それは売れるのか、という話
昼下がりの冒険者ギルドは、少しだけ気の抜けた空気に包まれていた。
伊勢海人は帳簿を閉じ、深く息を吐いた。
(嵐は、一度収まった)
討伐結果クラス分け術式を巡る混乱は、ひとまず落ち着いた。
冒険者たちの不満も、査定士たちの苛立ちも、
今は表に出ていない。
だが――。
「なあ、伊勢」
ギルド長シャウプが、椅子に腰掛けたまま顎で入口を示した。
「道具屋のシャウプがお呼びみたいだぜ」
「道具屋、ですか」
「ああ。金の匂いがする時の顔だ」
その言い方に、伊勢は小さく頷いた。
(……次は、商売か)
◆
ラッジの店は、いつも通りだった。
武器の金属音。
ロープの擦れる音。
保存食の樽から漂う乾いた匂い。
冒険者の命を支える道具が、
雑然と、しかし計算された配置で並んでいる。
その奥で、ラッジは腕を組んでいた。
口元は笑っている。
だが、目は笑っていない。
「で――」
伊勢とリリアを見るなり、言う。
「それ、売れるのか?」
声は軽い。
だが、問いは重い。
「回復草を束ねたって話だろ?」
ラッジは棚から一束取り、指先で軽く弾いた。
「確かに、潰れにくい。
使いやすい。
冒険者は喜ぶ」
一拍。
「だがな」
ラッジは、ゆっくりと首を振る。
「それって、商売としては最悪だ」
◆
「一人の冒険者が、
同じ量の薬草を
“より効率的に”使えるようになる」
ラッジは、指を折っていく。
「つまり――買う枚数が減る」
店の奥で、誰かが武器を置く音がした。
「商売ってのはな、
“足りなくなる”から回るんだ」
伊勢は、すぐには答えなかった。
リリアは、一歩後ろで静かに二人を見ている。
書類も、メモも出していない。
今は“観察”の時間だった。
◆
「……一つ、伺ってもいいですか」
伊勢は、声のトーンを変えずに言った。
「いいぜ」
ラッジは顎で促す。
「ラッジさんの店で、
回復草を買うのは――
どんな冒険者が多いですか?」
ラッジは、即答しなかった。
視線を天井に向け、少し考える。
「新米。
それから……無茶をするやつだ」
「その人たちは、
いつ店に来なくなりますか?」
ラッジの眉が、わずかに動いた。
「……死んだ時だ」
短く、だが重い答え。
店の空気が、少しだけ張り詰めた。
◆
伊勢は、すぐには続けなかった。
沈黙を、あえて挟む。
「もし、ですが」
ようやく、言葉を置く。
「予想以上に潰して無駄にすることが減って、
そのお陰で、道中命を落とすことが減ったら」
ラッジは、黙って聞いている。
「冒険者は……
次も、生きて店に来ますよね」
一瞬、
ラッジの口元から笑みが消えた。
「生き残る冒険者が増えれば」
伊勢は続ける。
「一度に買う量は減っても、
買いに来る回数は増えるかもしれない」
そこで、言葉を切る。
「――可能性の話です」
◆
ラッジは、束ね加工の回復草を見つめていた。
指先で撫でるように、葉の感触を確かめる。
「……客の生存率、か」
呟きは、小さい。
だが、確かに届いた。
「売る数じゃなくて、
“生き残る客”を増やす商売……」
顔を上げ、伊勢を見る。
目は、完全に商人のそれだった
◆
ラッジは、束ね加工の回復草を棚に戻した。
「……面白い考え方だ」
そう言いながらも、即断はしない。
指先で顎をなぞる仕草は、完全に“商人の思考”に入っていた。
「だがな」
視線を上げ、伊勢を見る。
「本当にそれが、
儲かる商売かどうかは――
まだ分からねぇ」
伊勢は、すぐには頷かなかった。
「……正直に言うと」
一拍置いてから、言葉を選ぶ。
「私にも、分かりません」
リリアが、わずかに目を見開いた。
伊勢は続ける。
「生存率が上がれば、
長期的には安定するかもしれない」
「ですが、
短期的には売上が落ちる可能性もあります」
「冒険者が“慎重になりすぎる”
ということも、考えられます」
ラッジは、ふっと鼻で笑った。
「だろうな」
その笑いに、皮肉はなかった。
「だから、商売は面倒なんだ」
店の外では、夕方の光が通りを染めている。
「こうしよう」
ラッジが言う。
「今日は、ここまでだ。お互いに考える。
案を持ち寄って、明日また話す」
伊勢は、少しだけ驚いた後、頷いた。
「分かりました」
店を出ると、空気が少し冷たくなっていた。
リリアが、隣で静かに言う。
「……初めてですね」
「何がですか」
「伊勢様が、
“分からない”と口にされるのは」
伊勢は、歩きながら答えた。
「分からないことは、
分からないままにした方がいい時もあります」
立ち止まり、振り返る。
「特に――
人の命と金が絡む話は」
リリアは、その横顔を見つめた。
伊勢は、心の中で思う。
(生存率を上げる商売が、本当に正しいのか、
それとも――別の答えがあるのか)
明日、ラッジは
どんな案を持ってくるのだろうか。
その問いを胸に、
伊勢はギルドへの帰路についた。




