異世界召喚?
吹き抜けるそよ風に、濃密な土の匂いと植物の青臭さが溶け込んでいる。
天高くからは、21年の生涯で聞いたことのない鳥の鳴き声。
そして、極め付けに、屋久島の縄文杉の如き巨木が、視界一杯に飛び込んでくる。
この森には、おそらく樹齢千年以下の木は存在しないのだろう。
つまり、それほど古い森の中に、『僕』はいる。
「……マジ、勘弁…。」
山に囲まれた田舎で生まれ育ち、都会の大学に出てきた自分だが、昨今の日本に本当の意味で『田舎』はほとんど無いはずだ。
電気が通り、上下水道が走り、自家用車を持ち、家電無き生活など考えられない。
都会だろうが田舎だろうが、日本ではさしたる意味を持たなくなっている。
……つまり、何が言いたいのかと言われれば、いくら僕が田舎生まれの田舎育ちだろうが、大自然の中で生きていけるほど文明離れしていない、ということで。
ここは一体どこなのだろう。
いやその前に、何故僕はここにいるのだろうか。
夢……ならどれだけ救われることか。
少なくとも、この身体を突き抜ける絶望感は二度と味わいたくない。
絶対死ぬ。
絶対、野たれ死ぬ。
周りの環境が言っているのだ。
『お前なんかじゃ、ここで生き残れないよ』
……落ち着け。
サバイバル系の娯楽作品にあるように、冷静になれ。
ならないと、死ぬ。
まず近くの巨木に背中を預け、目の届く範囲を確認。
動物の気配は、無い……と思いたい。
文明に浸かり切った人間が、野生の権化を感じ取れるわけないが、そんなことは言っても思ってても仕方ないのだ。
さて、落ち着け。
冷静に、一つ一つ確認する。
まず、『ここ』に来るまでを思い出す。
覚えている限り、自分が『ここ以前』にいたのは、日付で20xx年8月18日。
大学3回生の夏休み。下宿のアパート。
バイトと集中夏期講習の合間休みだったので、朝から寝ていたはず。
17日の夜23時くらいに寝て、翌18日の6時くらいに一度目覚めてトイレに行き、何故か歯を磨いて顔を洗って、渇いた喉をお茶で潤し、またベッドにダイブした。
その二度寝前に、ベッド脇のデジタル時計で日付と時間を確認したのだから、間違いないはず。
で、その二度寝している間に何かしらあって、ここにいるのだろう。
信じれるか、二度寝の夢であって欲しい。
次に、自分の服装。
寝巻の黒スウェット。
足→裸足。
「うわっ!」
だからさっきから痛かったのか。
と、いうか、この大自然の中で裸足は危ない。
田舎育ちだからわかる。
虫、蛇、植物、土に石、動物と、何が原因で足に傷を負って命を脅かすかわからない。
早急にどうにかせねばならない。
持ち物はどうか。
ポケット確認、私有物無し。
涙が出るね、本当に着の身着のままだ。
自分の死ぬ予想がさらに右肩上がりになった。
環境を再確認。
この目の前に広がる大自然は、本当に地球上に存在するのか?
ここまで『人の手が入り込んでいない森』は、世界中に存在している気がしない。
白神山地だって、ここまでの巨木群はないんじゃないか?
というか、ここは日本なのか?
…。
……。
冷静に、冷静になれ。
本当に怖い。
気持ち悪い、怖い。
空を見れば、覆い尽くすように栄える木々の枝。
地面と、その枝の葉、幹の様子から、おそらくこの木々は落葉樹の類。
実家の裏山に生えていたやつに似ている。
ブナ?とかコナラ?とかかな。わからん。
気温はそこまで暑くない。
というより、少し肌寒い。
当り前か。
こういう木々は、熱帯亜熱帯に生える類じゃない。
温帯とか冷帯とかだったように思う。地理は、正直苦手科目だったが。
多分、この森、もといこの環境、『四季』がある。
僕がここに来る前から、意識が覚醒するまでに、ラグがそこまで開いていなかったと仮定するなら。
まだ夏だろう。肌寒いのは、森の中だから。
直射日光がほぼないから、地表面が温まりにくいだけだ。
少しだけ安心した。
予想があっていれば、冬まではまだ期間がある。
ここが日本、日本付近の国々であれば、約3カ月。
ロシアよりなら約2カ月くらいは、時間がある。
冬の寒さの中の遭難は、マジ勘弁。
時刻を鑑みるに、昼から夕の間か?
身体に、電撃が走る。
「火と、寝る場所がいる…。」
今日を生き抜かないと、明日を迎えられない。
命を繋ぎとめる作業を開始する必要があった。
拙くてすみません。