6話‐戦うべき時(後編)
ある読者様から、後学となる御意見をいただけました。
そのため、誠に勝手ながら各話を繋ぎ合わせたり、サブタイトルを挿入したりしました。いらぬ混乱を招くかとは思いますが、ご容赦下さい。
これからも、一人でも多くの読者様に楽しんでもらえる作品にしていきます。
生まれてこのかた、殴り合いなんてしたことがなければ、兄弟喧嘩もない。
精々、罵倒し合う口喧嘩くらいが関の山だ。
大体事勿れ主義者の僕にとって、拳と拳をぶつけ合う世界は漫画やゲーム、映画の中のお話であって、ともすれば一種の「異世界」のような認識だった。
なんの因果か――――
その、僕が今いる所が、本物の「異世界」なのだけれど。
だからだろうか。凄く熱い。
心が、身体が、熱い。
今まで生きてきた中で、本気の怒りを感じたことはなかった。怒髪天を衝くなんて故事が、自分に舞い降りる状況など予想だにしなかった。
でもここは、僕にとっての「異世界」だ。
かつての居場所では思いもよらないことが起こる場所。
かつての常識が通用しない場所。
だからだろうか。凄く熱い。
この熱さは、感情の昂りだ。
怒りが、憤怒が、僕の心を塗りつぶす。
恐怖を、震えを、瞬く間に浸食していく。
命の危機になると、覚醒する主人公。そんなありきたりで、王道なストーリーの冒険活劇。
皆がそんなお話を好む理由がわかる。
こんな時、圧倒的な力の相手を倒す、そんな力が欲しい。
神様…。いもしない神様。でも、もし本当はいるんだったら、お願いします。
虫のいいお願いは承知です。でも、もしそれでも聞き届けてもらえるなら、お願いします。
このクソッタレな女に、一矢報いる力を、下さい――――
ごぼり。
切った口内に溜まった血が、口から垂れ落ちる。
それがトリガーだったのか――――
脳裏に、さっきの虐殺風景が蘇る。
――――ああ、そう口ずさむだけでいいなら。
自重気味の頬笑みが漏れて、それを見た女が、少し表情を曇らす。
「爆。」
そんな虫のいい話があるわけない。
だから、これは「異世界」が起こしてくれた奇跡だろう。
女の表情が驚愕に染まり、僕を急いで投げ飛ばした。
瞬間。
女の左手が、豪快な音を立てて爆ぜ飛んだ。
短い滞空時間の中、僕の口が動く。声は出ず、唇が動いただけだけで。
「ざまあみやがれ。」、と。
油断した、油断した、油断した!
こいつは『古代帝国言語』を知っている。いや、それが母国語の「異界人」だ!
でも、なんでいきなり魔力が発動した?!
あの男の話では、召還された異界人がいきなり魔力を発動させることは皆無。
未だかつてそんな前例などないと、断言していたではないか。
……いや、これは私のミス。
レグオンの『100人殺し』たる私が、初めて得た力――――絶大な力――――の為に、慢心した結果なだけ。
イレギュラーな事態を想定できなかったこちらの過失だ。
左手は……帰還後に魔法で蘇生させればいい。完全な蘇生に暗殺者稼業は2ヶ月程は休業か。
身体が爆散しなかっただけ儲けものだ。
古代語魔術は『壁』と『爆』と『斬』のみ。
ならば、魔術で眠らせるしかない。初めからこうして捕獲しておけばよかったと思うものの、それこそ詮無きことか…。
捕獲対象でなければ、私を傷つけた報いを与えられるというのに、歯痒い。
警戒しながら、女が近付いてくる。
殺されるのか、口を封じて連れ去られるのか。
どちらにせよ、僕の自由が奪われる。
奪われるのなら抗ってやる。
痛めつけられたのは顔だけだ。
腹は据わった。身体に力を入れて、一気に立ち上がる。
女が、僕に右手を向け何かまくしたて始めた。
何だ?!早口で、まるでこれは――――魔法?!
女の手から、何かが迸る。光の様な、もやのようなもの。
身体が動くとはいえ、反射神経は良い方じゃないし、突然のこと。
避けられない――――
「壁!!」
だから咄嗟に口から出た言葉だ。目の前の空気が、固形化した。
バシュッ!
蒸発したような音を立てて、光のもやがかき消える。
物理的なだけではない、魔法?みたいなものも防げるのかこれ!
脳裏に電流が走る。
歯車がかみ合う感じ。
なんだ?身体が熱い。熱が湧き出てくる。身体全体が、熱に包まれる。
バク、ザン、ヘキ――――僕の予想が正しいのなら、「爆」「斬」「壁」の音読みのはず。
なら、それ以外の漢字を音読みした時、頭の中でその漢字を想い浮かべて言えば、発動する…?
「文字通り」の結果が…?
ぞくり。と、身体が震える。
これは悪寒じゃない。快感だ。
女を、倒せる力が自分にあることがわかった。攻略の道筋が定まった閃きへの、確信からだ。
身体の熱さが尋常じゃなくなる。
ああ、もう限界だ。爆発したい。声を張り上げ、思いっきり叫ぶ。
――――吹き飛べ!!
「爆破ァァァーーーッ!!!」
身体中の熱が、一気に大気中に放出される。
一瞬の静寂。そして――――
女の立っている地面が、下からせり上がる。
亀裂が走る。地響きが起こる。
光が、地の底から噴出した。
女が顔を青ざめて何事かを呟いている。遅いよ、馬鹿。
報いを受けろ。オルスの、ザルツ隊長の、皆の報いを!
爆音と共に、まるで間欠泉の如く女の立っていた周辺丸ごとが、一気に吹き飛んだ。
「…糞っ!」
ボロボロになりながら、私は異界人に近付く。
意識は――――ないみたいだな。当たり前だ、あんなに一気に魔力を放出すれば、初心者が失神するのは当然だ。
――――危なかった。
残りの魔力をありったけ込めて、即座に最大防御魔法を自分の身体に「まとわりつかせ」なければ、塵芥になっていたよ、異界人。
本当に、なんて威力だ。戦術級魔術にも匹敵する。
それを、魔術の魔の字も知らない様など素人が、気合いで成功させるなんて末恐ろしい。
…なるほど。だからこその「召喚」。だからこその「異界人」。
そして、『古代帝国期の魔術――――古代帝国語――――』が秘匿される理由、か。骨身に染みた。
「…惜しかったよ、異界人。」
当初は彼の捕獲のみの仕事だったが、結果的に彼を知る者もまとめて抹殺できたし、よしとしようか。
私の身なりは散々なものだが。
意識のない異界人に、さらに声を封じさせる魔術を施し、担ぎあげる。
……相も変わらず、軽い。なのに、今の私の体調ではひどく重く感じる。
糞。早く帰還して治療を受けないとね。
私は脚に力を込め、残り僅かな魔力で空に飛んだ。
PV1万5千超、ユニーク1千超感激です。
ありがとうございます。
今回で第1章は終わりです。次回から第2章となります。