商人は、帳面を見る
夜の道具屋は、昼とは別の顔をしている。
冒険者の声も、金属の鳴る音もない。
棚に並ぶ道具は、ただ静かにそこにあった。
ラッジは、帳面を広げたまま椅子に腰を下ろしている。
数字は、まだ書かれていない。
正確には――
書くには早すぎる。
「……馬鹿な話だ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
商売は数字だ。
感情じゃない。
善意でもない。
売れたか、売れなかったか。
儲かったか、損をしたか。
それだけでいい。
分かっている。
分かっているのに。
昼間の会話が、頭から離れなかった。
(客の生存率、か)
今まで考えたこともなかった視点だ。
客は「来るもの」だった。
来なければ、それまで。
死んだ?
運がなかっただけだ。
――そう割り切ってきた。
だが。
五枚綴りの回復草を、棚から一束取り出す。
指先で、軽く叩く。
潰れない。
確かに、扱いやすい。
「……売れなくなる、かもしれねぇ」
呟きは、夜に溶ける。
初心者が生き残れば、
次は中級者になる。
中級者は、
回復草以外の道具を買う。
ロープ。
金具。
保存食。
護符。
帳面をめくる。
(……計算、合わねぇな)
短期で見れば、減る。
長期で見れば、増えるかもしれない。
かもしれない。
その曖昧さが、商人には一番厄介だ。
「面倒な役人だ」
伊勢の顔を思い出し、鼻で笑う。
だが、嫌いではない。
あいつは、
「売れます」と言わなかった。
「分かりません」と言った。
商売の場で、
それを言えるやつは少ない。
ラッジは、帳面の端に小さく印をつけた。
五枚綴り。
初心者向け。
まだ、数字は書かない。
外から、夜風が入り込む。
軒先の布が、静かに揺れた。
「……さて」
帳面を閉じ、立ち上がる。
「商売は、
明日からだ」
答えは、
きっと数字が出す。
だが――
その数字を見る目が、
少しだけ変わった気がした。




