1話‐異文化ファースト・コンタクト”裏”
今、僕は縛られた状態で10人の兵士に囲まれている。
中世ヨーロッパの兵士のように全身を鎧で固め、手には槍、腰には剣をさしたステレオタイプの兵士達。
僕が彼らを視認した時にはもう遅く、いつの間にか背後をとっていた別の兵士達に押し倒された。
完成したての弓をもぎ取られ、荒縄で縛りあげられる。
困惑する意識の中、思う。
彼等は本気だ。
これは、映画とかドラマとか、そんなちゃちなものではない。
僕の行動――――一挙手一投足で、首を取られる。
「Wait!Please Wait!!」
敵意の無いことを伝えようと、拙い英語で叫ぶ。
だが全く通じていない。
通じていながら聞いていないだけかもしれないが、少しくらい反応してくれてもいいものなのに。
「kousa47utg!」
「rstdbnkj.zwjuoujml」
全く聞き取れない言葉で、彼等は叫んでいた。
これは断言できる。英語じゃない。
フランス語でもドイツ語でもない。さすがにロシア語は知らないが、この顔立ちはどうみてもゲルマン系だと思うから、ロシア語ではないだろう。
僕は洋画好きであり、吹き替えを嫌って字幕でしか見たことがない。
なので英語ならば中学生レベルで会話できる。
フランス語は、リュック・ベッソンとジャン・レノ好きがこうじて聞き取りくらいは自信がある。
ドイツ語は単に、大学で講義を受けているから数単語知っているだけだが、ニュアンスや雰囲気くらい感じ取れる。
なのに、彼等の言葉は全くわからない。
なんというか、単純に早過ぎて聞き取れないのだ。
母音だとか子音だとか、そんなもの存在していないんじゃないかってくらいに早い。
北京語や広東語は、日常会話が喧嘩しているみたいに早口だと聞いたことがあるが、彼等のような感じかもしれない。
僕を縛った後、兵士の一人がもう一人に何事か言って離れていく。
隊長でも呼びに行ったのだろうか。
と、僕の横の長身の兵士が何か話しかけてくる。
「kayendy?」
「なんですか?」
「gwso,47fhr??」
「…さっぱりわかりません。」
長身の兵士は、それっきり何も言わなくなった。
あれよあれよという間に、僕は隊長とおぼしき人物の前に突き出された。
他の兵士より一回り大きな身体に、太い首。
そんな身体つきのくせに、顔はびっくりするほど男前だった。
ジェラルド・バトラーみたいな、男らしいイケメンだ。
横の長身の兵士が、隊長に一言。
多分「こちらへ」とかそんなだろう。
うなずくようにして、隊長はこっちへ向かってくる。
金髪のジェラルド・バトラーは、間近で見ればもっとイケメンだった。
別に僕はゲイではないが、日本のマスコミがイケメンともてはやす俳優、アイドルをイケメンと思ったことがない。
男らしさをなくした男など、中性的以外のなんだと言うのか。
だからこそ、外人のスターに魅力を感じてしまう。
身長が低く、筋肉の付き辛い自分をコンプレックスとする僕は、ゆえに、反対のこうした男性的な人に憧れを持つのかもしれない。
だからつい声を漏らしてしまった。
「どうしたら、そんな筋肉つくんですか…?」
やっぱり人種の差ですかね?
そんな不謹慎なことを考えていたからだろうか、長身な兵士が槍の柄で突いてきた。
地面とキスしそうになり、あわてて膝を付いてバランスを保つ。
「husthjk」
多分、勝手にしゃべるなと言われたのだろう。
もっともなので、口を閉じた。
生殺与奪。彼等はそれを握っている。
縛られたことすら、幸運でしかない。
もしかしたら、有無を言わさず僕は殺されていたかもしれないのだから。
と、隊長は僕を突いた長身の兵士に、叱るように何か話しかけている。
咎められたらしく、長身の兵士も黙った。
さて、どうやら今度は隊長との会話らしい。
「ksryf?」
やっぱり、さっぱりわからない。
多分何かを聞いているのだろうが、意図する所が不明だ。
名前か?
どこから来たのか、か?
「名前ですか?」
まぁ、伝わらないだろうな…。
案の定、隊長は口をつむり、思案するように眉を曲げる。
そして、二度三度、今までの言葉とは微妙に違う発音で何かを聞いてくる。
余計にわからなくなった。
同じことを別の言語で言っているのか、それとも一緒の言語で次々別のことを聞いてきているのか。
頭が痛くなってきた。
相手も頭が痛いらしく、眉がどんどん曲がっていく。
非常に怖い。
視線で人を殺せるような、見方によっては殺人者のような顔つきに、肝が冷える。
すると、隊長は思いもよらない行動に出た。
自分の方を指さし、「ザゥルツ(ザルツ?)、ザゥルツ」と言い始めたのだ。
やっぱり名前か!
予想が当たり、僕も声を上げる。
「晴哉!晴哉!」
「セーヤ?」
どうやら伝わったようだが、やっぱり言語が違うためか言い方が違う。
でも、それでいい。
名前だけでも伝えられれば、相手も僕を人間らしく扱ってくれるだろう。
しばらくして、隊長が皆を集めて何かを命令している。
僕の身柄は長身の兵士に任せられたようだった。
長身の兵士は、無言で僕の横に立ったまま。
ここまでの状況を整理してみた。
恐らく、といっても確定だろうが、ここは日本ではない。
そして何より、地球ではない。
いや、地球という言い方は変だ。
かつての世界…前時代…現代…そう!現代だ!
現代ではない。
予想では過去。
中世ヨーロッパの何処か、だと思う。
兵士が様になり過ぎているし、何より現代文明の匂いを感じない。
自分は、多分タイムスリップしたのだ。
理由はわからないが、そうだとしか思えない。
これが実は映画の撮影でしたとかは到底思えない。
撮影陣も見当たらないし。
彼等の話す言語も、中世の古英語やその類だろう。
日本でさえ1000年の内にあれほど自国語が変化したのだ。
そう納得していた矢先、自分の予想を大きく揺るがすものに気がついた。
自分を見張る、長身の兵士。その、剣を納める鞘。
そこに、漢字の『強』一文字が彫り刻まれている。
……漢字だと?
馬鹿な!自分の予想では、ここは中世ヨーロッパ。
いくらシルクロードが存在しているとはいえ、騎士がお遊びで漢字を彫るか?
しかも、自分の鞘に。
だから、呟いてしまったのだ。
「キョウ…?」
瞬間、長身の兵士が、信じられないものでも見たかのように、こちらを向く。
冷静沈着そうな顔を崩し、限界まで見開かれた目は、僕を見て、次いで自信の鞘へ。
「キョウkjrts?!」
キョウと言った!
漢字の音読みが、通じる…?!
長身の兵士が、あたふたしながら自信を指さし、必死に「オルス!オルス!」と言っている。
オルス、と言う名前なのか…。
「オルス。」
そうだ、と言わんばかりにうなずき、懐から黄ばんだ紙――――羊皮紙か?を出してきた。
その羊皮紙には、鞘に彫られた『強』の一字のように、いくつもの漢字が縦に列挙して書かれている。
そして注釈のように、漢字の横には見慣れぬ文字群。
予想が崩れた。
アルファベットの筆記体ではない。
全く未知の言語だ。
ヨーロッパではない…?
衝撃もそのままに、異質な存在感を放つのは漢字だ。
なんでここに漢字が存在する?
オルスが、羊皮紙に書かれた漢字の一つ、『兵』を指さす。
「jidsesum?」
これは何だ?
そう、聞こえた。
だから……
「ヘイ」
そう答える。
オルスが、目に見えて狼狽する。
指を、下に動かす。
『戦』の文字。
「セン」
次々指を動かされた。
『剣』『鎧』『軍』『槍』『斧』といった武器防具の名詞。
『強』『弱』『泣』『痛』『倒』といった感情状態の文字。
『火』『水』『風』『土』『光』といった、古代ギリシャの四元素といった字。
その全てを音読みしたところ、ついにオルスが隊長の元に走り出した。
嫌な予感がする。
異質、その一言に尽きる。
自分にとって、未知なるこの世界。
そこに、漢字だけは既知のままに存在している事実。
久しぶりに目にした馴染みの文字に、これほどまで震えるのは何故だ?
そして、何故こんなに、嬉しいんだ?