消していた。書置きはあったが大した事は書いて無く、行き先も書いていなかった。だが、」


そこまで言ったヒューイは人知れずに拳を握っていた。


「あいつはカッサンドラ王国の出身だったし、それを思い出してからはひどく気に病んでいた。だから行き先はカッサンドラ王国に違いない」


その言葉の違和感に、アリシアが反応した。


「思い出してから」


ヒューイはちらりとアリシアを見たが、迷わず言葉をつづけた。


「ヒースは、記憶喪失だったんだ。あいつと出会った4年前、少なくともヒースは自分の事を一切何も覚えていなかった。出身はおろか、自分の名前、家族、年齢までもな」


なるほど、とダグラは頷いてみせた。ヒューイは続けた。


「1年前に何かを思い出した様子だった。おそらく突発的に記憶が戻ったのだと俺は思っているがね。それからポツリポツリと教えてくれた事が、自分はカッサンドラ王国の出身であるという事と、何か大きな後悔が残っている事、そして強烈な使命感みたいなものを感じているという事だった」


そこまで言ってヒューイは視線を落とした。


「あいつが何を背負っていて、何に後悔しいているかはわからない。だが、俺はあいつに大きな恩がある。役に立つかはわからないが、あいつに受けた恩は返したい」


またしばらく沈黙が訪れた。誰も何も言わなかったが、やはりダグラが沈黙を破った。


「ヒースグリフ殿がどこにいるかはわかっていないのであれば、探すしかない、か」


「ああ。ここがカッサンドラ王国であれば、まずは虱潰しに各地を探すしかないな」


「まあここで命拾いをしたのも何かの巡り合せかもしれない。ヒースグリフ殿の特徴でも教えてもらえれば、何か役に立てる情報が出てくる事もあるだろう。小さな村ではあるが、海に面している事から稀にとんでもない情報が入って来る事もあるし、年寄が多いので何か知っている者がいるかもしれない」


「かたじけない」


ヒューイはダグラの好意に素直に頭を下げた。


黙って聞いていたアリシアは、これ以上は踏み入ってはいけない領域の話かもしれないと思い、すっと立ち上がった。


「アリシア」


ダグラが声をかけたが、アリシアはそのまま部屋を出ようとした。


「村長、私は食事の用意をしてきます。探し人の話は二人でした方が良いでしょう」


ダグラはアリシアが気を使ってくれたことに思い当り、若干バツの悪そうな表情をした。


「そうか、すまない。ヒューイ殿も腹が空いているだろうから、沢山作ってあげてくれ」


アリシアが頷いて見せると、ヒューイは期待の眼差しを向けた。


さっきまで真面目な話をしていたのに現金なものだなと思いつつ、アリシアは部屋を出ていった。

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