《Light(扉の先)》
遅くなってすみません。
ドアノブの付いた引き戸を開くと、廊下が一直線にあった。その突き当りにはもう一枚扉があり、そこからあの声が聞こえてくる。
さて、その廊下の明るさだが真っ暗ではない。けれども、普通の人が歩くには少し暗いような気がする。そんなほんのりと明るい廊下だった。
ただ今の私にとっては十分すぎる明るさだ。暗闇に閉ざされていた私の目が、普段と同じ光を浴びたら――網膜が死滅する。これは比喩だけど、実際にされたらまさに拷問だ。
「そんな私のためにこの明るさにしたのかなあ」
まあ、そんなことは無いだろうが。
ところで私の服は誰かが思い出せないが、その誰かの葬式のために高校の制服を着ている。学生である私にとっては一番の正装なのだけど、問題はそこじゃない。白いシャツの袖口が明らかに血で汚れていた。こんなところをケガした覚えがないし――頭が痛くなってきた。考えるのを止めよう。
とりあえず私は音のする方に近づいてみた。私のいる場所とちょうど反対側から、やはり音はする。取っ手はないし、その見た目から多分押戸。近くで見たけれど扉には先程のようなおかしなギミックはなさそうだ。なので「押戸」という言葉に従い、押してみた。
すると動いた……しかしただそれだけだった、軋む程度で。押した感じから扉の前に何やらつっかえ棒らしきものが邪魔しているようで……まあ、戸の前に物が置いてあるということだ。
「だったら、やるしかない」
片手でダメだったので今度は両手を扉に押し当てる、そして先程より力強く押した。
すると、さっきに比べ大きく動いた。扉の先をよく見れば、部屋の散乱振りも確認できる。が、開いたのもわずかで、私が入るための間は到底なかった。
「仕方ない……やるか」
そう言った私は先程開けた扉の前に立ち、腕、肩、脚……とにかく全身の筋肉で力を入れた。開け! 開け! ――まだ何か足りない。
「なんで開かないの!」
目の前の戸に怒りをぶつける。てかこんなにも戸を動かしているんだから、反応しないのはなぜ? ……愚痴を吐いたところでしょうがない。喉にも力が入らない今、これしか試す手段がない。
「行こう」
そして廊下の端から走り出した――
そして今に至る。
目測からでしか計算していない。けれども、あのたくさんの本のいずれも殺傷能力はある。多分当たると――いや、想像したくない。こんな形で死ぬなんて恥ずかしすぎる。とにかくどういう仕組みかはよくわからないけれど、そういうわけでとにかく落ちてくる本からは逃げなければならない。
しかしびっしりと紙に、しかもそれなりの高さで積み上げられたそれらに敷き詰められた床は、私の動きを封じる。体勢も悪く……つまりは急には逃げられないのだ。
ふと私は佐竹君を思い出す。彼もこんな気持ちで車が来るのを待っていたのだろうか――ん? なんで佐竹君が車に――? ――じゃない! 本が……!
そして無数の本は意思もなく、だが涼子を仕留めるために床へ落ちて行った。
「ん……うう……」
私は目を瞑っていたようだ。目の前の現実から避けるために。だが真の意味では避けることはできないため、嫌でもそれは私を襲い、命を奪う、または大けがを与えていただろう。
しかし当の私は今生きている。どこも痛くはない。……よかった。
でも待て。なぜ助かった? いや、それもあるが――なぜ私は誰かに、手の当たっている場所、体勢から、お姫様抱っこをされている? あの中で近くに一人、確かに人はいたが、私を助けることのできる人はいなかったはずだ。
だから私はその場で体勢を捻るように変えた――
「……佐竹……君?」
そう、私の恋人の佐竹君だった。ああ……。
三日ぶりに体を動かしたことと、死の危機にさらされたこと、そして何より恋人の佐竹を見たことによる安心感から、涼子は彼の腕の中で気を失った。薄れゆく意識の中で、彼女は今までの疑念、そして彼との再会から、ボロボロの家が一定の範囲まで再生されるように、自身がギリギリ覚えている記憶の範囲内で、彼女の記憶は完全になった。
そしてある結論に至る。それはもう佐竹は死んでしまっていたという事実であった――
その後目を覚ました涼子は、目の前で横道の軽い謝罪を聞き続けていた。誠意の無さにイラつく彼女であるが、その中で自分の中に何かが足りないことに気づいた。しかしそれが何なのかわからず、結局何分か鬱陶しく聞いていたのである。




