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Long time no see  作者: azusa
第1章
7/21

3話‐エレス平原にて

異世界に召喚されたということ。

それは、かつての世界での常識・観念・価値観の崩壊を意味すると思っています。

予想不能の事態、理不尽なまでに続く苦難苦境。

それなくして、異世界は語れないのではないかと…。


この作品を書こうと思った理由の一つです。

あの森から、川から離れ、3日経つ。

僕はと言うと、何故か灰色のローブを着せられ、兜を被らされている。

重くて、気を抜けばすぐに首が左右に傾いてしまう。

傍から見れば、背の低い騎士が、立派な体躯の100人の兵士にまぎれているだけだが。


現在、金髪ジェラルド・バトラー改めザルツ(ザゥルツ?)隊長率いる100人の部隊と僕は、見事なまでにのどかな平原地帯を馬で疾走中である。

どこに向かっているのか、僕にはどのような処遇が待ち受けているのかは不明だが、人道的な扱いを祈るしかない。


今も護送のような待遇であるし、この部隊が目指す場所でも、もしかしたらザルツ隊長が何かしら取り計らってくれる気がする。ひとまずは安心していいかも。

縛っていた荒縄も、結局すぐに解いてくれたことだし。




馬に乗って3日目の現在、人生で初めての経験ばかりだった。

まず、今乗っている馬だ。

乗馬なんてしたことのある人間が、1億数千万の日本人全体で、何割ほどになるのか。

大多数が乗ったことなどないだろう。

僕も、その例に漏れず大多数側。乗ったことなんてない。

だから馬には舐められた。身長も低く、初めて間近で見る馬の巨大さにびびっていたら、鐙に足をかけた瞬間、旋回されたのだ。

無様に地面に転げ落ち、恨みがましい目で馬を見たらオルスが馬をあやしていた。



「nihdekkh,:dufwe.:」



何事かを僕に言うが、表情と口調の柔らかさから推測するに、「心配するな」とか「怖がるな」とかだろうか?とりあえず僕を励ましてくれているのだと思う。


てか、もしあれで「馬にも乗れないのか?無様だね。」なんて言われてたら、人間不信に陥る。


馬は非常に賢い動物だと聞いたことはあった。

そして、非常に臆病な一面も持っているとも。

初対面の人間を怖がっただけかもしれない。

そう思って、今度はいきなり乗ろうとせず、まず馬の前面に向かう。


(よく戦国武将が、自分の馬に語りかけていたとか…)


なにもしないよりマシ。これで乗馬しやすくなれば僥倖と、面長の顔面に手を当て、優しく撫でる。

鼻息の荒かった馬が、少しずつ少しずつ、穏やかな呼吸になる。

…いけるかもしれない。

馬の、黒いつぶらな瞳を見据え、伝わるはずのない人語で語りかける。


「さっきは、いきなり乗ろうとしてゴメン。どうか、背中に乗らせて下さい。」


しばしの見つめあい。

と、馬がわずかに首を振って、傾けた。

……今度は、ゆっくり。

鐙にしっかり足を乗せ、思いっきり身体を持ち上げて跨る。


(乗れた!!)


人も動物も、礼儀無い者は信頼されないものなのかもね。

後ろで、オルスが笑っていた。といっても、微笑み程度の小さな笑みだが。

この人には槍で突かれたが、『漢字』の一件以降は打って変わって僕に優しくしてくれる。


漢字を知っている僕を、同好の志と思っているからか?

……そんなわけないよな、多分。

隊長の前ではないし、公私をわきまえる事務的人間だからって可能性の方が高そうだ。

あんまり深く考えるのも詮無いけど…。



馬に乗った後は、オルスが自分の灰色のローブを僕に渡してきた。

どうやら着ろってことらしい。

次いで、少し痛んだ兜。武骨な鉄の兜は、フルフェイス型で視界も狭く、息苦しく、何より重かった。

サイズも少々大きいのでぶかぶかしている。

自分達の装備を貸す意味を完全には理解できないが、川原で見つけた小汚い少年を、馬に乗せて着飾らせてくれるのだ。


改めて考えてみれば、寛大な処置じゃないだろうか。

今になって、有り難く感じる。

彼等がどのような目的でこの場所に来ているのかは知らないが、軍事行動なのは間違いない。

そんな命を懸けた任務の最中、お荷物にしかならない僕をこうして扱ってくれている(見方によれば保護してくれている)彼等に、感謝の念がふつふつと湧いてきた。



「オルス。」



オルスが、こちらに顔を向ける。

呼び捨てなのは申し訳ないが、こちらの言語で「Mr,」がわからないから仕方ない。



「ありがとう。サンキュー。メルシー。謝謝。」



感謝の言葉をいっぱいのべる。笑顔で、友好的なことを言っているアピールも忘れずに。

オルスも、何とはなしに僕が感謝の句をのべているとわかったみたいだ。



「utnds.」



どういたしまして、か?

あいにく、やっぱりまだ発音を聞き取れないけど。




そうこうして出発して、冒頭の3日目である。


初めての経験はまだある。

乗馬は、痛い。すごく痛い。

鞍は硬く、舗装されていない道を疾走するのだから、振動が股間にモロにくる。

あと、鞍と内股の皮がずれるのだ。

昨日の夜に確認してみたら、皮がめくれて血が滲む箇所がいくつかあった。

このまま順調にいけば、内股の皮全てはがれるんじゃないか?

乗馬の大変さを身をもって知る。

同じ服、風呂に入っていないという不衛生な今、細菌やウイルスに侵されないか非常に心配だ。

川にいたころの水浴びが懐かしい…。



今日もまた、乗馬の痛みに耐えながら疾走中。


街道とおぼしき道が、だんだん広くなってきた。

町か、村。とにかく人の住む圏内に踏み入れたのかもしれない。

まだ平原と丘陵のみの視界だが、平原の雑草が牧草のようなものに変わってきている。

家畜の放牧用のものか。

やっぱり、そこかしこに人の手が入り込んだ気配がする。




思えば、本当に長かった。

体感しただけで18日間。

一人であの森と川で過ごしてきた日々。

そして、馬に揺られながら、言葉も人種も違う人達にまぎれ、疾走する日々。



この3日間で、オルスとはジェスチャー込みで何度か会話した。

時折『漢字』の音読みを聞いてくるので、答えてあげれば、懐の羊皮紙の余白に新たに書き足している。オルスは兵士だけど、勉強が好きなタイプかもしれない。

他の兵士よりも事務的な雰囲気は、彼が文系だからか?

それなりに、友好関係は築けていると思う。


ザルツ隊長には、他の隊員の名前を教えてもらった。

発音しずらい名前も多々あったが、概ね名前は覚えられた。

ただし。イマイチ名前と顔が一致しない。同じ名前の兵士も複数いるし。

白人なので、顔が一緒に見えるのは仕方ないだろう。僕はモンゴロイドだ。



ふと思い起こせば、この世界に順応している自分に、心底驚く。

気が狂いそうになる夜は何度か越えたが、それよりも好奇心に震えていた。

自分が、まるで、誰かの描いた物語の主人公であるかの様な錯覚。その、高揚感。

現実は小説より奇なり。


浮かれていた。

そう、僕は浮かれていたのだ。

ランナーズ・ハイの気持ち。

ただ、『幸運にも何も起らなかっただけ』なのに、自力で生き残ったのだと信じて疑わない、傲慢な自負。



ここはどこだ?

過去の中世ヨーロッパか?

未だに、その可能性を捨てきれないでいた僕は、本当に甘かった。



思い返せ。

アルファベットを使用しない白人がいるものか。

思い返せ。

あの森の、現実離れした雰囲気を。

思い返せ。

この3日間、何故ザルツ隊長たちは、この平原地帯を過度に警戒して疾走している。




馬の嘶きが、合図だった。



平原の彼方――――右方から、何かがやって来る。

黒い、無数の塊達。

遠吠え。

雄叫び。

そして、けたたましく打ち鳴らされる、鉄の音。



「nilufzutg7!!!」



兵士の一人が叫ぶ。

全員が右へ倣う。

槍が整列し、人馬が陣を形作る。

ザルツ隊長が兜を被る。

オルスが、僕を守るように前へと進み出た。


思い返せ。

自分の今、いる場所を。


奇なる場所を。


現実は、小説より、奇なり。








「隊長!バレル共です!」



イリガンが叫ぶ。

ようやくおでましか、祖国の地を汚す魔物共め。

セーヤを移送する手前、交戦したくはないが、殲滅せねば付近の町村に被害が出る。

叩ける時に叩かねば、延々と蔓延るだけだ。



「右方注目!」



私の号令に、右辺の部隊30騎が馬首を、バレル共へ向ける。

指揮はイリガンだ。


2クリーク先も見通せる私の目には、約50匹程の奴等の群れ。



「アックス!左方を警戒しておけ。オルスは後方を警戒しつつ、セーヤを護衛して待機。」


「「は!」」



イリガン指揮下の30騎が、馬に備え付けた軽弓に矢をかけて待機。

イリガンの合図待ちに入る。


バレル50匹程度、それで半数以上は消えるだろう。

 

相手との交戦まで残り1クリークを切った。



「放てぇっ!!」



イリガンの号令が飛ぶ。

熟練された兵士による、間髪入れない連投に、次々と奴等が沈む。

的にならぬよう、群れが散らばり始めるが、もう遅い。


『魔物』などと大層な名称を与えられてはいるが、所詮狼犬にも劣る知能の持ち主。

地力が人間より多少優れているだけの、本能で動く生物。

我等は、我等の様な人間は、一糸乱れぬ統率と戦略立った動きの兵隊だ。

到底敵うものかよ。

大人しく地に還れ。



「槍兵前へ!」



私も兜を被る。イリガン達が撃ち漏らしたバレル共の殲滅を開始する。

イリガン達が退いた前面に、私に率いられた30騎が新たに躍り出た。

奴等の数は最早20にも満たない。

野盗の方が、まだ持ちこたえられただろう。



「突撃!」



静かに、しかし猛々しく、バレルに向かって突撃する。

槍の穂先を醜悪な的へ向かって放つ。

私の投槍の強大な威力に、巻き込まれるように2匹3匹と、一辺に刺し貫かれた。


即座に抜刀し体勢を整えてみれば、最早バレルの群れは全て、地に伏していた。

まだ息があるものも、部下が次々と槍で処理している。



「…やれやれ。」


あっけないほどに、一息の戦闘で全てが終わった。


アックスの方を振り返ると、横に首を振っている。

左方からの襲撃はなし。

オルスも同じくだ。

どうやら、本当に闇雲に向かってきただけの一団らしい。


自分が先ほど投げた槍に近づき、一気に引き抜く。

3匹の肉の塊が、重々しく地面に落ちた。


…腕が鈍ったか。5匹を狙ったんだが…。


まあ、この腕が振るわれない程度には、平和になったってことで納得するかね。



「矢を回収したら、こいつらを集めて焼却するぞ。」



槍を担ぎ、そう命令する。

この程度の働きなら、何の問題もないのだ。


セーヤの方を見る。

兜を被らせたから、表情まではわからぬが、震えているのは間違いない。


…つくづく、あいつはおかしい。

この低級バレル共など、この大陸で生きる者皆が周知の生物。

童に童女ならいざ知らず、あいつは少なくとも20代に届くか届かないかのはずだ。

この程度で、今さら何を恐れる?



お前は、あの『ラフェルドナス森林地帯』にいたではないか。


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