侍女仲間の妹と、その婚約者の顛末
唇が震え、何も言えなくなった令嬢に対して、令息が半笑いで声を掛ける。
「嫌がらせとか、そんな大袈裟な……。ちょっとふざけただけでしょう、なぁチェルシー?俺達はなにも疚しいことはしてないし、セシリスとの仲だって何も変わっちゃいないさ。そうだろ?セシリス」
半笑いのままセシリス嬢に振り向いて、凍てつく視線に固まった。
「嫌だったわよ、わたくしは」
「へ?」
「あなたに何回も何回も何回も予定をキャンセルされて。チェルシーが具合が悪い、チェルシーが熱を出した、チェルシーが咳き込んだから見舞いに行ってくると言われて。咳き込んだからなんだってのよ。熱を出してる令嬢のところにあなたが向かって、一体何が出来る訳?わたくしとあなたの仲は確かに変わってないわね。『婚約者とは名ばかりの他人』からなんにも踏み出さなかった」
「せ、セシリス」
「そして、今日からは踏み出せるわね。『元婚約者』と呼べばいいのよ。スッキリしたわ」
言葉通り晴れやかに笑うセシリス様に、令息はようやく危機感を持ったらしく、真顔に変わった。
「そんな!キャンセルしたのは悪かったよ、でもチェルシーに騙されてたんだ。仕方がないだろう?!俺は不貞はしてないし、予定はキャンセルしたけれど贈り物はしてる。瑕疵はないぞ!」
騙された、の言葉に令嬢の肩が跳ねた。
まぁ、ねえ。
騙したことには間違いないでしょうけども。
「本当に?」
「え?」
「本当に騙されてたと、瑕疵はないと言い張れるの?ご令息」
「……何が仰りたいんですか」
私の方に向いた視線を、指先で令嬢へと逸らす。
「この姿を見て、具合が悪いと、熱があると、病気でお見舞いが必要な種類の人間だと、あなた本気で思っていたの?訪問しただけで、話をしただけで。婚約者との約束をキャンセルしてまで駆け付けた病状が、それだけで治って楽しく笑えるようになったと、そう胸を張って主張できる?」
「そ、れは」
「わたくしたちはひと目見て思ったの。病人じゃないって。まさか走り込みするまでの健康体とは思わなかったけど、やつれてないし顔色良いしどこが病弱よ。ねえ?」
「髪、整ってますね。先程まで寝てたとは思えないくらい。乱れたままで出て来いとは言いませんが、その艶を保つのは逆に尊敬します」
「顔色が良いと言うより……あの、お化粧してますよね?寝ていた人の肌艶と唇の潤いではないですよ……」
「先程着ていた服装も、ギリギリ部屋着と呼べるラインナップでしたわね。令息がいる間だけ着たのかもしれませんが、見栄えを気にするくらいなら呼び出さなければよろしいのでは?病人の仕事は寝ることですわよ」
「だ、そうよ。あなたは何一つ疑問に思わなかった、節穴中の節穴と言うことでよろしい?」
私達の指摘に、令息は悔しそうに歯を食いしばった。
その様子からして、まったく気付かなかった真正の鈍感野郎、と言う訳でもなさそう。
それはそれでーー浅ましい。
「まぁ、あなたが気付いてたとしても。気付いてなかったとしても。この婚約は終わりですわ、ご令息」
私が言い切ると、彼はまた勢いを取り戻した。
「ですから!俺はチェルシーと不貞はしてない、むしろ被害者だ!」
「勘違いしないで。そこはどうでもいいの」
「どうでもいい?」
「理由はあなたの、婿としての資質不足よ。気付いてなかったのなら明らかに観察眼の不足。気付いていたのなら、不貞疑惑になりかねない危機感の足りなさ。そして、どちらでも共通するのが『たかが』幼なじみの見舞いごときで、婿入り先の令嬢の予定をキャンセルしまくる、優先順位の判断できないその性格。あなたにも確認したいわ。ねえ、本当にご令嬢への見舞いが、セシリス様との約束をキャンセルする理由になるとでも思ったの?あなたの幼なじみ、だから何。セシリス様にもムーサルク家にも、一切関係ないじゃないの。病弱な幼なじみを心配する俺、優しい?格好良い?婿養子先にも忖度せず振る舞える俺、最高?幼なじみって似てくるものなのね、思考がそっくり」
ついに、何も言えなくなった令息に対して、私はしっかりと言い含めた。
「気を遣うべき婚約者を、自分の『気持ちいい』のために踏み付けるなんて。あなたも、女の敵ね」
◇◇◇◇◇◇◇
「うん、読み応えがあって面白かったわ!」
報告書を目の前で読み切ったミュリエル様が、顔を上げてにこやかに言った。
報告書に読み応えて、とは言わない。
ミュリエル様が満足してくれるのが一番なのだから。
「結局、婚約は破棄したのよね?この流れで継続とか逆に面白いけど」
「さすがに破棄したそうですよ。ねえ、クラリス?」
「え、ええ、そのとおりです、ミュリエル様……」
右隣り、初参加のクラリスに話を振るとガチガチだった。初回の私と同じ。
三回目で慣れたのか、自分より固い人がいるせいか、今日の私はだいぶリラックスしてお茶を堪能してる。
それでも、粗相はしないよう最大限の注意はしてるが。
「そうね、それが良さそうだわ。妹さんが婚約者に惚れてるならまぁ大目に見る範囲かもしれないけど、他の婿を求めた方が遥かに良いわよね。ねえクラリス様、新しい婿候補の当てはあるの?」
「そう、ですね。まずは妹が希望する男性を調査して、婿入り出来るか確認中、です……」
「それは良かった」
「あの、ミュリエル様……」
「なぁに?」
「私ごときに〝様〟など付けないでください!クラリスと!」
突然悲鳴のようにクラリスが叫んだ。
私もシャーロットも一瞬驚いたが、すぐに理解した。
「クラリス、落ち着かないのね」
「落ち着く訳ないでしょう?!公爵家の方に『クラリス様』なんて呼ばれて、平静ではいられないわ……!」
「そうね、私もミュー様に『シャーロット様』と呼ばれてた頃は少し落ち着かなかったかも。すぐ愛称に変えてもらったけど」
「えー、そんなもん?私だって元は伯爵家よ?」
ミュリエル様には分からないらしい。
「元伯爵家でも私より爵位が高いのに、今は公爵夫人じゃないですか……!」
「そうは言ってもねえ。クラリス様、私より年上だし。先輩でしょ?」
ふるふる、と首を振るクラリス。
侍女仲間としては同期で今年採用された私達だが、年齢はそれぞれ異なる。
シャーロットは現役合格、私はそのひとつ上でクラリスはさらに二つ上だ。
王宮の採用試験がいかに狭く、難易度が高いかは毎年の合格率で思い知らされる。
私も二回の試験中は、さすがに恋人とか構ってる暇はなかったわ。
「年上でもいいんです!呼び捨てでお願いします!」
「うーん。じゃぁクラリス〝さん〟くらいにする?」
「うぅっ……わ、わかりました……」
「エステルも揃えとく?」
「お気になさらず。」
そこはしっかり断らねば。
「大丈夫よクラリス、慣れてしまえばそのうちミュー様がさん付け自体忘れるわ」
シャーロットの励ましは救いになるのか?
さん付け忘れるくらい慣れろって……。
少々呆れつつ、しかし突っ込むのはやめにしとくと、ミュリエル様と目が合った。
「女の敵、と二人に言い切ってきたのね。この間までそう呼ばれてた身としては、違うタイプの『敵』を見てどうだった?」
どう、とは。
「……普通に敵と思いました」
「そうなの?『敵の敵は味方』って言葉があるし、意外と意気投合してくるのかと思ったわ」
ふふ、と楽しそうに笑われるが、それは解釈違いと言う奴だ。
「主義が違いました。ご令嬢はセシリス嬢にマウントを取りたいだけ、ご令息はセシリス嬢とご令嬢の両手に花を満喫したいだけ。一対一の恋人を望むために動く私とは、スタンスも目的も合わないです。真剣に勉強に取り組んでる時に、面白半分でちょっかい出してくる奴を思い出しました」
「あぁ、なるほど。確かにそれは腹立つわね」
ミュリエル様が納得した顔をされる。
「敵の敵は、やっぱり相容れないのかしら?」
「人によるんじゃないですかね。それで言うと、私は今回だいぶセシリス嬢の肩を持ってますから。まだ学生なのに、男爵家を継ぐために婚約者を換えようとするバイタリティーとか。気に入ったんです」
当の本人、セシリス嬢はさすがに公爵家に呼ばれなかった。
まだ学生と言うのもあるけど、「エステルをカッコイイと思うなら、ミュー様はもっとカッコよく見えると思うわ」とのシャーロットの忠告が、クラリスに効いたらしい。
元気な令嬢を思い浮かべて、私は自然と微笑む。
「女の敵はーー女の敵である私にとっても、やはり敵です」
◇◇◇◇◇◇◇
「王宮の採用試験を現役合格してるんだもの、シャーロットって学生のうちから成績良かったの?」
「いえ、私なんか全然です」
「なんかとか言わないでくれる?私たち、試験に落ちたことあるんだから」
「でも本当に、成績は普通でした。時たまミュー様やアサト様にテスト範囲のヤマを教えてもらったりして、なんとか」
「あら。その頃からワルロー様とご一緒してたの?」
「それは、はい」
「いいわね〜王宮試験を目指して共に励むカップル。苦労は分け合い、受かった喜びは倍増することで……シャーロット、何その顔」
「いえ……」
「残念ながら、アサトは苦労してないわ。唯一頑張ったのは、シャーリーを受からせることね。なので受かった喜びも持ってないわ。当然のことだと思って、自分の番号は探さなかったらしいから」
「うわ、やな奴」
「嫌味な人だわ……」
「それは、はい、同意します……」
「じゃあシャーロットの試験勉強を面倒見てたの?自分も受けるのに?」
「そうです。私の採用試験と学園の試験、あと生徒会の補佐も最終学年までしてましたけど、すごく余裕でした。一番忙しい時でも『昨日六時間しか眠れなかった』ってアクビしてて……」
「殺意湧くんだけど」
「ホントね」
「ま、まあ。それでシャーロットは合格した訳でしょう?ワルロー様の指導は厳しかったの?普段はだいぶあなたのことを甘やかしてるけど、勉強だと違うとか?」
「……」
「だから何その顔」
「厳しい……はい、厳しかったのはそうなんですが……」
「なんで濁すの」
「そうねシャーリー。ここで濁してもきっといつか思い知るわ、同じ職場なんですもの」
「なんですかミュリエル様。含みがいっそう怖いんですけど」
「聞かない選択肢はあります?」
「ないわ。と言うより、聞いておいた方がいいわよ。アサト・ワルローの最大の特徴、それは自分や他人の『限界』を見極めるのが、引くほど上手いの」
「限界を、見極める?」
「引くほど、とは」
「自分でやってて、あ、これ以上無理だ、って思う時があるでしょう?そこをアサトに見られて『あと少し行けるよ?』って言われたら、それは本当に行けるのよ。限界突破、とかじゃないの。限界の壁の1ミリ手前、そこまで人を追いやるのが異常なほど上手い」
「えーっと……?」
「ここにお菓子があります。」
「「……はい」」
「ケーキを3個食べます。もうお腹いっぱい、これ以上入らないってなった時にアサトがやってきて、あとこのクッキー2枚なら食べられますよとか言ったら、そのクッキーは食べ切れるのよ。吐きもせず、腹痛にもならず」
「なんとなく……わかりました。けど」
「思い知る、て?」
「アサトの見極めはね、有名かつ有効なの。だから誰しもが認めるのよ」
「有効、ではあるでしょうね」
「だから、自分ではもう限界!無理!てなっててもアサトが『まだ行けるって』とか言ったら、それは限界に到達してないと見做されるわよ。周囲に」
「「………!」」
「苦しい身を同情して許してくれる人がいるといいけど。そういう同情が許されない場、例えば採用試験に臨むーとか、このプロジェクトを成功させるーとか。そういう時に、アサトの『見極め』が発揮されたら……わかるでしょ?」
「怖い!嫌です!」
「みゅ、ミュリエル様、シャーロット、どうにか止める方法は?!」
「ないわ」「ないです」
「「いやーーーーー!!」」
限界の壁1ミリ手前=苦しさMAX。
王宮役人たちはこれを何回味わうことになるのか……。
病弱な幼なじみ編、完了です。ありがとうございました。




