表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/14

その距離に、名前はまだない

 翌朝のギルドは、いつもより少し騒がしかった。


 冒険者の出入りは通常通り。

 掲示板の前も、道具屋通りも、昨日と変わらない。


 ――だが、人の視線だけが、少し違った。



「……リリアさん、今日は顔色いいですね」


 受付の職員が、何気ない調子で言った。


「え? そうでしょうか」


 リリアは、一瞬だけ言葉に詰まる。


「はい。昨日まで、ずっと張り詰めてたので」


「そう、ですか……」


 それ以上、話題は続かない。


 だが、リリアは気づいてしまった。


(……見られてる?)


 正確には、

 “見られている”というより、

 探られている。



 少し離れた場所では、職員たちがひそひそと話していた。


「昨日さ、二人で帰ってたらしいぞ」


「え、人事の?」


「伊勢さんと、だよ」


「……ああ」


 その反応が、妙に生々しい。


 噂話として盛り上がるほどではない。

 だが、確信に近い納得があった。



 伊勢はというと、資料を整理しながら、微妙な居心地の悪さを感じていた。


(……空気が、違うな)


 直接何かを言われるわけではない。

 だが、目が合うたびに、

 一拍遅れて逸らされる。


 そして、その原因に、心当たりがあるのが厄介だった。



「伊勢」


 低い声に呼ばれ、顔を上げる。


 シャウプが、机に肘をつきながらこちらを見ていた。


「少し、いいか」


「はい」


 個室に入るなり、シャウプは書類を机に置き、

 ちらりと伊勢を見た。


「……昨夜は、遅かったらしいな」


 伊勢は、一瞬だけ動きを止めた。


「業務の延長です」


「ふん」


 シャウプは、鼻で笑った。


「“業務”にしちゃ、

 随分と空気が柔らかくなったな」



 伊勢は、苦笑する。


「……そこまで分かりますか」


「長年、人を見てきたからな」


 シャウプは椅子に深く腰掛ける。


「特に、人事官の変化は分かりやすい」


「昨日まで、

 あいつは“背負ってる顔”をしてた」


「今日は……

 少し、肩が軽い」


 伊勢は、言葉を失った。


(そこまで、見ていたのか)



「勘違いするな」


 シャウプが、少しだけ声を和らげる。


「咎める気はない」


「むしろ」


 一拍置いて。


「ちゃんと人として戻れる場所があるのは、悪くない」


 伊勢は、静かに息を吐いた。


「……ありがとうございます」


「ただし」


 シャウプは、にやりと笑う。


「仕事中に赤くなるのは、ほどほどにな」


「……努力します」



 その頃、リリアは廊下で足を止めていた。


 伊勢がシャウプと話しているのが見える。


 何を話しているのかは分からない。


 だが、シャウプが笑っている。


(……え?)


 嫌な予感と、

 少しの居心地の悪さ。


 そして――

 なぜか、胸が少しだけ落ち着かない。



「リリア」


 背後から、シャウプの声。


「……はい!」


 少し、声が裏返った。


「何を慌てている」


 シャウプは、肩をすくめる。


「大した話じゃない」


 そう言って、視線を少しだけ横に流す。


「昨日は、よく休めたか」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……はい」


 嘘ではない。


「それならいい」


 シャウプは、それ以上何も言わなかった。


 だが、その目は――

 すべて承知している大人の目だった。



 昼過ぎ。


 ギルドの中庭で、伊勢とリリアが偶然顔を合わせる。


「あ……」


「おはようございます」


 一瞬、ぎこちない。


 昨日の夜を、

 お互いに思い出してしまったからだ。


「……周り、何だか」


「ええ」


 伊勢が小さく笑う。


「察しが、早いですね」


 リリアは、少し困ったように眉を下げる。


「……変、でしょうか」


「いいえ」


 即答だった。


「自然です」


 その言葉に、

 リリアの表情がわずかに和らぐ。



 遠くで、シャウプが二人を眺めていた。


「……やれやれ」


 小さく呟く。


「命のやり取りは任せてくれ」

 ただ、自分の心は……自分で守れ」


 茶々のようで、

 どこか不器用な祝福だった。


 そして二人の距離は、

 誰も名前をつけないまま、

 確実に変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ