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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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腹を括る、その前に

 ギルド長室の扉が閉まると、外の喧騒が一気に遠のいた。


 シャウプは椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。

 机の上には、会議で使われた資料がそのまま残っていた。


「……まだ、何も決まっちゃいない」


 独り言のように呟く。


 向かいの椅子に座る伊勢は、黙ってそれを聞いていた。

 今は、口を挟む時間ではない。



「供給が追いつかない」


 シャウプは、指で資料を叩く。


「冒険者を止めるわけにもいかない」


「採取者にも、農園にも、これ以上の無理は言えん」


 眉間に深い皺が寄る。


「――だが、動かなきゃ破綻する」


 その言葉には、焦りよりも重さがあった。


 伊勢は、しばらく沈黙したあと、静かに口を開く。


「ギルド長」


「何だ」


「今の時点で、

 完全に正しい選択肢はありません」


 シャウプは顔を上げる。


「分かってる」


「分かっているから、

 ここにいる」



「ですが」


 伊勢は、言葉を選んだ。


「“間違いを減らす選択肢”はあります」


 シャウプは、視線を逸らさず聞く。


「冒険者を止めない」


「供給側に無理をさせない」


「その両方を守ろうとすれば――」


 伊勢は、はっきり言った。


「ギルドが前に出るしかありません」


 シャウプは、低く唸った。


「それは……

 責任を全部、俺が被るということだ」


「はい」


 伊勢は否定しなかった。



「失敗すれば」


 シャウプは続ける。


「冒険者からも、採取者からも、

 文句が来る」


「最悪、信用を失う」


 伊勢は、少しだけ身を乗り出す。


「それでも」


 一拍。


「今、誰も決めなければ、

 もっと多くの人が困ります」


 シャウプは、拳を握りしめた。


 しばらく、何も言わない。


 窓の外で、旗が風に揺れる音がした。



「……伊勢」


 シャウプが、低い声で言う。


「お前は、怖くないのか」


 伊勢は、少し考えてから答えた。


「怖いです」


 即答だった。


「でも」


 言葉を続ける。


「誰かが決める瞬間に、

 誰かの隣に立つことはできます」


「それが、私の役目です」


 シャウプは、その言葉を噛みしめるように目を閉じた。



「……分かった」


 短い言葉だった。


 だが、そこに迷いはなかった。


「供給の“使い方”を変える」


「情報を整備する」


「撤退基準を共有する」


「ギルドが、冒険者の動きを“導く”」


 シャウプは、机に手をつく。


「結果は、俺が引き受ける」


 伊勢は、静かに頷いた。


「はい」



「だがな」


 シャウプは、伊勢を見た。


「この策は、

 まだ足りない」


 伊勢も理解している。


「……ええ」


「誰かが協力しなければ、

 現場は回らない」


 シャウプは、ため息をつく。


「道具屋が乗るかどうかも、

 まだ分からん」


 伊勢は、否定しなかった。


「はい」


「賭けですね」


「そうだ」


 シャウプは、苦笑した。


「久しぶりに、

 胃が痛くなる決断だ」



 その頃、廊下の窓際。


 リリアは、一人で外を眺めていた。


 空は、少しずつ夕焼けに染まり始めている。


(結論は……まだ)


 だが、不思議と胸の締め付けは弱まっていた。


 そこへ、シャウプが現れる。


「リリア」


「……はい」


「今日の判断」


 一瞬、身構える。


「よくやった」


 それだけだった。


 だが、その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。


「お前は、

 全部を見た」


「だから、

 決める役目は俺がやる」


 リリアは、深く息を吐いた。


「……ありがとうございます」


(任せていい)


 初めて、そう思えた。



 ギルドの外。


 伊勢とリリアが並んで歩く。


 空は、昨日より少し暗い。

 だが、足取りは重くなかった。


「……まだ、大変ですね」


 リリアが言う。


「ええ」


 伊勢は答えた。


「でも、

 動き出しました」


 リリアは、伊勢を見る。


 その横顔には、逃げない覚悟があった。


 まだ、協力者は揃っていない。

 まだ、成功も見えていない。


 それでも。


 決断だけは、下された。

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