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Long time no see  作者: azusa
第1章
11/21

6話‐戦うべき時(前編)

十数人分の返り血に塗れながら、銀髪を真っ赤に染めて、女が立ち上がる。


鼻が曲がり、前歯が何本か折れた口で、それでも言葉の発音は流麗なまま。


感情のこもらない瞳が兵士達に向けられれば。



(バク)。」



また、何人かの兵士が爆ぜて散る。

アックスが、斧を振り上げて女に向かった。


駄目だ!アックス!



(ザン)。」



アックスの巨体が、腹から横断された。

斧を振り上げた姿勢のまま、アックスの上半身がずり落ちていく。


ぶばっ。


そんな擬音と一緒に、内臓が飛び出した。


命がまた一つ消える。



(バク)。」



やめろ。



(バク)。」



やめろ。



(バク)。」



やめろ。



やめろ……頼むから…。



震えが止まらない。

身体が震えて言うことをきかない。



漢字を…、僕の母国語を、そんなことに使うな。

人と心を通わす言葉を、そんなことに使うな。



兵士が爆ぜる。

どんどん爆ぜる。

地面が真っ赤な川になる。

肉が、草を覆い隠していく。


続々とやって来る、待機していた兵隊達。

ザルツ隊長が何事かを叫びながら彼等を阻む。


「来るな!!」「逃げろ!!」


そんな風に聞こえた。

こんな時でさえ冷静な表情で、でも泣き出しそうな顔だった。


兵士達は、ザルツ隊長の叫び声で逃走を図る。


――――でも女の声がそれを許さない。



(ザン)。」



10人20人いやもっと多く。

兵士達が、一斉に横断されて死ぬ。


殺戮は止まらない。

ザルツ隊長の判断が、間に合わない程に。


それはそうだ。

漢字は、一文字で意味が通じる象形文字。

その速度に誰が逃げ切れるものか。



「セーヤ!!」



女が他の兵士達を虐殺する中、ザルツ隊長が僕の元へ駆けつける。

……自分の大切な部下が、死に行く中。

つい3日前まで赤の他人だった、僕を案じて。



その、隊長の元に。



「uyesthfg,jh8。」



高い、女の声が、ザルツ隊長の後ろから。


はっとして振り返る、ザルツ隊長。


音も無く、女が傍らに接近していたことに、僕は気付けなかった。

身体が恐怖で震えて、隊長を助けることも、女を止めることもできなかった。



(ザン)。」



刹那。

隊長が、身体を無理やりに動かして地を転がる。

だが----


飛んだ。

隊長の、両足が。



「wyaaaaaaaaaaaa!!!!!!」



ザルツ隊長の悲鳴が響き渡る。

止血しようとしているのに、身体が----両足を失った身体が、上手く動かないのか。

地面をのたうつ。



「…ザルツ!!」



声しか、出せない。

駆けつけたいのに、足が動かない…。


動け!

動け!


くそ!止まれ、止まれ、止まれっ!!

何震えてるんだ…!

隊長を助けに行くんだ畜生!



動け!動け!動け!



動け!!!!!!





動いて、くれよ……。





隊長は、死んではいない。

でも戦闘不能になった。


多分、失血死で程なく死ぬ。


僕は、それを見ていることしかできない----




ザルツ隊長の醜態に満足したのか、女は僕の方に振り向く。



背筋に、さっき以上の悪寒が走った。

身体の震えが、一気にゲージを振り切った。



----にい。



無表情が、一転破顔。

嬉しい度が過ぎたみたいに、顔全体を歪めた醜悪な笑顔。

女は、歯を剥き出して笑った。


僕に近付く。

伸ばされた左腕が、オルスからもらったローブを引きちぎった。

スウェットの胸倉を掴まれ、一気に引き上げられる。

足が地面から離れる。

本当にとんでもない膂力だった。



「アナタノセイ、私傷ツキマシタ。凄イ痛イデス。誰ノ、セイデス?」



女は首を傾げ、僕に問う。

恐怖で縮こまりそうになる身体。


その口に、空いた女の右拳が飛び込んできた。



ぐちいっ



歯が折れる。



ぐちいっ



鼻から血が溢れる。



ぐちいっ



唇が切れる。




ぐちいっ



ぐちいっ



ぐちいっ



ぐきいっ





「ココラヘンデ、アナタ許スデス。スミマセン。コレ、エエト、確カ八ツ当タリ言イマシタネ?ソレデス。」



「……じゃ…けんな。糞った…れ。」



口が上手く動かない。

鼻が血で詰まって、息ができない。





でも身体の震えは、激痛が消し去ってくれた。

もう、震えはない。

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