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Long time no see  作者: azusa
第2章‐暗殺者ギルド
18/21

6話‐覚悟

ずきりと響く首筋の痛み。

両手の違和感。

湿った黴臭さ。



……あの地下牢か。



またここで目を覚ます憂鬱さに、まどろむ意識が一気に覚醒する。

覚えているのは、執務室でバドルモアを前に、失神させられたこと。


身体の節々が痛む中、頭の中だけは妙に冴えていた。



「大人しく聞いてくれてありがとう。」



奴は、そう言った……。



心に、身体に、熱が溜まって行く。

両腕は、今も拘束されたままだ。


――――思い出せ。

夜の平原で成功した時の様に、イメージを働かせろ。

今『(バク)』をしたら、自分まで吹き飛びそうだ。



――――なら



(カイ)。」



――――ガチッ



両手を拘束していた鉄製の手錠が、音を立てて外れる。



……いい感じ。



起き上がると、節々の関節が小気味良い音を立てる。

どれくらい気を失っていたのかはわからないけど、そんなことは後回しだ。

目指すのは、この洋館2階執務室。

目的は決まっている。

銀髪の女が死んだらしい今は、あの男を殺して仇を討つ。

オルスが、ザルツ隊長達が喜ばないかもしれない。

だけど決着はつけておきたいのだ。



「受けた恩は、必ず返すよ皆。」



言葉も通じない異界人の自分を助けてくれた、この世界の騎士達の為に。

皆が助けてくれた自分という存在を、奴に――――バドルモアに知らしめる為に。










ゆらゆらと揺らめく蝋燭の明かり。

かすむ視界には、額の汗を拭う若い男の姿が写る。



「――――ふう。これで、まあ、一通りは終わったな…。」



パズの声で、自分が知らない間に眠っていたことに気付く。

目を向ければ、視界の左側に眩く輝く光の固形物――――つまりは私の左腕なんだけれど――――があった。



「……佳境は、超えた?」



寝惚け眼で少し上ずった声でパズに話し掛ければ、驚いた風にこちらを向く。



「起きたのか?」


「…まあ、ね。正直、寝たきりで身体が痛いし。」



身動きの取れない窮屈さで自然と眠りも浅くなる。

散漫な眠りを繰り返すと、やはり回復より疲労の方が溜まるのだ。

でも、それはパズに比べればどうってことはない。

私の治療に掛かりきりの彼の方が疲れているに決まってる。



「粗方終わったぞ。神経系の縫合には手古摺ったが、すぐにでもお前の魔力と上手く結び付くはずだ。後遺症が出ないことは保障する。」


「いつもながら、凄い自信よね。もし後遺症が出たらどうする?」


「奇跡級の魔法師って称号を下ろさせてもらおうかね。…あとは、お前の奴隷にでもなろうか?」


「冗談でしょう? パスよ、パス。」



右手で追い払うような仕種をすれば、パズは全然残念そうじゃない口調で「残念だなー。」とうなだれた。

そんな他愛ないふざけた会話を交わしながらも、彼はしっかりとこれからの左腕の経過を説明する。


治療中に飲んだ魔力回復薬と十分な睡眠で、私の魔力保有率はほぼ全快した。

よって、彼の魔力で形成されたこの左腕と、私自身の魔力が結び付くのはすぐだそうだ。

今回私が一度魔力を放出し切り、その影響で超回復も起こっているので、当初の目算よりも早くこの左腕は完治するらしい。


「三日三晩じゃなくなりそうでよかったー。主に俺が。」とぼやく彼を笑って流し窓の外を見れば、すっかり夜中を回っていた。

ギルド内がひっそりと静まり返っているのも感じる。

光源が乏しい夜の室内だが、治療中の左腕が発する魔力光で大分は明るい。



軽い運動や動作――――日常生活レベルでさえ左腕を使用するのは絶対に禁止なので、意識して左腕を使わないように身を起こす。

左腕を動かさず、宙ぶらりんのままなら動いてもいいと言われたが、これはしんどいな…。

今までの暗殺者家業の中、ここまでの部位破壊をされたことが無いので、不便さに眉を曲げてしまった。


パキパキと小気味良い音が全身から響き、寝汗で張り付いた肌着の気持ち悪さが鬱陶しい。



「――――さすがにお風呂も…。」


「駄目だな。完治をかなぐり捨てて後遺症を歓迎するなら許可するがね。」


「――――それも、パス。」



仕方ない、拭いて清めるか。

女性の魔法師を寄越すようにパズに頼めば「俺がやるさ。」と予想通りに言ってきたので蹴っておいた。

本当、この癖を治した方がいい。

なるべく早急に。今すぐにでも。



――――ギィン



「…?!」



……なんだ?

遠くから、何か、聞き覚えのある硬質な音がしたような…。


肌がざわめく。

暗殺者として培ってきたキャリアが、何かを告げている。



「…パズ、ちょっと出てくる。」


「あ? でももうすぐレイテが桶持って来るぞ?」


「花を摘みに行くだけよ。」


「それは…失礼しました。」



治療室から出た私の背中からは、「絶対に左腕を使うなよ。」と言うパズの声がかけられる。



――――でも。



ごめん、パズ。

私の予感では、厄介なことになりそう。










意識するのは、この洋館2階の執務室。

イメージを働かせて、部屋の位置を思い出し、発動しそうな言葉を選ぶ。



「……転移(テンイ)。」



顔面に、いや、口内か? に感じる、体温とは別の熱さ。

身体から何かが抜けるような、微かな脱力感。

僅かに身体が浮き、しかし急に萎んだような感覚の後、僕の身体は地に足着いてしまった。


――――失敗か?


どうやら、いきなりテレポートするのは難しいらしい。

でも、失敗したけど絶対出来ない訳ではなさそうだ。

遠距離は無理でも、近距離ならどうだ?

牢屋の鉄格子の向こう側を凝視して、再度言葉を紡ぐ。



転移(テンイ)。」



また湧き上がった口内の熱と共に、僕の身体が宙に浮いて――――



「うわ?!」



本当に、瞬きの間の出来事の様に、気付けば僕の身体は鉄格子の外に抜け出せていた。

成功だ。

近距離限定で、これは使える!


ただ、成功したからなのか身体がだるい。

筋肉痛の様な鈍い疲労感がある。

ゲームと同じか。自分の体力がMPだろう。



――――この力を乱用すれば、死ぬ。



一個一個試していかないといけないんだろうけど、そんな暇はない。

とにかくここから脱出したい。

このギルドの本部とか言う洋館から。

この洋館のあるレグオンと言う都市から。

バドルモアを倒……殺して、あの言語変換機能の付いたアクセサリーを奪えば、この世界でも言葉が通じる。

意思疎通さえ出来れば、この世界でも生きていける。

例えどんな形であれ。



バドルモアは言っていた。

僕――――と言うより、恐らくは漢字を知る者――――を利用する為に、この世界に召喚したのだと。

何の目的の為にどう利用するかまではわからない。

ただ、決してこの世界に良い目的ではないことは分かる。

なら、抗わなくては。

もう知る由もないけど、ザルツ隊長やオルスは、僕の知る漢字の知識の危なさを理解していたから、僕を保護してくれたんじゃなかろうか。


……そう思うと、やっぱりバドルモアの持つアクセサリーは必須だ。

意思疎通ができていたら、彼等を助けられずとも、死なせずに済んでいたかもしれないのに……。



――――さあ、行くぞ。



空腹であまり回らない頭を働かせて、執務室までの潜入方法、そしてバドルモアを殺す方法を考える。

看守がいないとはいえ、もう牢屋からは出てしまっているから、姿を隠さないと……。


…。

……。

………ん? 隠す?


これだ!!



「――――(イン)!」



言葉を発するや否や、どんどん透けていく身体。

凄い!

何だこれ?!



完全に透明になった(と思う)僕は、執務室へ向かう。

あの銀髪の女――――ブランデとか言ったか? を差し向けるような奴だ。

同じような奴が、この洋館内にいることも想定しておこう。

夜中とはいえ、向かう途中であんな狂った様な殺人者と鉢合わせしそうな気がするし。


けど、少なくともこの「(イン)」で透明になっているから姿を見せずに行けるだろう。

バドルモアが執務室にいなければ、手当たり次第に探すしかないが、部屋の中へはさっきの「転移(テンイ)」で入り込めばいい。

極力足音を立てない様にして、僕は洋館の2階へと向かった。

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