命の値段と、査定の順番
冒険者がクエストを終えて最初に向かう場所――
それは、酒場でも宿でもない。
査定窓口だ。
どれほど命がけの戦いだったとしても、
どれほど血と泥にまみれて帰ってきたとしても、
討伐結果が正式に認められなければ、
そのクエストは「終わったこと」にならない。
冒険者ギルドでは、討伐の成否を
「討伐結果クラス分け」という制度で管理している。
提出された討伐条件品――
魔物の部位、核、証明素材。
それが本物か、状態は良好か、
討伐条件を満たしているか。
その査定結果によって、
報酬金の増減、冒険者ランク用ポイントが上下する。
だからこそ、ここは重要だった。
――そして、その日。
「……おかしいですね」
最初にそう呟いたのは、ギルドの受付職員だった。
視線の先には、二つの窓口がある。
ひとつは、従来通りの外部鑑定士による査定窓口。
もうひとつは、ギルドが威信をかけて開発した
討伐結果クラス分け術式の窓口。
術式は、完成したばかりだった。
鑑定士顔負けの精度。
結果は即座に表示される。
しかも、手数料は不要。
――冒険者にとって、得しかない。
はずだった。
「……今日も、術式は空いてます」
受付の声に、ギルド長シャウプは眉をひそめた。
「……なんでだ?」
並んでいるのは、相変わらず鑑定士の前だけ。
◆
「減ると思ってたんだがな」
執務室で、シャウプは腕を組んだ。
「鑑定士への依頼は、手数料がかかる。
術式なら、金も時間も節約できる」
「はい」
伊勢海人も頷く。
術式の性能は、問題ない。
公平性も、むしろ高い。
「なのに、誰も使わない」
「……それどころか」
リリアが書類を見ながら言う。
「鑑定士の方々から、苦情が来ています」
「仕事が減ると思っていたのに、
負担が変わらない、と」
シャウプは短く舌打ちした。
「冒険者のためを思って作ったんだがな」
その言葉に、伊勢は小さな違和感を覚えた。
(……“ため”って、誰の視点だ?)
◆
伊勢は、冒険者に声をかけてみた。
「査定について、少し――」
「……ギルドの人間だろ」
それだけで、会話は終わる。
視線は逸らされ、口は閉ざされる。
「……壁、厚いですね」
「当然だ」
シャウプは言った。
「査定は命の値段を決める場所だ。
ギルド相手に、軽々しく本音は出さん」
その瞬間、伊勢は理解した。
――自分は、まだ“安全な場所”にいる。
◆
「……クエストを受けましょう」
伊勢の言葉に、リリアは一瞬言葉を失った。
「伊勢様、それは――」
「冒険者の立場にならないと、
この違和感は分からない気がします」
リリアは、しばらく黙ったあと、静かに頷いた。
「……業務外ですが、同行します」
◆
二人が選んだのは、
新人冒険者の登竜門と呼ばれるクエストだった。
難易度は低い。
だが、油断すれば死ぬ。
討伐対象は、群れを成す小型魔物。
数と地形で押してくるタイプだ。
ダンジョン内部は、湿って暗い。
足元は滑りやすく、天井からは水滴が落ちる。
魔物の気配が、壁越しに伝わってくる。
(……怖い)
伊勢は、はっきりそう思った。
剣を振る腕が震える。
息が乱れ、判断が遅れる。
自分で工面した回復草を使うたび、
「次はあるのか」と考えてしまう。
理屈は消えた。
頭にあるのは、生き延びることだけ。
◆
なんとか討伐を終えたとき、
伊勢の足は、ほとんど感覚を失っていた。
条件品を抱え、二人はギルドへ戻る。
ギルドへ戻る道すがら、
リリアは珍しく無言だった。
「……怖かったですね」
不意に、彼女がそう言った。
事務的な声ではなかった。
「はい」
伊勢がそう答えると、
リリアは小さく息を吐いた。
「それでも……ご一緒できて、よかったです」
◆
「討伐条件品、確認します」
査定士の声は、淡々としていた。
だが、その手つきは丁寧で、
素材を一つひとつ確かめていく。
「……問題ありません」
「討伐結果クラスB。報酬はこちらです」
金貨を受け取った瞬間――
伊勢の胸の奥が、ふっと緩んだ。
(……ああ)
説明はない。称賛もない。
それでも、確かに感じた。
自分が命を懸けた結果が、
正式に認められたという感覚。
伊勢は、ここで確信した。
(冒険者が欲しいのは、速さじゃない)




