1話‐異文化ファースト・コンタクト”表”
「隊長、こちらへ。」
事務的な静かな声で、オルスが私を呼んだ。
目の前には、私の率いる隊員10名に囲まれ、縛りあげられた男がひざまついている。
男の眼には、恐怖と困惑、いくばくかの不安が感じられる。
「hudg?kius??」
見慣れぬ薄汚れた衣服に身を包むその男は、私に何か伝えたいのか口走るが、さっぱりわからぬ。
なんとなく、語尾の抑揚で質問してきているのだろうが。
と、男の横に立つオルスが、男を槍の柄で打つ。
その衝撃でよろける男。
「勝手に口を開くな。」
静かにそう言う。
彼の、いついかなる時も冷静沈着ぶりは評価に値するが、融通が利かぬのはたまにキズだ。
「まあ、待て。暴れもせぬ相手にそれは酷だ。」
「…しかし。」
「だいたい言葉も通じん。言うだけ無駄だぞ。怯えさせたら余計に何をするかわからん。」
「……、申し訳ありません。」
そう言い、一歩引く。
うむ、その従順さは加点対象だ。
さて。
私は、男に近づくと腰を下げ、目線を合わせた。
黒髪に、黒い瞳。
十中八九、このエス・レス・カーンの生まれではないな。
というより、この大陸の生まれではあるまい。
広いこの大陸に、黒い髪と黒い瞳の人間など存在しないゆえ、おそらく未知なる何処の大陸生まれか。
奴隷商人から逃げ出してきたか?
…、いや、ないな。
いくら奴隷商人でも、大海を渡る船を造れぬ現在、存在すると『噂される』未知の大陸から人など買えぬ。
一番の可能性は、付近の村でこのような突然変異の者が生まれ、忌避され捨てられたか…。
なんにせよ、考えるだけ無駄やもしれん。
「名は?」
「…kjtsj.iyrsamjt…。」
共通語は、オルスの言うように通じないか…。
続いて、北方語・中央語、我が部隊に属する少数民族の隊員の母国語も試して名前を聞く。
……駄目だ。てんで話にならん。
やれやれ、部下の手前、恥ずかしいが仕方あるまい。
私は自分を指さし、
「ザルツ。ザルツ。」
そう言う。
原始的だが、言葉がここまで通じないなら仕方ないのだ。
と、何かに気づいたように男が目を見開き私を見る。
どうやら、私が名前を聞こうとしていることがわかったようだ。
ふむ。原始人程度の知能かもしれないと思っていたが、存外賢いみたいだな。
「セーヤ(セヤ?)、セーヤ。」
男はそう必死に言う。
セーヤ…?今まで聞いたことのない名付け方だ。やはり、この大陸の生まれではあるまい。
私は満足すると、男の身柄をオルスに託す。
とりあえず、こういった外国人・身元不明人は、本国で調査せねばならない。
言語が通じぬなど前代未聞だから、処刑されるかもしれんがな…。
さて、面倒なことになった。
本来、私の百人隊に下された命令は、15日前にこのラフェルドナス森林地帯で観測された召喚魔術とおぼしき魔力の調査。
意図不明で召喚されるモノなど、国家に対し害を成すモノとしか考えられない。
召喚されたのが魔物であればそのまま討伐。
私の部隊は精鋭だ。竜にカテゴライズされるもの、魔術なり魔法なりを使う高等な存在以外であれば、確実に対処できる。
もしそれが、万が一『悪魔・天使』の類であれば、即刻帰還し報告。
まあそれはありえないだろうが…。
『悪魔・天使』が召喚されれば、確実にうちの魔術庁に強大な思念波が観測されて然るはず。
それに、この森林付近の町、村、砦に視認されたはずだ。
天を貫く一柱の光の奔流を。
召喚魔術の魔力らしき波をうちの魔術庁が確認したのが15日前の正午。
即座に王宮に報告、事態を確認・処理する為の決議が下されたのが14日前の朝。
調査の現場指揮として、私に白羽の矢が立ったのもその日だ。
部隊を百人隊に編成するのに1日弱かかり、王都を出立したのが13日前。
ここまで来るのに5日かかった。さすがに辺境だけあり、道中何度か魔物と遭遇した。
7日間、何度か森に入り、平原をくまなく捜索し、細部に渡って指揮してきたが、召喚された場所も、残留魔力ももうほとんど無い。
本当に、召喚魔術が行われたのかすら怪しい。
調査に不備がないか、念入りに1日かけて確認したが、やはり何も見つからない。
「…うちの魔術庁も、弱体化したか…。」
そう嘆いてみれば、何やら森林南方のエレス川で不審人物が発見されるときた。
人型の魔物――――高等な存在かと注意して接近したが、当の相手は一心不乱に弓を作成していた。
さーて、本格的にいかがせん。
見つからなかったとはいえ、相応の報告は必要だ。
私の報告如何で、もしかすれば軍部と魔術庁が対立する可能性もある。
陰険な魔術庁のトップ・リヴァルス爺さんが、どんな報復行為をしてくるかわからない。
短く刈り込んだ頭をガシガシしていれば、ふけが落ちてきた。
いい加減、風呂にも入りたいところだ。
まぁ、報告内容は道すがら考えるとしよう。
「全員、注目!」
そう叫ぶと、10人の兵士がこちらを注視、佇まいを直す。
「調査は終了。何もめぼしい発見がなかったが仕方あるまい。身元不明者セーヤは、オルスに任せる。そいつは本国へ移送後、判断を仰ぐぞ。次いで、イリガンとアックス。二人は他の仲間を率いて、未だ付近を捜索中の隊員90名を呼び戻しに行け。集合場所はここ、エレス川。俺はここで皆を待つ。100人全員の確認が取れ次第、本国へ帰還する。」
各々が敬礼し、行動に移る。
馬の嘶きが響き、オルス以外の9名が風のような速さで二手に散っていった。
「やれやれ…。」
川べりの石に腰を下ろし、一服する。
目をオルスに向ければ、オルスが男に自分の名前を伝えているようだ。
少し、笑いが漏れる。
あの堅物で、融通の利かぬ鉄面皮。
そんなオルスが、自分を指さし名を教えているのだ。
なにやら微笑ましくて仕方ない。
と、急にオルスの動きが止まる。
わなわなと、身体が震えているようにも見えた。
震えている?
あの、冷静沈着なオルスが?
怪訝に思っていると、脱兎の体でオルスがこちらへ駆けてくる。
……異常だ。
オルスに限って、そのようなことがあるわけがない。
「たい、ちょう……!」
声は、いつものように静かで事務的。
なのに、その震えた声は、戦慄を孕むからに違いあるまい。
「なんだ?」
努めて冷静に聞く。
「私の思い違いならば、幸いです。しかし、そうとしか思えません。」
「どういうことだ。」
「隊長…。私、オルス=セラルート。古代帝国研究者オレウス=セラルートの孫としてお伝えします。彼の男セーヤは、おそらく古代帝国期の言語を習得していると思われます。」