表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

それは売れるのか、という話

 昼下がりの冒険者ギルドは、少しだけ気の抜けた空気に包まれていた。


 伊勢海人は帳簿を閉じ、深く息を吐いた。


(嵐は、一度収まった)


 討伐結果クラス分け術式を巡る混乱は、ひとまず落ち着いた。

 冒険者たちの不満も、査定士たちの苛立ちも、

 今は表に出ていない。


 だが――。


「なあ、伊勢」


 ギルド長シャウプが、椅子に腰掛けたまま顎で入口を示した。


「道具屋のシャウプがお呼びみたいだぜ」


「道具屋、ですか」


「ああ。金の匂いがする時の顔だ」


 その言い方に、伊勢は小さく頷いた。


(……次は、商売か)



 ラッジの店は、いつも通りだった。


 武器の金属音。

 ロープの擦れる音。

 保存食の樽から漂う乾いた匂い。


 冒険者の命を支える道具が、

 雑然と、しかし計算された配置で並んでいる。


 その奥で、ラッジは腕を組んでいた。


 口元は笑っている。

 だが、目は笑っていない。


「で――」


 伊勢とリリアを見るなり、言う。


「それ、売れるのか?」


 声は軽い。

 だが、問いは重い。


「回復草を束ねたって話だろ?」


 ラッジは棚から一束取り、指先で軽く弾いた。


「確かに、潰れにくい。

 使いやすい。

 冒険者は喜ぶ」


 一拍。


「だがな」


 ラッジは、ゆっくりと首を振る。


「それって、商売としては最悪だ」



「一人の冒険者が、

 同じ量の薬草を

 “より効率的に”使えるようになる」


 ラッジは、指を折っていく。


「つまり――買う枚数が減る」


 店の奥で、誰かが武器を置く音がした。


「商売ってのはな、

 “足りなくなる”から回るんだ」


 伊勢は、すぐには答えなかった。


 リリアは、一歩後ろで静かに二人を見ている。


 書類も、メモも出していない。

 今は“観察”の時間だった。



「……一つ、伺ってもいいですか」


 伊勢は、声のトーンを変えずに言った。


「いいぜ」


 ラッジは顎で促す。


「ラッジさんの店で、

 回復草を買うのは――

 どんな冒険者が多いですか?」


 ラッジは、即答しなかった。


 視線を天井に向け、少し考える。


「新米。

 それから……無茶をするやつだ」


「その人たちは、

 いつ店に来なくなりますか?」


 ラッジの眉が、わずかに動いた。


「……死んだ時だ」


 短く、だが重い答え。

 店の空気が、少しだけ張り詰めた。



 伊勢は、すぐには続けなかった。


 沈黙を、あえて挟む。


「もし、ですが」


 ようやく、言葉を置く。


「予想以上に潰して無駄にすることが減って、

 そのお陰で、道中命を落とすことが減ったら」


 ラッジは、黙って聞いている。


「冒険者は……

 次も、生きて店に来ますよね」


 一瞬、

 ラッジの口元から笑みが消えた。


「生き残る冒険者が増えれば」


 伊勢は続ける。


「一度に買う量は減っても、

 買いに来る回数は増えるかもしれない」


 そこで、言葉を切る。


「――可能性の話です」



 ラッジは、束ね加工の回復草を見つめていた。


 指先で撫でるように、葉の感触を確かめる。


「……客の生存率、か」


 呟きは、小さい。


 だが、確かに届いた。


「売る数じゃなくて、

 “生き残る客”を増やす商売……」


 顔を上げ、伊勢を見る。


 目は、完全に商人のそれだった


 ラッジは、束ね加工の回復草を棚に戻した。


「……面白い考え方だ」


 そう言いながらも、即断はしない。

 指先で顎をなぞる仕草は、完全に“商人の思考”に入っていた。


「だがな」


 視線を上げ、伊勢を見る。


「本当にそれが、

 儲かる商売かどうかは――

 まだ分からねぇ」


 伊勢は、すぐには頷かなかった。


「……正直に言うと」


 一拍置いてから、言葉を選ぶ。


「私にも、分かりません」


 リリアが、わずかに目を見開いた。


 伊勢は続ける。


「生存率が上がれば、

 長期的には安定するかもしれない」


「ですが、

 短期的には売上が落ちる可能性もあります」


「冒険者が“慎重になりすぎる”

 ということも、考えられます」


 ラッジは、ふっと鼻で笑った。


「だろうな」


 その笑いに、皮肉はなかった。


「だから、商売は面倒なんだ」


 店の外では、夕方の光が通りを染めている。


「こうしよう」


 ラッジが言う。


「今日は、ここまでだ。お互いに考える。

 案を持ち寄って、明日また話す」


 伊勢は、少しだけ驚いた後、頷いた。


「分かりました」


 店を出ると、空気が少し冷たくなっていた。


 リリアが、隣で静かに言う。


「……初めてですね」


「何がですか」


「伊勢様が、

 “分からない”と口にされるのは」


 伊勢は、歩きながら答えた。


「分からないことは、

 分からないままにした方がいい時もあります」


 立ち止まり、振り返る。


「特に――

 人の命と金が絡む話は」


 リリアは、その横顔を見つめた。


 伊勢は、心の中で思う。


(生存率を上げる商売が、本当に正しいのか、

 それとも――別の答えがあるのか)


 明日、ラッジは

 どんな案を持ってくるのだろうか。


 その問いを胸に、

 伊勢はギルドへの帰路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ