《Memory(還る)》
「ごめんごめん、別に驚かすつもりは無かったんだけどね〜。まあ、本が邪魔だったから、そこに置いただけなんだ……ホントだよ?」
そう言って私の前で弁解している男がいる。たくさんの分厚い本が落ちてきた部屋にある、中央の赤いソファーに机を挟んで一緒に座っている男がそこにはいる。そう、彼こそ薄汚れた白衣に汚れたジーパンをはいた男――その名もよ
「横道だ!」
「!!!」
「今更驚かれても困る。葬儀場でも、あの時私は人の心を読めるって言ったじゃないか」
「だからって人の心を……見るな、読むな、話すな!」
「非核三原則ならぬ、非読心三原則だね。面白いよ」
「……はあ」
ダメだ、私と横道とではまったく相性が良くないようだ。彼のその性格――デリカシーもなく思ったことを全て口にするような軽さ、それが好きになれないのだ。まあ、これは誰だって嫌いだと思うけど……。
「補足すれば、他人に対して私のこの性格が表であり、裏でもある」
やっぱり……てか何が言いたいかさっぱりわからない。まあ、ただ正直なのはいいことだと思う。けど! ここまで人の心を読まれると、いろんな考え事が出来ない。例えば。
「彼氏に対してあんなことやこんなことをされて、私の心と体がメチャクチャになる妄想」
とかがいい例だろう……え?!
「なに人の思考に混じって、変なこと言うんですか! やめてください!」
「ええ〜。そんな顔赤らめて言われてもなあ。それにこれ面白くな」
「無かったです! もう読まないで」
「その点は大丈夫。私はその人の心を読みたい場合だけ読む、それ以外はシャットアウト出来るのだ」
「だったらすぐにして!」
あっ。この男に対してまた感情的になってしまった。この短いやり取りから考えるに、このままじゃまたバカにされる。しかし――。
「ハイハイ、わかりました」
どういうわけか、横道はこれ以上バカにしなかった。嫌々そうに呟いたものの、どうやら私の心を読むのを本当に止めたようだ。それなりに、本当の意味での人の気持ちを読む力はあった、そう言うことにしておこう。――もう何も考えたくない。
「ところで……」
「ところで?」
「ここは夢?」
「いや、現実だが」
「アッごめん、じゃなくて……彼は何でそこに……」
「ああ、それは私がお茶を入れるように」
「じゃなくて! ……まあ、この質問をした私も悪いけど……けど!」
そう言って私はゆっくりとその対象に目をやる。
そこには上手に、そして丁寧に湯飲みにお茶を入れる彼がいた。ここにいるはずのない、私の下から結果的に去った彼がそこに――佐竹君――塾帰り車にはねられ、そして轢き殺されたあの彼氏が存在するのだ。先程やっと思い出せた悲しい事実、そしてありえない現実がそこにはあった。
「嗚呼、それね。説明するよ。に、しても……」
そう言うと横道は急に黙り込む。神妙な面持ちで手にした湯飲みを見つめだした。
(なんで今まで泣かず、騒がなかったのだろうか。そしてなぜ記憶が……)
「ああ、私がうるさくなるようにと思って、特に感情の一部は全部消したんだったわ!」
「!?」
「いや、何でもないよ。それより説明だ。と、ところで、ええと君の名前は涼子、だったっけ? 君の彼氏は確かに死んだ。しかしそこにいるのは決して幻ではない。第一すぐに気を失ったとはいえ、君はさっき助けられたのだから、わかると思うがね」
「えっ、じゃあ佐竹君は死んだけど、生き返って」
「そう言うわけではない。第一死んだ人間は稀なケースを除いて生き返ることは無いからね。実際に彼に触ってみるといい。そして彼の鼓動を聞けばいい」
「……うん」
横道の言う通り佐竹君の左手首に、そして左胸に触れた。
確かに音が感じられない。いや、音だけじゃない。お茶を湯飲みに入れていたときは気にしなかったが、その手は血の気が感じられないほど青白く、何より触るとひんやりと冷たいのだ。
「驚くのも無理はない、こんなこと体験する人なんてまずいないのだからね。だがわかってほしい、残念なことに彼は死んだ。そうやって目の前にいるのはあくまで“動いている"からなんだ。……シュバリエという現象のためにね」
「シュバリエ?」
「うん、そうだ。それについて説明が色々あるから、今からしておきたいのだが……その前にね」
そう言うと私の前に右手を差し伸ばす。
「私が故意に奪っていた記憶を、そして感情を君に返そう。恐らく数十分は死にそうなほど辛くはなると思うが……」
パチン!
横道は指を鳴らした。その時。
「はっ!?」
すべてを思い出した――。
「ああ、何も言わないでくれ、話が進まないからね。ただ君がなぜ制服のままなのか、なぜそんなにも頭が痛いのか、そしてなぜ此処に居るのかが、これでわかっただろう。……まあ、三番目の疑問についてはわからないだろうから、私の記憶も一部付加しておいたけどね」
「えっ、こんな……」
その後、横道の言った事は見事に当たった。




