それでも、止めなかった人たち
ギルドが動けば、冒険者は従う。
――そう簡単な話ではなかった。
◆
掲示板の前は、今日も人で溢れている。
だが、張り紙をじっくり読んでいる者は少ない。
「危険区域? 今さらだろ」
「撤退基準なんて、現場じゃ役に立たねぇ」
紙を一瞥しただけで背を向け、
笑いながらダンジョンへ向かう背中。
職員が声を張り上げる。
「情報を確認してください!」
「今日は第三区画までです!」
だが、足は止まらない。
命を懸ける場所では、
理屈よりも慣れが勝つ。
◆
ギルド中央。
シャウプは腕を組み、次々に届く報告を聞いていた。
「掲示板を見ずに突入したパーティ、四組」
「休憩地点を無視、二件」
「回復草の消費量、想定の一・四倍です」
数字が積み上がるたび、胃の奥が重くなる。
(情報は出した)
(選択肢も与えた)
(それでも……制御できん)
歯を食いしばる。
そこへ、リリアが小走りで近づいた。
「ギルド長」
「……どうだ」
「道具屋通りです」
言葉を一瞬、飲み込む。
「ラッジさんが……
綴りの回復草を、出し渋りたいと」
シャウプの眉が、ぴくりと動いた。
◆
その頃、道具屋。
ラッジは棚の前で腕を組んでいた。
減り続ける在庫。
帳面の数字は、正直すぎるほど正直だ。
(このまま出し続けりゃ、
数日で底を突く)
潰れない五枚綴りは、確かに命を救う。
だが――商売は命だけでは回らない。
「……悪いがな」
訪ねてきたリリアに、ラッジは低く言った。
「これ以上は無理だ」
「止めりゃ、
全体がもたねぇ」
リリアは、唇を噛みしめた。
「……分かりました」
頭を下げる。
それ以上、言える言葉はなかった。
扉を出た瞬間、夕風が制服を揺らす。
(打つ手が……ない)
胸の奥が、冷えていく。
◆
ギルドに戻ったリリアから報告を聞き、
シャウプは深く息を吐いた。
「……そうか」
しばらく、何も言わない。
職員たちの視線が集まる。
誰もが分かっていた。
道具屋が止まれば、終わりだ。
(もう、打つ手は……)
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だが、その瞬間。
「――待て」
シャウプは、ゆっくりと立ち上がった。
外套を手に取り、歩き出す。
「ギルド長……?」
「俺が行く」
短い言葉だった。
◆
夜の道具屋通り。
灯りが揺れ、石畳に影が伸びる。
ラッジの店の前に立ったシャウプは、
一度だけ深く息を吸った。
そして、扉を開ける。
「……ギルド長?」
ラッジが顔を上げる。
次の瞬間。
シャウプは、頭を下げた。
帽子を取り、
背を深く折る。
「頼む」
その声は、低く、真っ直ぐだった。
「綴りの回復草を、止めないでくれ」
ラッジは、言葉を失った。
◆
「このままじゃ、
冒険者も、採取者も、街も潰れる」
「だから……
俺に、責任を取らせてくれ」
顔を上げる。
逃げのない目だった。
ラッジは、しばらく黙っていた。
帳面を見る。
棚を見る。
そして、シャウプを見る。
「……あんた」
低く呟く。
「本気だな」
「ああ」
即答だった。
◆
「……分かった」
ラッジは、短く言った。
「在庫は出す」
「ギルドと共有する」
「売り場の裁量も、任せる」
シャウプは、もう一度だけ頭を下げた。
「助かる」
その背中は、
ギルド長ではなく、
一人の人間のものだった。
◆
その夜。
ギルドの外で、伊勢は夜風に当たっていた。
そこへ、シャウプが現れる。
「……お前の言った通りだった」
「道具屋は、
頼まれ方を見ていた」
伊勢は、静かに頷く。
「押し付けでは、
動いてもらえません」
「だから……
お願いしました」
シャウプは、鼻で笑った。
「面倒な真似を」
「でも」
一拍。
「助かった」
◆
少し離れた場所で、
リリアは二人の背中を見ていた。
(……間に合った)
ギリギリだった。
本当に、紙一重だった。
それでも。
誰かが、最後まで諦めなかった。
その事実が、胸に温かく残る。
街の奥から、冒険者の笑い声が聞こえた。
生きて帰った声だ。
リリアは、そっと目を閉じた。
――今日は、守れた。
明日もまた、戦いは続く。




