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Long time no see  作者: azusa
第2章‐暗殺者ギルド
19/21

7話‐ギルド脱出(前編)

「……挨拶が過ぎるんじゃないか、晴哉?」



深夜の暗殺者ギルド本部、執務室。

部屋の主でありこの暗殺者ギルドの首領・バドルモア。

晴哉の頬に、汗が一筋伝った。



奇襲は失敗した。

夜更けであり、さすがにバドルモアも昼間の如く執務室に籠りっ放しとは思ってはいなかった。

しかし、晴哉にとって、この屋敷で唯一用途の判明している部屋がここしかなかったのだ。

運悪くか運良くかは別として、最初に踏み入れたこの部屋で、バドルモアとエンカウントしてしまった。



奇襲は失敗したが、打つ手は無数に有る。

確かに晴哉は焦っていた。だが、冷静さを無くしてはいなかった。


自身の持つ力、心の中で思い浮かべた漢字の意味を具現化させる魔法。

正直言えば、晴哉はバドルモアのピアスもネックレスもこの魔法を前にすれば……と思った。

思い浮かべればいい。

ただ念じればいい。

そうすれば、物理法則も何も無視した結果を引き起こせる。

そのことはもう既に気付いている。

極端な話、バドルモアに「死」「殺」を意味する言葉を用いれば、それでこの戦闘は終了なのだ。

奇襲時にも、「斬」など使わず其方を使えば良かったと思っている。



だが――――



先の牢屋で鉄格子を通り抜けた時、身体に感じた疲労。

そして、夜の草原では気付かなかったが、奇襲時の「斬」を使った後も僅かにそれを感じた。



これは全くの晴哉の勘である。



等価交換、質量保存の法則、かつて学校で習った理系科目に登場した数多の内容。

ゲームでも漫画でも小説でもそうだ。

魔法とは、代価無しに扱える代物であろうはずがない。

自身が感じた疲労感は、因る所がフィジカルであれメンタルであれ、体力を消費したからに違いない。

考えてみれば、よくあるファンタジー物にHPとMPが分けられている方がおかしいのではないだろうか。



魔法は超常現象の類であった。

少なくとも、晴哉の元いた世界では。

だが、どうやらこちらの世界では、あくまで”何等かの法則に則った”一般的な現象ではあるようである。

あの銀髪の女が使っていた魔法然り、今自分の奇襲を防いだバドルモア然り。


それに、晴哉が狙う、あの言語変換機能を持つアクセサリー。

一見何の変哲もない小さな金属細工なのに、そのような高度な処理を施せるというのは俄かには信じ難い。

この世界の文明の発達具合は、どう見積もっても中世ヨーロッパだろう。

大航海時代に突入する直前か、その前後ほど。

元の世界の通り発展するとしたら、超小型精密機器の登場など4~500年も先の話だ。

オーパーツにも程がある。というか、元の世界でもあんな小さな言語変換機など存在していない。

ならば、やはりあのアクセサリーも、何らかの魔法かそれに近い現象が付与されていると見ていいはずだ。



漢字の魔法を用いれば、この屋敷から容易に抜け出せるだろう。

通じない言語も、如何様にもなるだろう。


だが、初めて使った魔法のMPが、自身の最大値を超えていたら?

”運良く”超えずとも、半分以上消費してしまったら?

そもそも、自分の最大値はどれほどなのか?

何より、MPはどれくらいの周期で何割ずつ回復するのか?

漢字一文字と複数文字では、どれほどの差異がある?

魔法の効果は一時的か永続的か?


もしかしたら、アクセサリーを使わずに逃亡した方が、最善手であったかもしれない。

ここでバドルモアと事を構えず、彼の思惑に操られたままの方が、賢かったかもしれない。



たら、れば。


たら、れば。


たら、れば。たら、れば。たら、れば。たら、れば。



たらればたらればたらればたらればたらればたられば

たらればたらればたらればたらればたらればたられば

たらればたらればたらればたらればたらればたられば

たらればたらればたらればたらればたらればたられば



――――効率を重視すれば重視するほど、自分の回転の速くない頭が失速していく。



なら、もう最初に決めてしまおう。

そう晴哉は思っていた。


何故アクセサリーを奪うのか?


  言語変換を、魔法で補うより便利だからだ。


何故魔法を、漢字を出し惜しみするのか?


  この力の詳細が判明するまでは、極力使った事のない魔法を使うのが怖いからだ。


何故この屋敷から、バドルモアからすぐに逃げ出さなかったのか?


  もちろん、バドルモアが身に付けるアクセサリーの回収の為に。



――――でも、それ以上に。



(まさか、本当に私のもとにやって来るとはね。暗殺者の、それも首領の私にだ…。)



バドルモアの柔和な笑みが、かすかに歪む。


狂笑。


だからこそ、異界人は面白い。

常人を超えた身体能力と戦闘技術。

暗殺者が恐れられているのは、一重にその為だ。

晴哉は、恐らく、戦争や魔術・魔法とは無縁の世界からやって来たのだろうと、バドルモアは思っていた。

そんな、彼からしてみれば尻の青いひよっこどころでは済まない青年が、古代言語の魔術を用いるとはいえ、奇襲してきたのだ。

なんと愚かで、なんと愛おしく、なんと聡いのだろう。


愚者とは何ぞや?

それは、重要な局面で辛くも賢者を打破する者。

無謀など、吐き捨てるほどにこの世界に満ち溢れている。

その無謀を声高に語る賢者が、どうして無謀を信じない愚者に勝てようか。


故に。

今、こうして、闇の武力の首領に立ち向かう道を躊躇わず選んだ晴哉は、”このバドルモアの敵足りうる”者だ。


聞かずにはいられない。

恐れず私と、強者と戦うことを選んだ弱者に、何故その手段を選んだか。



「何故逃げ出さなかった? このピアスとネックレスの為だろうが…。君の持つ力に”気付けた”なら、こんな物に頼らずともいいはずだろう?」



何故だ?



「君の千載一遇の脱出の機会をふいにしてまで、何故私に奇襲をしかけてきた?」



もうバドルモアに奇襲は通用しない。

正面衝突を覚悟する。

飲み込まれてしまいそうになる彼の笑顔に、晴哉は覚悟を決めて一歩、前へと踏み出す。

渇いた唇を、掠れた喉を震わせて、吐きだす。

何故、自分は、逃げ出さずにあえてバドルモアのもとへとやって来た?



「……1ヶ月も、一緒に、いなかった。短い、凄い短い時間だった。」



身元も不明で、言葉も通じず、身なりも汚ない、そんな自分を。

訳の分からない世界にいきなり放り込まれた自分を、どんな思惑があったにせよ、暖かく迎え入れてくれた。

そんな彼等を襲い、皆殺しにした仇の、仇のさらに黒幕を前に、逃げ出す腑抜けになどなりたくない。



「彼等を、彼等からの恩義に、応える。」



念じる。

今まで使用した漢字を確認する。



「恩人をむざむざ目の前で殺されて、その仇の黒幕がここにいる。ザルツ隊長は、オルスは、僕を守るように戦った。なら僕も戦う。彼等の仇を取らせてもらう。彼等がそれを、望んでいなくとも。」


「……それは、つまりは君のエゴかい?」


「――――そう”だよ”くそったれ!」


感情が高ぶると、懐かしい感覚が全身に走った。

夜の草原で、銀髪の女と対峙したあの時と同じだ。

口内から、猛烈な熱が走って、首を、上半身を、下半身まで。

だけど今回は、闇雲に魔法を使う訳にはいかない。

その為に考えた方法が、晴哉にはあった。


バドルモアの瞳には、晴哉が、眩いばかりの光の奔流に包まれている姿が幻視できた。

もちろん本当に発光しているわけではないが、そう錯覚してしまえるほどに、彼の、晴哉の魔力の奔流は力強い。



異界人は魔力を扱えない。

扱えたとして、いきなり魔力を、魔術・魔法を発せるなど、前例が無かった。

それが通例だった。

報告では、ブランデが晴哉捕捉の際に顔面を殴り、口内を切ったとあったが。



(謎だ。セーヤが特別な異界人なのか、それとも他の要因の為か…。少なくとも、ブランデの顔面への攻撃で、セーヤが魔術を扱えるようになってしまったのは確かだけどね…。)



なんにせよ、今する事は一つ。

こんなにも楽しい玩具を前に、遊ばない道理は無い。



先手を取ったのは晴哉だった。


この執務室まで向かう間に、乏しい現在情報を自己分析し、如何にしてバドルモアに対峙するかを考えていた。

昼間に交わした会話内容から、銀髪の女は暗殺者だった。

そしてバドルモアが女を差し向けたと言っていたこと、このギルドの首領と言っていた事、執務室までの道程で見かけた者達の外見から、ここは暗殺者か傭兵を纏めるギルド。

バドルモア自身も暗殺者か傭兵だろう。

奇襲で放った「(ザン)」を防いだのは「(ヘキ)」だったことから、あの女と同様(自分とも同様)漢字を利用した魔法が使える。

戦闘のプロであることは間違いない。

対して自分は、21年間喧嘩も格闘技も学んでこなかった平平凡凡な大学生。

分が悪いとか、勝ち目がないとか、そんな次元ではない。


攻撃手段の魔法も、「(ザン)」、「(バク)」くらいだ。

爆破(バクハ)」は使った後に気絶したから、ここでは使えない。というより、アクセサリーごと破壊してしまう可能性がある。

選択肢が少なすぎて、作戦さえ練るのが困難だ。



思い浮かんだのは、幼少時代に見ていた戦隊物の番組と仮面ライダーだった。

一般人(一応外見は)が変身する事によって、人間より強力な怪物に立ち向かえる力を得る。

とはいえ、自身を変身させる魔法(漢字)などいくら考えても思いつかない。「変身(ヘンシン)」と叫んで姿が変わるのか?


だから変身は度外視し、純粋に自分の身体能力を上昇させる方法を考える。

攻撃というより補助魔法の類だろうから、気絶はしないはずだ。

持続時間がわからないのがあってギャンブル要素が強いが、戦いの素人が玄人に勝つには短期決戦しかない。

中国の兵法を借りれば、「兵は神速を尊ぶ」だったか?



(……いくぞ!)



浅く息を吐く。

呼吸を整えて、漢字を頭に思い浮かべる。




――――頼む。成功してくれ……。




肉体強化(ニクタイキョウカ)!」



自分の力を、漢字を信じて叫ぶ。


魔術・魔法を知らない晴哉が知る由もないが、彼は今まで自分の魔力を外へ放出するものしか使用していなかった。

だが今回は、自身の魔力を身体に付与するものだ。

瞬間、身体が強いアルコールを摂取した時のような熱さに包まれたと感じた後に、体重が全くなくなったような浮遊感が襲った。

それほどに自分の身体が軽かった。



自分の行使した魔法に驚いている暇などない。

軸足に力を込める。

バドルモアとの距離は大体十数歩程。

軽すぎる身体にバランス感覚が狂いそうになるが、一気に距離を詰める為に踏み込んだ。



――――そして、空間が縮まった。



驚愕したのはバドルモアも変わらない。

ピアスの機能から、晴哉が自身の身体能力を向上させる魔術を行使したのは確かだった。

生憎「ニクタイキョウカ」と音は聞き取れても、漢字の字体が分からないので彼には使えないが。

もう目の前まで晴哉は来ている。

単純な速度だけで見れば、超一流の暗殺者並みだ。


晴哉の手が、バドルモアの右耳のピアスに伸びる。

バドルモアの動体視力だからこそ見えた、その高速の貫手と違わない一撃が、過たずにピアスを掴み取った。

微かな痛み。

強引に引き千切られた右耳の痛みだろう。

と、腹部に別の感触があった。



(――――晴哉の、右手?!)



古い空手の技に「山突き」と呼ばれる一手がある。

両手で突くというだけの単純な技だが、児戯と呼ぶには一線を画した、実戦向きに完成された技だ。

人間は通常、先に飛んできた拳に意識を傾け防御する。

では、その防御の意識圏外に「全く同じ突き」が飛ばされてきたらどうか。

いかにバドルモアが超一流の暗殺者といえど、戦いの素人の晴哉相手に、戦時下並みの集中力を抱かせることはできなかった。


晴哉は空手を習ったことはなかった。

だが、日本が世界に誇るサブカルチャーにおいて、いわゆる格闘を題材とした作品は腐るほど存在する。

高校時代に読んでいた漫画の内容がこんな場面で活用できるとは、本当、この世界に無駄なものは無いという言葉は正鵠を得ている…。


バドルモアの腹部に添えられた晴哉の右手は、左手とは違い速度も威力も無いものだった。

ならば、狙いは一つだ。



ぞわり。



忘れかけていた感覚が、バドルモアの身体に蘇る。

それが死への恐怖、生存本能というものだと気付いた時、彼の耳に聞こえたのは晴哉の声。



「……(ザン)。」



細い縄が腹部を掠めた様な感触。

その後に、強烈な熱。

胸を、喉を競り上がって来る吐き気。



ごぽり。



どす黒い血が、口内から垂れ落ちた。

地面から、重力から解き放たれた感覚と目前に迫る執務室の絨毯を目に、バドルモアの意識は途切れた。


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