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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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それでも、止めなかった人たち

 ギルドが動けば、冒険者は従う。

 ――そう簡単な話ではなかった。



 掲示板の前は、今日も人で溢れている。


 だが、張り紙をじっくり読んでいる者は少ない。


「危険区域? 今さらだろ」


「撤退基準なんて、現場じゃ役に立たねぇ」


 紙を一瞥しただけで背を向け、

 笑いながらダンジョンへ向かう背中。


 職員が声を張り上げる。


「情報を確認してください!」


「今日は第三区画までです!」


 だが、足は止まらない。


 命を懸ける場所では、

 理屈よりも慣れが勝つ。



 ギルド中央。


 シャウプは腕を組み、次々に届く報告を聞いていた。


「掲示板を見ずに突入したパーティ、四組」


「休憩地点を無視、二件」


「回復草の消費量、想定の一・四倍です」


 数字が積み上がるたび、胃の奥が重くなる。


(情報は出した)


(選択肢も与えた)


(それでも……制御できん)


 歯を食いしばる。


 そこへ、リリアが小走りで近づいた。


「ギルド長」


「……どうだ」


「道具屋通りです」


 言葉を一瞬、飲み込む。


「ラッジさんが……

 綴りの回復草を、出し渋りたいと」


 シャウプの眉が、ぴくりと動いた。



 その頃、道具屋。


 ラッジは棚の前で腕を組んでいた。


 減り続ける在庫。

 帳面の数字は、正直すぎるほど正直だ。


(このまま出し続けりゃ、

 数日で底を突く)


 潰れない五枚綴りは、確かに命を救う。

 だが――商売は命だけでは回らない。


「……悪いがな」


 訪ねてきたリリアに、ラッジは低く言った。


「これ以上は無理だ」


「止めりゃ、

 全体がもたねぇ」


 リリアは、唇を噛みしめた。


「……分かりました」


 頭を下げる。


 それ以上、言える言葉はなかった。


 扉を出た瞬間、夕風が制服を揺らす。


(打つ手が……ない)


 胸の奥が、冷えていく。



 ギルドに戻ったリリアから報告を聞き、

 シャウプは深く息を吐いた。


「……そうか」


 しばらく、何も言わない。


 職員たちの視線が集まる。

 誰もが分かっていた。


 道具屋が止まれば、終わりだ。


(もう、打つ手は……)


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。


 だが、その瞬間。


「――待て」


 シャウプは、ゆっくりと立ち上がった。


 外套を手に取り、歩き出す。


「ギルド長……?」


「俺が行く」


 短い言葉だった。



 夜の道具屋通り。


 灯りが揺れ、石畳に影が伸びる。


 ラッジの店の前に立ったシャウプは、

 一度だけ深く息を吸った。


 そして、扉を開ける。


「……ギルド長?」


 ラッジが顔を上げる。


 次の瞬間。


 シャウプは、頭を下げた。


 帽子を取り、

 背を深く折る。


「頼む」


 その声は、低く、真っ直ぐだった。


「綴りの回復草を、止めないでくれ」


 ラッジは、言葉を失った。



「このままじゃ、

 冒険者も、採取者も、街も潰れる」


「だから……

 俺に、責任を取らせてくれ」


 顔を上げる。


 逃げのない目だった。


 ラッジは、しばらく黙っていた。


 帳面を見る。

 棚を見る。

 そして、シャウプを見る。


「……あんた」


 低く呟く。


「本気だな」


「ああ」


 即答だった。



「……分かった」


 ラッジは、短く言った。


「在庫は出す」


「ギルドと共有する」


「売り場の裁量も、任せる」


 シャウプは、もう一度だけ頭を下げた。


「助かる」


 その背中は、

 ギルド長ではなく、

 一人の人間のものだった。



 その夜。


 ギルドの外で、伊勢は夜風に当たっていた。


 そこへ、シャウプが現れる。


「……お前の言った通りだった」


「道具屋は、

 頼まれ方を見ていた」


 伊勢は、静かに頷く。


「押し付けでは、

 動いてもらえません」


「だから……

 お願いしました」


 シャウプは、鼻で笑った。


「面倒な真似を」


「でも」


 一拍。


「助かった」



 少し離れた場所で、

 リリアは二人の背中を見ていた。


(……間に合った)


 ギリギリだった。

 本当に、紙一重だった。


 それでも。


 誰かが、最後まで諦めなかった。


 その事実が、胸に温かく残る。


 街の奥から、冒険者の笑い声が聞こえた。


 生きて帰った声だ。


 リリアは、そっと目を閉じた。


 ――今日は、守れた。


 明日もまた、戦いは続く。

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