序章
「王妃様! 王が、王子が……っ!」
悲鳴に似た伝令の内容は、最後まで聞かずともわかった。
北にあった国が、ことごとくリューグナー王国領となってから毎日。いつかこんな日が訪れると、覚悟を決めていたのだから。
やっと暑い最中が過ぎた頃というのに。目の前が暗くなりかけたところで、母が気になり振り返る。顔が真っ青だ。きっと、自分も負けず劣らず青ざめているのだろう。
「リューグナーの英雄に踏み込まれるのも、もはや時間の問題です。どうか、どうかお逃げください!」
引いていた血が、一気に頭へ上った。
リューグナー王国の将軍に、『英雄』と呼ばれる男がいる。どの戦場でも先陣を切り、立ちはだかる者は片っ端から切り捨てるそうだ。恐らく、父も兄も、リューグナーの英雄に切り捨てられたのだろう。
そんな男相手に踏みとどまれる兵士など、この国にはいない。
十六になった自分一人ならともかく。誰かが時間を稼がなければ、幼い妹たちと弟を連れた母が逃げ切れるはずがない。
視界の隅で、母がふらりと立ち上がった。逃走用の隠し通路へと姿を消した母は、弟妹たちの部屋へ行くはずだ。そして、無事に逃げ切ってくれると信じている。
必要な時間は、この身で稼いでみせよう。
それが、イステラーハの王女である自分に与えられた、最後の役目だ。