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Long time no see  作者: azusa
第2章‐暗殺者ギルド
21/21

8話‐幕、下りる

衛星都市とは、大都市の周囲に点在する、小規模または中規模な都市のことである。

中核の大都市に人材・物資・貨幣を始めあらゆるモノを流し込み、また吐き出させる。

国家視点で見れば中継地点。人体でいえば内臓。

影響を与え与えられ、共生し協力し合う重要な構造。

では、西領におけるレグオンという都市は、果たして”衛星都市”に値するのか。


答えはノーだ。


レグオンは、国際的な立場としては”自由衛星都市”である。

属する国も、隣接するべき大都市もないので”衛星都市”ではない。かといって、その独立を公式に認めることは永らく西領で守られていた国家体制の”秩序”を揺るがす。

嵌める枠が無ければ、新たな枠を創るしかない。

世界大戦後、エス・レス・カーン主導による戦後会議において、レグオンは都市でも国でもない全く新しい共同体として認定された。

それが”自由衛星都市・レグオン”の誕生である。


10年前に勃発した世界大戦は、かつて国家に属していた都市が”半独立”する後押しとなった。

自らの都市で十分機能していく地場産業を持つ都市ならなおさら、戦乱のどさくさにまぎれ独立を望んだ。

無論、好き勝手に独立を望んでいたのではない。

国家という体制が有益であることは事実。それゆえに人は集合する。

しかし、それでも独立を目指すのには、相応の理由があったのに間違いは無い。


強力で手堅い産業を内包する都市は、それを有する国家にとって豊潤な果実だ。

果実が搾取されるのは理であり、その搾取によってより便利に生き永らえることができているのだと、産業に携わっている者は無意識に理解している。


結果からいえば、大小を問わず多くの都市が独立に成功した。

そして僅か数ヶ月の後、独立体制が崩れ、対戦終了後の新しい西領情勢の中で、独立を果たせた都市の多くが再び元の鞘に戻っていった。

何故、各々の都市が独立を望んだか。それこそ千差万別の理由がある。

ただ、その望みの多くが叶わなかった理由は、つまるところただ一つだけしかない。

その独立を貫き通せるだけの、自衛の為の”武力”を、保持できなかったからだ。


また言い換えるなら、レグオンは暗殺者ギルドを保持していなければ、他の都市郡と変わらずに、独立を保てはしなかったのである。

そこに住む人間が、ギルドに良い印象を持っていても、いなくても。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



深夜もまわり、もう夜明けに近づく頃。

薄ら寒い夜気と眠気にぼうっとする頭を無理やり覚醒させようと、リーシュ・マクバルは頬を叩く。

と、その叩く手が頬のニキビに当たり、鋭い痛みが走った。

”ニキビ君”という不名誉なあだ名(むしろ悪口の域)を、誰よりもリーシュ本人が気にしている。

とはいえ、こうして不意に自分のニキビに触れた時、悲しいかな、やはり自分は他人よりニキビが出来易い性質なのだと思う。

年も18を超え、レグオン自警団同期の奴等も、思春期男子特有のデキモノから卒業していく中、どうしてか自分は一向に卒業できない。


レグオン自警団に入団してはや3年目。

自分には歯木の栽培も、商人の算盤も馴染めなかった。

かといって、あの恐ろしい”人殺し”達に係わる仕事には就きたくない。

もっとも、暗殺者ギルドに属するレグオン市民自体ほとんどいないが。

リーシュがレグオン市民として働く道は、ほぼ門兵の役割しかない自警団への入団のみだった。


(あのギルドさんもいるのに、門番が必要なのかねぇ…。)


心の中で溜息をつく。これで今日何度目の溜息になるのかわからない。

いや、初めてこの夜間の門番についた時から数えれば、それこそ何千何万回目かさえ、だ。

夜警はまだいい。夜間、都市の中を警邏で回るのは市民の安全を守る為に必要だ。

日中の門番もだ。毎日この都市に出入りする人間の数は千を超え、馬の数はさらに跳ね上がる。門番も百人単位で職務に当たっている。


だが、このレグオンに、果たして夜間の門番という職務が、本当に必要なのか。

日中とは違い、夜間は立哨ではなく、都市の各門に備わった小部屋に駐在して侵入者や不審者の移動がないかを見張る。

これがレグオン自警団の中で最も忌避される職務・夜勤門番である。

忌避される所以はひとえに”退屈”それに尽きる。

娯楽品を持ち込むのを躊躇うほどに退屈すぎて、もうどうしていいかわからなくなるほどの退屈さである。

外部との繋がりである巨大な木製の門は下ろされ、高さ10クリークの石造りの城壁を乗り越えでもしなければ内外部の行き来は出来ない。

閉じた門と、その横に併設された小さな駐在部屋に腰を据えての寝ずの番。小波のたたない任務。

この勤務にも手当てはもちろん宛がわれる。見方によれば、おいしい職務だ。

しかし、その手当ては言わずもがな、都市民達からの税金でまかなわれる。

有事があってからでは遅い。

遅いが、これほどまで退屈な職務に、税金を使っていいものだろうか。

だからといって無償で行うのは嫌だというのが本音ではあるが。


(まあ、こうして平和を維持するのに使ったほうが、税金にとっても俺ら自警団にとっても本望かもな…。)


賄賂や汚職に使われるよりは。

そう思い、次の休暇をどうやって過ごそうかを考える。

妹のリズに昼食でも奢ってやるか、それとも想い人のサレアの働く酒場に顔を出して――――


「こんばんは。」


リーシュの耳に、聞き慣れないエヴァルド訛りのバリトンが響く。

誰だ?!

眠気が一気に覚醒し、腰に下げられた警棒に手を伸ばす。


「そしておやすみ。――――≪眠りを受けよ≫。」


抗い難い眠気が、彼を襲う。

ああ、何だこれは。机に突っ伏すように眠りに落ちる。

酩酊したような気分の中で、彼の口から気の抜けた息が漏れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



自分の気配を断つ事で、逆に自分以外の気配が際立つ。

私が執務室へと辿り着いた時、部屋の中には気配が二つあった。

一つは……強烈な魔力を放つ気配。

もう一つ、このダダ漏れで制御できていないのは、間違いなく異界人のものだろう。



――――あれ?


おかしい。

バドルモア様の気配が感じられない。

私の予想では、この部屋でバドルモア様と異界人が戦っているはず。

その証拠に異界人は魔力を放出しまくっているし、相手も無しにこんなに激しい魔力を纏う説明がつかない。


バドルモア様の、気配はどこだ?


「ザmwlfifオルj;nckガン@oemjo,hjdygbdmdhoidsne/\w」


扉越しに聞こえてくる、異界人の声。


……くそっ。

何を口走ったんだ?

あいつを拉致する際に食らった戦術級魔術で、私がロイハルトからもらった『遺産』のネックレスは吹き飛んでしまった。

もともと御釈迦になりかけで、バドルモア様やアーニャの保存状態が良かった物と違ったから耐久性も低かったのだろう。

拉致する際に自分の言葉が通じれば良いだけだったのでネックレスのみを渡されたし、私自身もそれで納得していたが、この状況ではアーニャに渡されたピアスが猛烈に欲しい。



――――え?



待て。


待て待て待て。


この、漂ってくる臭いは何だ?

懐かしい臭い。嗅ぎ慣れた臭い。

鉄錆びと、内臓粘液、そして糞尿が混ざり合った臭い。


まさか。


まさかまさかまさかまさか。


瞬間、私の身体は。

暗殺者となってから初めて、我を忘れて動いていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「≪貫け≫。」



右脚。



「≪貫け≫。」



左腕。



「≪貫け≫。」



右腕。



声にならない叫びを上げながら、異界人がのたうつ。

こいつは、この異界人は、私達の首領を殺した。

普通なら問答無用で即殺すべきだ。

私個人の感情で語るならば、今すぐ、その脳天に孔を開けてやりたい。


――――でも、駄目なのだ。

こいつはバドルモア様が計画成就の為に召喚した、純粋な意味で古代帝国期の魔術を操る事が出来るであろう、唯一の人間。

殺しちゃいけない。

私が、バドルモア様が描いた計画を潰しちゃいけない。

もう一度拉致して拘留しなければならない。

バドルモア様亡き後の問題は山積み必至。

後継者問題に、バドルモア様独断のこいつを利用した世界大戦の進退に、首領の死を隠蔽する工作他と数え上げればキリが無い。

だから、殺しはしないよ。


「≪眠りを受けよ≫。」


眠らせて回収する。

私の魔術が異界人へと走った。


「……っ、へ、(ヘキ)っ!」


――――パシュン



……。



………。



…………へぇ。



あくまで、抵抗するのか、異界人。

前回よりはキツく痛めつけたし、それで済ませてあげようかと思っていたのに――――


まだ戦うつもりだ。そんな目をしてる。

簡単には捕まってくれなさそうだ。

私の仏心からの魔術も拒まれた。

いいね。

その意気込み。覚悟。根性。

私は嫌いじゃないよ?


だけどね。


私達の首領を、私に暗殺者として生きる術を叩き込んでくれた人を殺したんだ。

飼い犬に手を噛まれるどころか、この飼い犬は主人を噛み殺した。

相応の苦しみを私情で与えるくらい誰が咎める?

プロ失格と言われても仕方がないが、自分の首領が殺されても無感動な程、私は忠誠心が薄い人間ではない。

そのギリギリの心境の妥協点で、眠らせることでこれ以上の苦痛を与えまいと思っていた。

けれど駄目だね。

こいつは、今のこいつは、徹底的に痛めつけてその頑強な意志を砕ききるしかないようだし。

お前を拉致したエレス平原の時のように、この憤りを、このやり切れなさを、精々八当たりさせてもらうとする。


「≪貫け≫。」


異界人の左脚に、二つ目の孔が開く。

また異界人が、声にならない絶叫を上げながら私の目の前でのたうつ。

こいつは分かってないんだ。

バドルモア様を殺したってことの重大性を。

暗殺者ギルドの首領を殺せたっていう自分の重要性を。

異界人だから、こいつは分かり得ない。



――――まあ、いい。



のたうち回る異界人の口を右手で塞ぎ、持ち上げる。

こうなったら、顎を砕いてしまおう。

声を出させなければ、古代帝国期の魔術も行使できない。

そうすれば古代言語で詠唱する事が出来ないし、当分の危険因子も減る。

だから、この場で、顎を砕いてやる。

こいつは異常だ。

通説が通用しない、何か特別な異界人だ。

いきなり魔力を顕現させたことといい、私の左腕を爆ぜ飛ばした魔術、バドルモア様を殺した魔術といい、ロイハルトから聞いていた異界人の特徴と一致しない。

魔力を使える特別な異界人且つ古代帝国期の魔術を行使できるからこそ、顎を砕いておくのは正しい判断のはずだ。

誰が想像するというのだ。

侮るまでもないズブのド素人に、西領に悪名を轟かす最高の暗殺者が殺されるなんて。

私達の常識が通用しなかっただけだとしても。

この異界人を”異界人だから”という先入観で取り扱っていたからだったとしても、それでも――――


右手に力を込める。

傷の痛みも気にせずに、異界人が両脚をばたつかせるが、鍛えこんだ私の腕力に勝てはしない。

魔力を身体に付与せずとも、私の右腕一本で宙に浮かせられるほどに貧弱な異界人。

こんな貧弱な奴に、バドルモア様が――――



……めり……めり……めり……めり



おかしい。

肉体強化(ニクタイキョウ)」状態なのに、いくら力を込めても相手に勝てない。

腕力は、変わってない……?それとも強化された自分の腕力以上に、相手の力が勝っている?

激痛で視界も意識もはっきりとしない。

けれど、相手が僕の顎を砕こうとしているのだけは分かる。

痛みを無視して、両手で、口を塞ぐ相手の腕を掴む。

なんなんだこの力。

人間か?人間の皮を被った化け物なんじゃないのか?

顎が、軋む。

宙ぶらりんで、負荷がかかる首が悲鳴を上げる。

千切れて、砕ける――――



駄目だ!!諦めるな!!



顎を砕かれたら、魔法が使えなくなる。

生きる術を失う。抗い、戦う術を奪われてしまう。

両手に力を込め、鼻呼吸で必死に酸素を体内に取り込んだ。

冷静になれ。

焦らず、しっかりと状況を把握しろ。

ぶれる視界を、焦点を戻す。

少しずつ、僅かに戻り始めた焦点。

視界に、夜闇の黒色ではない鮮やかな”銀色”が飛び込んできた。

夜風に舞う、銀の長髪。



――――銀の、髪?



屋敷二階から着地する直前、空中で相手に攻撃された時に、頭の中をよぎった考えがフラッシュバックした。

突然思い出す、あの夜の草原。襲撃者の言葉。


(静カシナサイ、騒グダメデス、コノママ骨折リマス、イイデス?)


目を、相手にしっかりと向ける。


(アナタノセイ、私傷ツキマシタ。凄イ痛イデス。誰ノ、セイデス?)


――――ああ。


こいつだ。間違いない。忘れもしない。

何故生きてるのか。バドルモアは嘘を語っていたのか。

腹の奥底に、脳の深奥に残っていた真の仇への憎悪が、じわじわと溢れ出す。

この女が生きていた理由など、どうでもいい。


この女は、僕を追う。ここで逃げ出しても、絶対追って来る。

だから、この場所で絶対に殺す。


夜の草原を思い出せ。

あの時の悔しさを思い返せ。

無力だった自分とは違うぞ。

今は、戦う力があるんだ。


スペースを。

声を出せる、隙間を。


もう少し。

あと少し。


唇が、女の掌から、離れた。


今欲しいのは――――



蚊の鳴く様な、か細い声だった。

でも、それで充分だった。

熱が、僕の口の中から生まれた熱が、両手に集中していく。

湧き出すように、力が漲っていく。


爆ぜろっ!!!!


「バ「残念でしたぁ!」」



――――ズダンッ!!



小賢しいまねをしてきた異界人を、口を押さえ直して思い切り石畳に叩き付けた。

また「(バク)」で私を爆ぜ飛ばそうとしたんだろうけど、二度目は食らわないよ。

それが玄人ってものだ。


なぁ、初心者(ビギナー)

私が左腕の為に温存していた魔力を”ほんの”少しばかり右手に割けば、お前の抵抗なんて意味を成さなくなるんだよ。

その程度なんだ。

バドルモア様に勝てたのは、天上の神・アンセヴェルの気紛れだろうさ。


……ん?

こいつの身に着けているアクセサリーは――――ロイハルトが、バドルモア様に渡していたもの?

私が渡された、半分御釈迦に成りかけだった物と違って、保存状態が良かった物だね。

成程。バドルモア様を殺したのは、仇討ちだけじゃなくてこの言語変換機も目的だったのか。

じゃあ、今のこいつには会話が通用するはず。


「異界人……セーヤ、だっけ?」


異界――――セーヤが、こちらに目を向けた。

デジャヴを感じる。

ああ、これはあの時と。

こいつを拉致した、エレス平原の時と同じ状況なのだ。


「言いたい事は沢山あるんだけどさぁ。……まぁ、あれだよ。」


お前は。


「もう一回。」


あの夜のように。


「私の”八つ当たり”を受けな。」


心を折ってやる。そして顎を砕けばいい。

私の経験則ではあと一発。セーヤに魔術を放てば確実に心が折れる。

反抗すら出来ないほどに、ね。


ぞわりと、嗜虐心を満たす快感が身体を走る。


視線を、セーヤの右腕の既に穿った傷跡へ。

新しく開く傷の痛みと、同じ箇所をまた抉られる痛みは、どっちが痛いかな?

どっちも痛いけど、より痛いと感じるのはどっちかな?

魔力の方向は定まった。

(ヘキ)」で防がれないように、さらに掌を唇に密着させる。

滅茶苦茶に身体を暴れさせ、抵抗するセーヤ。

その抵抗を黙らせる為に、もう一回石畳に叩き付けた。


「じたばたしたって、もうあの時の兵士達はいないんだよ。お前の味方なんかいないのさ。」


半月の様に口元を歪めさせて微笑んだ女が、死刑宣告のように、口を動かす。

ズキズキと痛む後頭部。「肉体強化(ニクタイキョウカ)」状態じゃなかったら、痛みで気絶していたかもしれなかった。

――――もしかしたら、その方が良かったかもしれない。

抵抗を強制的に止められた両手が、薄汚れた石畳に触れる。

またか。

僕は、またこいつに一指報いることもできずに、いいように嬲られるだけなのか。

人がそうすぐに変われないのは当たり前だけど。

でも、これはあんまりじゃないか。



何を絶望してるんだ、セーヤ。

偶然は、幸運は、奇跡は、さっき使ったんだろう?

だからこういう事になって、お前が絶望するのは当然なんだ。

だから、「まだ打つ手はあるのに」って絶望するのはお門違いだろう?

ここで、お前が感じるべきものは、当然感じるべき絶望感なんかじゃない。

ただ、一つ。

諦観一択なんだよ。



「≪貫け≫!」



女が、叫ぶ。


偶然も、幸運も、奇跡も。

起きないからそう呼ばれる。

援軍無き篭城戦が無謀であるように、味方がいなければ自身がピンチの時に誰が助けに駆け付けてくれる?


自分に味方はいない。

唯一味方と呼べたザルツ隊長率いる部隊は壊滅し、唯一抗える魔術も口を塞がれて行使できず。

少なくともこの状況で、僕に味方はいなかった。

でも、こんな状況で折れかけた心を食い止めてくれたのは、まぎれもなく”もういないザルツ隊長達”なのだ。


いないから、初めから頼ろうと現実逃避すること自体が、愚かなんだ。


こんな状況でも、諦めてたまるか。僕は生き残った。あの夜、オルスが、ザルツ隊長が、捨て身で僕を守ろうとしてくれた。

あの二人の行為を、冒涜することだけはしたくない。


右腕の、”既に空いた傷口”に再び差し込まれる攻撃。

筆舌に尽くし難い。

この世に、こんな痛みがあったのかと。痛覚でショートしかけた脳が、それでもこうして考え事が出来る程度もっているのは、「肉体強化(ニクタイキョウカ)」の賜物だったのだろう。


――――いいさ、くれてやる。


もう何回攻撃されても、傷付けられても同じだ。

甘んじて攻撃を受けてやる。

でも、甘んじるのはこれっきりだ。

無理に力を入れるから、相手も力を入れる。

脱力しろ。これはチャンスだ。女の拘束から抜け出す好機。演技を打て。心が折れた、そんな演技を。

脱力し、一切の抵抗を諦めた”かのように”身体を弛緩させる。

わざと虚ろにした視線の端で、得意満面な笑みの女の顔が映る。

鋼の硬さをした悪魔の手が、僕の口から離れていく。

鼻息をコントロール。絶え絶えにしろ。思い出すのは、もう半月以上も前。

最初にいた森の中、さまよい歩いた飢餓の時の自分の呼吸。

その微細な演技さえも、この女への反攻への足懸かり。


異義であるにも係わらず、閉じた距離が那由他の如く感じられた、塞いだ女の手と塞がれた僕の口。

その距離が離れていく。口と手の平に空く空間。音の波を生じさせられるだけの間。

自分の発した声は、驚くほど小さなものだった。


「――――(ザン)。」


どこを狙ったわけでもない。ただ願っただけだ。

この女に必殺の一撃を、と。

願いは叶う。

驚愕と、信じられないという心情を吐露した女の表情。そして紡がれた言葉。


「馬鹿な――――。」


ブツン、と、太いゴムが切れるような音がしたように感じた瞬間。

女の身体の、僕に近かった部位――――右手・右腕・右足・右脚が根こそぎ切断され、真っ赤で暖かな血飛沫が僕に降り注いだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



いかに痛みに耐性を持つ暗殺者といえど、痛いものは痛い。

痛覚を克服できるわけなんてない。感覚を潰すという事は禁忌だ。

ただ一般人より、痛みを隠すのが上手いというだけ。

だから、ここまで清々しい痛みを感じたのは久しぶりだった。左腕を爆ぜ飛ばされた時とは別種の痛みが走る。

この異界人に二度までも傷付けられ、そのどちらもが致命傷。



……まったく。



一体、この異界人は――――セーヤは何なんだ。

どれだけ痛め付けても、大の大人やプロの戦士が心折れてもおかしくない行為を与えられても、こいつは決して諦めない。

まるでアンデッドだ。御伽噺の生ける屍の如く、私の予想を覆す。破壊する。

右の腕から脚から根こそぎ切断されて、バランスを取れなくなった私の身体は崩れ落ちていく。

崩れ落ちる瞬間、セーヤの瞳と私の瞳が交差する。


はっ。

なんて表情をしているんだ。

なんでそんな、”後悔しているような”表情をしているんだ。

ふざけるんじゃない。

ここまでやっといて、そんな女々しい顔をするんじゃないよ。

胸を張るんだ、初心者(ビギナー)

あんたは、西領の裏世界に名高い「レグオンの100人殺し」を。あの隊長達の仇を討ったんだから。


私を殺した男の顔を見ながら、視界は徐々に暗くなっていく。

最後の瞬間、脳裏に浮かんだのは、何故かパズの笑顔だった。

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