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第七章 朧気な記憶

「この大馬鹿者がー!」


 烈火の如く怒る爺ちゃんの声が届くより先に、電光石火の面打ちが防具の無い無防備な頭にしなった鋭い竹刀の先がびしゃりと当たったのは、帰宅をした玄関先での事だった。

「いてー!」

 あまりの剣先の速さに傷みが込みあがってくるのがひと呼吸遅れるほどだった。おもわず頭を抑えるが、強引に手を引かれ、座敷に連れ込まれて、二時間は説教三昧が続いた。


 やはりと言うか、黄泉は家には居なかった。姿を見たわけでも、家の者に聞いた訳でもなかったが、なんとなく、あいつの匂いというか存在感を感じなかったのだ。急な家の用事というのはどうやら、本当のようだった。


 さて、話を戻すと、俺が爺ちゃんの叱責をくらった理由は何あろう、今日の学校での一件だった。なにせ、特別進学クラスのある建物の防犯装置を作動させてしまうようなことをしでかしたのだから、学校から保護者へ注意が行くのは当然といえば当然のことだ。


 俺が何か騒動をやらかすと、叱るのは決まって爺ちゃんだ。父ちゃんや母ちゃんは、なぜかあまり叱らない。ガキの頃は、俺がやんちゃをしでかすと、言い訳するより先に竹刀でたたかれ、説教を耳にタコが出来るほど聞かされ、シメは裏山の木に縛られたり、吊るされたり、土蔵に入れられたりだった。

 都会じゃ虐待という人もいるかもしれないが、うちじゃあ躾の範疇だ。何故かといえば、爺ちゃんはちゃんと手加減をしている。でなきゃあ、とっくに俺は土に返っているよ。冗談抜きでね。

 爺ちゃんは、元警察官で、剣道の猛者で”剣鬼の木村”と恐れられていたんだそうだ。剣道雑誌には時折、模範稽古をする写真とか出ているし、町の名士でもあるし、今でも現役の木村道場の師範だ。


 爺ちゃんの躾は半端ない。夕方、飯時前に説教が始まり、そのまま深夜に突入する。飯も風呂も許されず、そのまま裏山か、土蔵に拘束される。腹の虫が泣くと、そっと父ちゃんが差し入れを持ってくるのが常だった。

 父ちゃんは、早くに婆ちゃんを亡くして、爺ちゃんの男手ひとつで厳しく育てられたんだそうだ。

 それまで父ちゃんは割りと品行方正に振舞っていたそうなのだが、防衛大学を卒業するあたりから急変したらしい!

 防衛大学を主席で卒業したまでは良かったが、爺ちゃんが陸薦めた陸自は拒み、海自に入っちまった。そんでもって、毎週金曜日にカレー作ってたら、料理に興味がいっちゃったらしくて、早々に除隊して、飯屋を始めちまったんだ。父ちゃんが作るカレーは、伝統の味を更に飛躍させたらしくて、上官にも評判だったらしい。

 もちろん、自衛官としても優秀だったんだけどね。それ故、当然、爺ちゃんはカンカンになったんだな。

 当時を知るマユの父ちゃんの話だと、殺し合いのような喧嘩をやってたそうなんだと。あの、一見おっとりした父ちゃんからは、想像つかないけどなあ。


「だいたいおまえは、そそっかしくて落ち着きというものがない」と、今日も言われた。

 兄ちゃんも、姉ちゃんも品行方正、成績優秀だったから、俺みたいな体力馬鹿だと何をするでもマイナスイメージがつきまとう。

 でも、最近は結構、落ち着いて来たんだぜ。今日のあれだって、マユのことを心配しての行動だったのに、そう説明したのに。


「他人が不審がる行動をとってどうするか!」と来たもんだ。

 確かに、爺ちゃんの言う通りだ。マユに起きていることは、マユ本人はもちろんのこと、マユの家族にも、ご近所にも、学校にも知られちゃならねえんだ。後先考えずにまず行動しちまう俺。これまで偶然にもいい結果を出してきたものだから、どこか有頂天になっていたのかもしれないな。

 考え直せ、俺。そんなことじゃ、マユを助けられないぞ。まったく、この馬鹿健児!


 高校生になったということで、裏山や土蔵おくりはなくなったんだけど。晩飯はしっかり抜かれた。風呂もなし、居間に下りて来ることも禁止。トイレはさすがに使っていいらしいが、やることもないんで、今は屋根の上で寝転がっている。

 傍らにはマヤがいる。こいつ、俺がひとりのときは決まって来やがる。さては、俺に恋してやがるな。マヤ、たとえ猫でも不倫はいかんぞ。ちゃんと、ゴロのところへ帰ってやれよなと、俺はマヤの鼻に自分の鼻をつきあてる。

 ほどなく、ゴロの泣き声を聞いて、マヤは屋根伝いに、マユの家の二階のベランダ近くに飛び移り、さーっと、雨樋をつたって一階に降り、戸の隙間に入っていった。

 すると、カリっと瓦を踏む音が下のほうで聞こえた。誰かが屋根に登って来た様だ。薄暗いのでよく見えないが父ちゃんではないことはすぐにわかった。歩く音がそもそも違う。

 この音は瓦の上を歩きなれていないが、歩きながら、歩きなれようとしている感じだった。


 やがてシルエットが見えてくる。ポニーテールの髪型。下はスカートを履いている。誰あろう黄泉だ。

 しかし、雲に隠れていた月が出て、周囲を照らし黄泉の顔が見えたとき、コジロー・・・という言葉を漏らしていた。

 なんだ、なんだか妙に懐かしい。でも、コジローって誰だ。ここにいるのは黄泉だぞ。俺を”使いっぱ”、パシリに使おうという政府の役人で、若くて、えも知れぬいい匂いのする十代の女子だ。


「キミ、意外と元気じゃないか?

ショウちゃんに叱られて、もっとしょげているのかと思ってたぞ」


 任務顔のキリッと引き締まった顔じゃなく、あどけなさと、大人びた雰囲気が混じりあった十代の少女の顔をしていた。


「帰宅したら、お母様がショウちゃんに学校のことでこっぴどく叱られたって言うんで、また裏山か土蔵かと思ったんだが、さすがに高校生で裏山や土蔵はないかと、道場に行ったんだが居なかった。 それで、キミの部屋の方を見たんだが電気がついていなかった。

 でも、ベランダの戸が開いてたんで、ここだと分かったのさ」

 黄泉の甘ったるリキュールのような匂いにむせる俺がいた。くー、この香り、たまらんなー。

「まったく、キミは慌て者だな。

 すぐに早瀬真由美の命に関わるような異変は起きないとあれほど言っておいたのに、わたしが学校を休んだ程度で取り乱すんだからな。

 それに、キミは最初こそ使いっぱだが、今後の働き次第では、わたしの右腕にもなれるのだぞ。もっと志を高く持て」

 黄泉はポンっと俺の胸を右の拳の背でたたいた。

「でも、父がキミに感謝してたぞ。キミが起こした騒動のおかげで、防犯システムの不備が分かったってな」

「ちち・・・・?」


 俺は反射的に、両手の人差し指をピストルを模し、黄泉の山頂を指差した。でへ、っとにやける俺。だが瞬時に右頬に受けた衝撃で頬肉が右目をふさぎ、その衝撃でおれはよろけ、屋根から転げそうになった。

「すまん、つい」

 それは、黄泉の平手打ちだった。

「というか、失礼だろう。うら若き女子の胸を指さすなんて、キミはアホかも知れんが、アホでも許されないことはあるんだぞ。

 まったく、キミというヤツは相変わらずだな。せっかく、お父様が作った差し入れを持ってきたと言うのに。

 でも、これは届けん訳にはいかんな。ほれ」

 黄泉は左手に持っていた風呂敷包みの弁当箱とおぼしきものを左手から右手に持ちかえ目の前に差し出した。

「ほれ、どうだ?」

 俺は弁当箱から発する暖かさと、香ばしい香りの虜となった。大釜で炊いたご飯に卵焼き、肉じゃがもあるな。

「えええい、早く食べさせろ」

「そうだな、わたしも空腹だ」

 黄泉は屋根の上に腰掛け、弁当箱を置き風呂敷を広げた。重箱が四段に味噌汁とお茶ジャーがあった。

 重箱のうち二つは日の丸弁当だ。大粒の梅干しが三つ真ん中に埋めてあった。これだけでも十分なんだがな。そして、母ちゃんの卵焼きだ。それに肉じゃが、焼き茄子、卯の花、ほうれん草のお浸し。くー、たまらん。

 そして、沢庵か、ガキの頃は握り飯に、梅干しとこいつと奈良漬けだったなあ。


「うんまー!サイコー!」


 黄泉は、小茶碗一杯分ほどの飯を箸に盛り上げて口に頬張る。確かにうちの飯はうまいよ。お惣菜もな。バラ売りもしてて、毎日完売なんだからなあ。おかげで俺たちの飯は別作りなんだから。

 それにしてもまったく、俺より先に言うなって、もともとこれは俺のメシなんだからなあ。先に言われると腹立つよ。

 でも、こいつの幸せそうな顔じゃあ、文句も言う気もうせるな。


「なんだ、キミ。わたしの顔に何かついているか」

「いや」

どうせたわいもないことを言って、落とされるのがオチだ。

「それよりも、黄泉。さっき、父とか言ってたよな」

「ああ、言った。それがどうした」

 またか、またこのはぐらかしだ。聞かれてまずいことなのか、答えないつもりなんだろうな。

「キミが捕らえられた時、視聴覚教室でキミに尋問、いや、質問した人がいたよな」

「いたなあ。見るからにインテリで、いい感じの若づくりのメガネ中年だった」

「若づくりのメガネ中年・・・・?、あは、そうだな。ははは、ははは」

「まさか、あの人が・・・?」

「そうだ、そのまさかだ。アレがわたしの父だ。なかなか、いい感じだっただろう?彼は都の教育機関とも関わっているんだ」

「それって、どういう・・・」

「今はここまでだ」黄泉は真剣な眼差しで俺の口に手をあてた。


 なんとも香しい手の香り、同世代女子サイコー。マユも剣道しないときはこんな感じなんだろうか。憧れのマドンナに誰よりも近くにいるのに、女のあいつについては何ひとつ知らない。

 でも、この薫り、懐かしい感じもするな。なんだろう、デジャブーか?

「コラ」

 ピシャリと鼻の頭に平手が落ちた。

「キミは犬か? 人の手先をくんくん嗅ぎよって。それより、打ち込みだ。

 このまま寝たら肥るからな。適度な運動が必要だ。肥ったらしぼる考えは間違えだぞ」


 俺は誘われるまま、階下へ降り、胴着に着替えた。爺ちゃんの許可をとったという黄泉。だが、たどり着いた先は、中庭だった。


 すぐに素振りを始める黄泉。手にしているのは、木刀だった。ちょっと待てよ、どういう冗談だよ。怪我するぞ。

「どうした。キミも素振りをしろよ」

「いや、それでやるのか」

「ああ、キミのは道場に置いてあるのを持ってきてある、ほれ」

 投げ渡された木刀は、確かに俺のものだ。高校に上がったときに爺ちゃんがくれた木刀だ。ずっしりして、バランスがよくて、力いっぱいふってもピタリと止められる!

 そうか寸止めをやるのか、剣道の試合をやる必要は確かに無いよな。俺も素振りを始める。声は上げない、夜は近所迷惑だからな。


 三十分は振り続けただろうか、体も温まりほぐれてきた。そろそろ、いい頃合いだ。

 黄泉もすっと素振りを止め、俺たちは互いに向き合った。

 黄泉のシルエットが月夜に浮かぶ。

「コジロー・・・・・」

 また、言葉が漏れた。懐かしくも、淡い感情が沸き起こる。だが、瞬時に星が見えた。痛みを感じる間もなく、目の前が真っ暗になった。






 その日の守手高校普通科、二年四組は朝から慌ただしかった。俺が職員室棟の防犯装置を作動させて、警備員に取り押さえられたことなぞぶっ飛ぶほど、周囲の男どもが色に餓えた野獣のように俺の周囲を取り囲んでいた。


 聞けば、黄泉こと特別クラスで学力トップの神平小夜が俺の同居人という事実を、五組の新聞部部長の平松こず江がどこからか聞きつけ、学内に広めやがったのだ。

 もちろん、ゴシップ誌のようにアホの木村の同居人などとは書かれてはおらず、木村道場にて住み込みの師範代であるという俺さえも初耳の話題が書かれていたのだ。


 何せ、神平小夜は、背はそこそこに高いし、細身ながら出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるから、登下校の御姿はもちろんのこと体育の授業でも、目立ちっぱなしだ。

 もうじきプール開きだが、さて、水泳の授業では白い体液を撒き散らす奴が出ない保障は無さそうで怖い。


「おい、健児! きさまという奴は、いつも美味しい目にあいやがって」

 我が悪友で、バカ1号の神谷正之ことエロソムリエのマサが涙目で胸ぐらを掴み絞って来た。

 こいつとは中学の頃まで、一緒に剣道やってたんだが、高校に上がって、テニス部に鞍替えしやがった。剣道は、いまどきダセーとかヌカシやがったのさ。


「おまえ、まさか、我が渾身のマユ同盟を抜ける気か?」

 バカ3号の人間身体測定器(for 女性)の田上義久が続いた。こいつも高校に上がって剣道を止めた口だ。

 だがこいつは、帰宅部となり、家業の洋裁店を本格的に手伝い始めた。いや、家業の跡継ぎを本格化したと言った方が妥当だ。

 ネットワーク関係に強い弟の力を借りて、通販事業を展開し、瞬く間に世の女性たちの人気を集めるに至っている。だが、作った奴がこんなに色黒で、女に餓えた性春男子と知ったら、さぞや多くの客を無くすことだろうなあ。

 そもそも、マユ同盟なぞいつから存在していたのか、そんなものに俺が所属していたのも初耳だった。


 そして、三バカのトリをつとめる2号の俺、この木村健児さまは、女がらみのときはしつこい油汚れのようにまとわりつく親友たちと、内野と外野の烏合の群れをどういなそうかと思案中だ。


 そうか一般人から見てもあいつのレベルは、結構高いのか?

 そういえば、妹や姉貴が美人とかでも、結構、注目集めてるやつもいたなあ。弟や兄貴がいかす場合も叱りだった。性が別でそいつとのギャップが著しく大きくて、同じ屋根の下ってことがうらやましさなんだろうがなあ。

 そんなものは妄想さ、確かに眺める分にはいいものもあるがな、しごかれるのはいいものじゃないぞ。プライドも心なしか折れるし、ついていけない自分を知ると情けなさも感じるよ。

 特に昨晩だ。なんだ、あの素早い一撃。剣先スピードには自信満々だった俺が先手をとられた上に弾くことさえままなら無かった。おまけに、寸どめだったにも関わらず剣圧だけで気絶するなんて、一本取られる以上に不名誉な敗退だ!

 そのおかげで、まだ頭がずきずきしやがる。あいつに見とれていたわけはない。ぼーっともしてなく、ウォーミングアップして、臨戦体勢だったんだ。

 なのに成す術なく、やられるなんて、考えられねえ。やられる瞬間、あいつが何倍にも大きく見えた。実際は俺の方が十五センチは高い筈だが、まさか最初からジャンプして打って来るとは思わなかった。

 油断大敵だったといえばそれまでだが、悔しいことだが俺には、あいつの動きが読めなかった。読む前にやられたのだ。


 気づけば部屋の布団の上。姉貴のニードロップが腹に落ちて目が覚めた。Tシャツにパンティー一枚の姉貴の御姿は御来光ものではあるが、ニードロップや真空飛び膝蹴りとかは毎日受けたくは無いぞ!

 それで体が鍛えられたと言えなくは無いが、それにしても、黄泉はまるで、・・・・


 「コジローじゃねーのか?」


 え、コジローって誰だ!


「よう、健児! あれ、コジローじゃねーのか?」

 マサが話しかける。

「コジローかあ? ずいぶん懐かしいなあ。でも、あいつ、俺らより二つ上じゃ無かったか?」

 田上が呼応する。

「そう言われれば、そうだな。なあ、健児。おまえはどう思う?」

「どう思うもねえだろうマサ。年が違う時点で、あり得ねーだろうが」

「でも、あいつ、俺らと同じ年の妹だががいるとか言ってなかったか?」

「確かに覚えがあるな、ガリガリの赤縁メガネって言ってたか? けどよ、あいつ地元の奴じゃなかったと思ったぞ」

「家は、大阪か京都だったか、それとも名古屋だったかなあ。忘れた」

「大阪は、チビの方だろう」

「チビ?」

「ああ、コジローと同じ様な髪型でな、ちっこいメスガキがいたよ」

「さあなあ、どうだったかなあ。あの頃は、地元のガキも相当にいたからなあ」

「でも、なんでコジローだったんだっけ?」

「それはお前、佐々木小次郎だろ。剣豪、宮本武蔵と巌流島で決闘したっていう」

「それは知ってるが、女なのによ」

「確かお前んちで、宮本武蔵の映画を見てさ、そいつのヘアスタイルがまあなんだポニーテールみたいだったから、健児がそいつを小次郎と呼んだのがきっかけだったと思うぞ。

 それを、俺とおまえが面白がってはしゃいで、呼びまくってさあ」

「・・・・・! おい、田上。余計なこと言うなよ、思い出しちまったじゃねーか。あのあとコジローにこっぴどくしごかれたことをさ」

「あああ、俺も思い出しちまった。くそー、忘れろ!」


 田上とマサは、自分勝手に黙り込んでしまった。

 だが、ちょっと、ちょっと待てよおまえら、さっきからコジローと言ってるけど、コジローって、いったい誰なんだよ。


「なんだ健児、おまえ反応悪いな、どうしたんだ。ガキの頃の話は興味ねーってか?

 おまえが一番可愛がられてたのになあ」

 そう言われると、俺の頭には何やら声がこだまし、顔の見えない胴着姿の面影が浮かび上がる。

『健児! あたしと勝負しろ!』

『コラあ! 風呂を覗くな!』

『健児! 健児! 健児!』

健兄けんにい! 健兄! うちと一緒に寝よう!』

『健児! 男ならシャンとしろ!』

『うちは健兄が大好きや!』

『はくちょう座α星のデネブ、わし座α星のアルタイル、そして、ひときわ青く光ること座α星のベガ。いわゆる、これが夏の第三角だ・・・・・』


 誰なんだこの二人。声に聞き覚えはある。大昔に身近に居た感じがする。とても暖かくて懐かしい気がするが、顔がまったく思い出せない。

 俺は静かに目を閉じ、必死に記憶をたどろうと試みた。だが、声だけがおぼろげに頭に残っているだけで、顔や姿の記憶はほとんどないのだ。

「コラ、健児! 木村健児!」

 ひどいだみ声にびくりとした。目を開けると、俺の眼前には、加齢臭気を纏った英語の中西の中年ヅラがあった。

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