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Long time no see  作者: azusa
第2章‐暗殺者ギルド
13/21

1話‐異世界セカンド・コンタクト

今回から第2章です。


投稿期間が開いてしまい、申し訳ありませんでした。

まだ明け方の薄暗い執務室。


完全に溶けかかった蝋燭の炎の明かりを助けに、立派な机に腰を下ろした男が手許の書類を眺める。

その書類はつい数日前に、ここレグオンの北東の隣国・エス・レス・カーンの王都直前の街道で奪った、1枚の機密書類だった。

文責はザルツ=イルヴァーン――――10年前の大戦の英雄の一人――――となっている。


何度見返しても、若干の冷や汗を感じた。まさかこうも短時間で、ピンポイントに異界人と接触されるとは…。


この世に絶対はない。どんなに確率が低かろうと、起こりえる事象というものは存在する。

しかし男にとって、この機密書類が王都に届けられる水際で防げたのは僥倖だった。

馬主はまだ若い新兵だったらしいが、いただけない。伝令、早馬等という者は、一秒先に死ぬ様な、そんな過剰な警戒心無くして務まらない仕事だぞ?

その教訓の代償に命を落としてしまったようだがな…。

男の頬が吊り上がり、笑みが浮かぶ。柔らかな、しかし冷酷な笑顔だった。



大戦は終結した。

かつての帝国はその国力を落とし、西領での権威を失墜させて王国に弱体化した。

弱小国家群が悲願の独立を果たし、中立国だったはずの賢者の国が西領のヘゲモニーを担った。

新たな秩序が生まれ、その歯車を上手く噛み合わせるのに10年の歳月がかかった。


しかし、未だこの西領は平和ではない。

どだい「国家」と呼ばれる集合体が幾つも存在している状況。平和に成りえないものだ。

同盟国などと綺麗に言葉を飾ろうが、隣人とは即ち自分のテリトリーを脅かす者でしかない。

仮初の和平条約が口約束と同義ではないかという疑問に、誰が否定を唱えられよう。


西領は未だ下火の戦火の中に在る。

今はただ、その下火を大きく燃やす材料が見つかっていないだけだ。

材料――――世界が「戦争」という行為でまとまるに値する「理由」――――その、口火を切る着火剤。



そう――――例えば、「古代帝国期の魔術」なんてものは、どうか。



今は失われた魔術体系、秘匿されし文字群を理解する「存在」を、「召喚魔術」に賭けてみればいい。


多元世界の何処かに、広大な砂漠中の一粒の砂金、夜空に瞬く無限の星の一つ、瀑布に噴き出す泡沫の欠片の如く、「古代帝国語」を解する者の存在を賭ければいいではないか。

召喚魔術を最初に実践した上古の名もなき賢者のように、未知なる存在ゆえ無限の可能性――――それは即ち「全能」――――に賭ければいいではないか。


この世に絶対はない。どんなに確率が低かろうと、起こりえる事象というものは存在する。

そしてそれは、「信じて疑わない思いの数だけ」存在する。まるで、多神教の神の如く。

人の想像力こそが万物の霊長たる証であり、その想像した産物を欲して数多の犠牲を払い実現する創造力こそが、人の生まれ持つ原罪ではないか。


ゆえに、是。

いかなる手段をとろうと、それが人の、人間の証。

ゆえに、是だ。


男は蝋燭の火を指で掻き消し、窓の外を眺める。

世界を巻き込む戦火の中心。いずれそんな存在に男はなるだろう。


男の名はバドルモア。

レグオンに本拠を構える暗殺者ギルドの長にして、静哉をこの世界に召喚させた原因を造り出した男。



「失礼します。」



静寂を破る、硬質な音。

控え目なノックの後に聞こえてきたのは、若い女声。



「なんだ?」



窓の外を見ながら、バドルモアは声だけで応対する。

女の声は、目的を続ける。



「ただ今ブランデ様が、捕獲対象と共に御帰還なされました。ブランデ様は重傷を負っておられましたが、命に別条はないとパズ様が。」


「今行く。」



踵を返し歩き出す。

その顔に満足そうな笑みを張り付けて。


自身の描く、大戦への着火剤を見定める為に。








「しかし、まぁ、なんだ・・・。・・・これはまた、こっぴどくやられたなぁ、ブランデ。」


酷く心配するようで、でも軽薄そうないつもの雰囲気を隠しきれない男の声が、私にかけられる。

傷の治療をする度にいらない所まで触ってセクハラしてくる彼が、今日に限っては真面目に治療してくれた。


・・・・・・当たり前か。

彼の生まれつき軽薄そうで陽気な声色は健在だが、それ以上に治療に専念する真剣味の方が勝っている。それもこれも、私が左腕を「爆ぜ飛ばされた」為だ。

「奇跡」級の魔法師の彼でも、この失った左腕を完全に復元させるのは容易ではない。

三日三晩、不眠不休で処置をすると言われた。少し、罪悪感。


暗殺者ギルド所属の魔法師・パズ=アンゼルード。

「聖職者」を追放された破戒人。西領では、なかなか名の知れた魔法師だ。

まあ、私程ではないが。



私は今、自由都市・レグオンに居を構える暗殺者ギルド本部に帰還している。

時刻はもう正午。

エレス平原で異界人の捕獲に成功し、最短距離を疾走して明け方、レグオンに到着した。

途中、私の慢心から異界人を保護していたエス・レス・カーンの一軍と交戦し、殲滅させたが、異界人の存在を知る者を抹殺できたので、パズ曰くお咎めはないらしい。



しかし、この重症の中、ここまで人一人担いでの帰還は中々に骨が折れた。


エレス平原からここレグオンまでは、南西に向かって最短距離でおよそ40クリーク。

その距離を、夜が明けるまでのおよそ5時間で走破した。

途中、左腕の止血して時間がかかったが。

小鳥が囀り東の空が白やむ夜明け頃、私はレグオンへと辿り着いた。


暗殺者ギルドがこの都市の独立を守る示威的存在とはいえ、都市民が私達暗殺者に親しみを持つことはない。こんな左腕が弾け飛んだグロテスクな姿を門兵に見せられるはずもなく、私は自身の本拠地に潜入するという有様だった。極力人目につかないよう本部を目指したが、なんと間抜けな姿か。

本部到着後、駆けつけた仲間に捕獲した異界人を預けた私は、失血と魔力の枯渇で気絶したらしい。


そして今現在に至る。

目覚めた私の横には、私の左腕の治療をするパズの姿があった。



「『100人殺し』のブランデ様をこうまで痛めつけるなんて、あの異界人、中々やりやがるな。」



軽口を叩きながら、知る者が見れば、顔を冷や汗と驚愕で染まらせる超高度な魔力操作で治療し続けているパズ。



「・・・歯痒いな、本当。私をこんなに傷付けた相手を、八つ裂きにできないなんて。」



傷付けられる前に顔面をしこたま殴った報いかな、と呟いたら、おお、怖い怖い、とパズはおどけて笑った。



「だからあんな不細工なツラだったのかよ。駄目だぜブランデ、捕獲対象への暴力は禁止だろ?かわいそうに。」


「…八つ当たりだったのは、自覚してるよ。」



でも、どうせこいつが異界人の顔の傷も治してやったんだろうな。

パズのことだ、暗殺者ギルドに所属しながら、なんだかんだこいつは優しい。



「ま、異界人の傷も俺が治してやったけどね。感謝しろよ?ギルド長からの叱責を無くしてやったんだからな。」



ほら、やっぱり。



「…だから、今度一発――――痛っ?!」



蹴りを一発、パズの脚におみまいしてやる。

これがなければさぞモテるだろうにね。



ふと、会話が途切れる。

・・・ああ、そういえば。



「その異界人、今はどうしてる?」



一応声を封じる魔術で声を封じているが。



「ああ、あいつなら――――」









意識が戻れば、平原の青々しい草花も、視界一杯の星空もなく、ただ冷んやりとした石の感触。

壁から伸びる鎖に着いた、頑丈な手錠が両手首にはめられた重さ。身動きできない窮屈さ。

顔面の痛みはもうなかったけど、両手が塞がっている今は顔の傷を確認する術はない。


薄暗い石造りの小部屋には、松明の明かりしか光源がなかった。

初めて嗅ぐ松明の香りにむかむかしながら、まだぼやける視界を戻そうと集中し始めた時、目の前の鉄格子が不協和音を鳴らしながら開いた。

寝起きざまにこの甲高い音。耳が、痛い。


入ってきた相手を確認する間もなく、一方的に声をかけられる。



「調子はどうかな、異界人君?」



そして、僕は絶句した。



あれ?

え?あれ?


気付いたら僕は異界にいて、言葉も通じなくて、頑張って身振り手振りで意思疎通を図っていたんじゃ…。

なんで、相手が日本語を話している…?

もしかして、今までのは夢だったんじゃ――――



……ん?「異界人」?



「っ!!……っ?!」



そして、二度目の絶句。


は?声が出ない、え?

声を出しているはずなのに、出るのは呼吸音だけだ。なんだこれ?!気持ち悪い!



「…おっと、そうか。ブランデの魔術か。」



相手はわけのわからないことを言って納得し、何事かを早口で呟いて僕を指差す。

人差し指から発射された、薄紅色の光。尾を引く、光の線。



瞬間、身体が強張る。



――――思い出すのは夜の平原での虐殺。銀髪の女の魔法(だと思う)でオルスが、ザルツ隊長達が、死んで――――



そんな僕の怯えを察知したのか。



「怖がらなくていいよ、異界人君。」



相手の言葉。

光は吸い込まれるように僕に当たり、何の衝撃も感じないまま、すぐさま消えた。



「…い、今の、は……。…っ?!」



声が、出る!



「そう言うことだ。」



ようやく視線を相手に向ければ、松明の逆光で顔は良く見えないが、この牢屋?の天井につきそうなくらいの高い身長。

黒っぽい服の上からもはっきりとわかる、がっしりとした筋肉質な体格。

薄暗い室内でも鮮やかに輝く、長い茶髪をオールバックにまとめた年齢不詳の男だった。


男が僕に放った光は、声を出す魔法?だったらしい。

あれ?昨日、あの銀髪の女を吹っ飛ばすまで声は出ていたような…?

それより、意識がなかった間に、いきなりここで目覚めたのも何でだ?

元の「世界」に返ってきたわけじゃない。それは、目の前の男が魔法?を使ったことからわかる。



「あの…っ!」


「なんだい?」



男は、まだ出し辛くてどもる僕の声に、微笑みながら答える。

柔らかな声色は、万人が万人、誠実な人だと思う印象を受ける。



でも僕の身体は、本能は、警鐘を鳴らしていた。


初めてあの森の中で意識を覚醒した時や、乗馬中に平原で謎の生物の接近を確認した時に似ている。

元の世界にいた時は、身近に危険なんてそうそうなかったし、起こり得なかった。

だけど今。

この「異世界」では、僕の予想や経験なんてすっ飛ばして、危険がやって来る。

防衛本能のために第6感に目覚めたのか、文明離れしてきた結果なのか、僕に身に着いた危機察知能力は告げている。


危ないと。

この男が、危険だと。


もしかしたら――――こいつは、あの銀髪の女の仲間なんじゃないか?根拠は、ないけれど。



無条件で怒りに震えそうになる身体を、押し止める。

……なに憶測や先入観で怒ってんだ、自分。冷静になれ、恥ずかしい。



……。

瞑想して、落ち着く。



今は、質問する好機。

ここはどこで、お前は誰か。

何故僕はここにいて、言葉が通じるのか。

そして、あの女は死んだのかどうか。

コミュニケーションが取れる、今だからこそ。



「ここは、どこですか?」


「レグオンという都市だ。まあ、今君がいるのは、その都市に存在するギルド管轄の独房だがね。」



レグオン?ギルド?


ギルドは、確か西洋の同業者組合のことだ。

つまりここは、商人なりなんなりの組合施設の牢屋ということか?

というより、この世界にも元の世界のような名詞があることが不思議だけど…。


この男は、とてもじゃないが商人には思えない。



…次だ。



「なんで、言葉が通じるんです?」



これだ。これが一番わからない。

相手の顔立ちは、ザルツ隊長達のように白人でゲルマン系。銀髪の女も、白人系だったように思う。

あの銀髪の女は何故か日本語を話せていたが、この男のように完全な日本語ではなかった。

もしかして、この世界には日本語が(もしくは、この世界で別の固有名を持つ日本語と同じ言語が)存在しているのか?

僕が出会ったことのないだけで。



「君は、気付いたらこの世界にいて、言葉も通じなかった。見るものは全て、初めてだった。ちがうかな?」


「……そうです。」



男は、僕の質問にすぐに答えない。焦れったいな。

――――それに、発言の内容。

なんだ?こいつ。僕の何を知っている?



「私が最初に「異界人」と言ったこと、覚えているね?」


「はい。」


「断言しよう。異界――――あ、そうだ、ちょうどいい。名前は何と言うのかな?」


「…まず自分が名乗るのが礼儀でしょう。」



……少しイラついて、棘のある言葉遣いになってしまった。



今は忘れろ。

オルスの死を。ザルツ隊長達の死を。

こいつから、聞けるだけの情報を得るんだ。

何故、ここにいるのかも忘れずに。


最初の予想が、当たっている気がしてきた。

「異界人」だとか、僕の近況を知っているような話し振りが気にかかる。



――――予想通り、この男が銀髪の女の仲間だったら。



躊躇なく、殺してやる。



「これは失礼した。」



にこやかな表情は崩さず、男は一礼した。

芝居がかった素振りは様になっているが、気に食わないことは変わらない。



「私はバドルモア=ディモ。この独房を管轄するギルドの長だ。君は?」


「…晴哉です。」


「ふむ、セーヤ、か。」



あれ?名前の発音だけはザルツ隊長達といっしょなのか。



「では、セーヤ。言葉が通じる疑問だが。」



そう言って、男――――バドルモアは、自身の両耳と首に手をかけ、何かをはずすと僕の目の前に差し出した。

それは、金色の小さなピアスと銀色の綺麗なネックレス……だと思う。若干、不思議な形状をしているけど。

でも、これが何だと?


そのピアスとネックレスについて何の説明もしないまま、バドルモアは再びそれらを身に着ける。



「断言しよう。セーヤ、ここは君のもといた世界ではない。君からすれば「異世界」だ。ゆえに本来なら、この私にも君の言葉は通じない。私も、君の世界の言葉を話せない。」



――――――まさか。


何か気付いた僕の様子を窺って、ニヤリと彼は笑う。



「聡いな、セーヤ。そうだ。このピアスとネックレスを身に着けているからだよ。嘘のようだろう?魔術でも、魔法でもない。こんな小さな装飾品が、言語変換という高度な事象を起こしているのだ。」



高らかに言いきるバドルモアだったが、僕からすれば、信じられない…ということもない。まず、自分が異世界にいるということが信じられないので。


が、確かにこの男の言う通り信じられない。

見たところ、本当にただのピアスとネックレスだった。原理不明なのは、どうやらこの男にとってもそうらしい。彼の口調から察するに、この世界でも、か。

僕からしたら、魔法の方が信じられないけども。

というか、魔術と魔法?同じものではないのか…?分類されている?


思案して押し黙る僕。



「……ふぅ。」



溜め息。そして。

彼はこれ以上の質問は辞め、といった感じで手を打つ。



「さて。君からしたら、もっと聞きたいこともあるだろう。だが――――」



何だ。怪訝な顔で、彼を見つめるが――――



「その手錠を外すから、まずは風呂に入りなさい。再びの失礼だが、少々臭うのでね。」



……。


そう言われ、一気に顔に血が上った。



ああ、そういえば最後に水浴びしたの、何日前だっけ?

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