6話‐戦うべき時(前編)
十数人分の返り血に塗れながら、銀髪を真っ赤に染めて、女が立ち上がる。
鼻が曲がり、前歯が何本か折れた口で、それでも言葉の発音は流麗なまま。
感情のこもらない瞳が兵士達に向けられれば。
「爆。」
また、何人かの兵士が爆ぜて散る。
アックスが、斧を振り上げて女に向かった。
駄目だ!アックス!
「斬。」
アックスの巨体が、腹から横断された。
斧を振り上げた姿勢のまま、アックスの上半身がずり落ちていく。
ぶばっ。
そんな擬音と一緒に、内臓が飛び出した。
命がまた一つ消える。
「爆。」
やめろ。
「爆。」
やめろ。
「爆。」
やめろ。
やめろ……頼むから…。
震えが止まらない。
身体が震えて言うことをきかない。
漢字を…、僕の母国語を、そんなことに使うな。
人と心を通わす言葉を、そんなことに使うな。
兵士が爆ぜる。
どんどん爆ぜる。
地面が真っ赤な川になる。
肉が、草を覆い隠していく。
続々とやって来る、待機していた兵隊達。
ザルツ隊長が何事かを叫びながら彼等を阻む。
「来るな!!」「逃げろ!!」
そんな風に聞こえた。
こんな時でさえ冷静な表情で、でも泣き出しそうな顔だった。
兵士達は、ザルツ隊長の叫び声で逃走を図る。
――――でも女の声がそれを許さない。
「斬。」
10人20人いやもっと多く。
兵士達が、一斉に横断されて死ぬ。
殺戮は止まらない。
ザルツ隊長の判断が、間に合わない程に。
それはそうだ。
漢字は、一文字で意味が通じる象形文字。
その速度に誰が逃げ切れるものか。
「セーヤ!!」
女が他の兵士達を虐殺する中、ザルツ隊長が僕の元へ駆けつける。
……自分の大切な部下が、死に行く中。
つい3日前まで赤の他人だった、僕を案じて。
その、隊長の元に。
「uyesthfg,jh8。」
高い、女の声が、ザルツ隊長の後ろから。
はっとして振り返る、ザルツ隊長。
音も無く、女が傍らに接近していたことに、僕は気付けなかった。
身体が恐怖で震えて、隊長を助けることも、女を止めることもできなかった。
「斬。」
刹那。
隊長が、身体を無理やりに動かして地を転がる。
だが----
飛んだ。
隊長の、両足が。
「wyaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
ザルツ隊長の悲鳴が響き渡る。
止血しようとしているのに、身体が----両足を失った身体が、上手く動かないのか。
地面をのたうつ。
「…ザルツ!!」
声しか、出せない。
駆けつけたいのに、足が動かない…。
動け!
動け!
くそ!止まれ、止まれ、止まれっ!!
何震えてるんだ…!
隊長を助けに行くんだ畜生!
動け!動け!動け!
動け!!!!!!
動いて、くれよ……。
隊長は、死んではいない。
でも戦闘不能になった。
多分、失血死で程なく死ぬ。
僕は、それを見ていることしかできない----
ザルツ隊長の醜態に満足したのか、女は僕の方に振り向く。
背筋に、さっき以上の悪寒が走った。
身体の震えが、一気にゲージを振り切った。
----にい。
無表情が、一転破顔。
嬉しい度が過ぎたみたいに、顔全体を歪めた醜悪な笑顔。
女は、歯を剥き出して笑った。
僕に近付く。
伸ばされた左腕が、オルスからもらったローブを引きちぎった。
スウェットの胸倉を掴まれ、一気に引き上げられる。
足が地面から離れる。
本当にとんでもない膂力だった。
「アナタノセイ、私傷ツキマシタ。凄イ痛イデス。誰ノ、セイデス?」
女は首を傾げ、僕に問う。
恐怖で縮こまりそうになる身体。
その口に、空いた女の右拳が飛び込んできた。
ぐちいっ
歯が折れる。
ぐちいっ
鼻から血が溢れる。
ぐちいっ
唇が切れる。
ぐちいっ
ぐちいっ
ぐちいっ
ぐきいっ
「ココラヘンデ、アナタ許スデス。スミマセン。コレ、エエト、確カ八ツ当タリ言イマシタネ?ソレデス。」
「……じゃ…けんな。糞った…れ。」
口が上手く動かない。
鼻が血で詰まって、息ができない。
でも身体の震えは、激痛が消し去ってくれた。
もう、震えはない。