じゃがいも
「大統領は、どうしてそんなに堂々とされてるんですか?」
「ん?それはやっぱり大統領だからじゃないかな。」
秘書はあわてて頭を下げて謝る。 別に怒ってなどいないが。面白い奴だ。
「愚問でした。申し訳ございませんでした。」「それより今日のスケジュールどうなってる?」
「この後、広場で演説がありますよね?その後は、うんぬんかんぬん。」
「よし。では、そのように手配したまえ。」「ハッ!かしこまりました。」
秘書は恭しく頭を下げた。
そんな彼に柔らかいまなざしを向けながら、大統領はつぶやいた。
「私とて、初めから威風堂々としていたわけではないがな・・・。」
「え?」「いや、何でもない。さあ、出発するぞ。」「はっ、かしこまりました。」
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その昔。
僕には好きな人がいた。
とても可愛くてきれいで勉強もできて性格も良くて面白くて人気者の彼女。僕などが手に届く人ではなかった。
とても告白なんてできない。でも、こんな人には二度と出逢えない。あきらめられない。
どうしたものかと、唯一の気のおけない友人にそのことを打ち明けた。
彼はしばらく考えてからこう言った。
「・・じゃがいもだと思えば?」
「じゃ、じゃがいも?」 「ああ。」 彼は笑いながら、しかし馬鹿にした様子など少しもなくうなずいた。
「どうせフラれるんだろ?だったらもう、彼女を”じゃがいも”か何かだと思って・・思い切りぶつかってこいよ。悔いの無いようにな。」
馬鹿にしてるのか、と最初は思ったものだが、なぜかその時の僕にはその言葉がストン、と胸に落ちたのだった。
3日後。 僕はとうとう彼女を捕まえると、自分の気持ちを打ち明けた。
僕に向かって振り向いた彼女は、まぶしく、鮮やかでいて、そして・・とても”じゃがいも”には見えなかった。
アドバイスをくれた友人に心の中で(馬鹿野郎。)と毒づきながら、僕は彼女に淡々と気持ちを伝える。
声がどんどん小さくなるのがわかる。いつのまにか彼女と目を合わせられず、下を向いている。しかし、どうせフラれるのだ。僕はひととおり、話し終えると勢いよく顔を上げた。
意外にも彼女は穏やかな表情を浮かべて僕を見ているのであった。(僕の話を最後まで聞いてくれた事自体にも実はびっくりしているが。)
「・・・・。」 そして、しばしの沈黙のあと。
次の言葉が出てこない僕の代わりに彼女が言った。
「そおねぇ~。まあ、あなたが将来、大物になれそうなら感じの男になったら、つきあってあげてもいいわよ?でっかい会社の社長とか・・ああ、そうだ。この国の大統領とかさ。」
小悪魔的でこれまでどんな相手も魅了(もちろんこの僕も。)してきたであろう笑みを浮かべた後、彼女は僕に背を向けてさっさと行ってしまった。
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演説は佳境に入っていた。
私は自身たっぷりに、そして時にユーモアを交えながら聴衆に向かって、公約をアピールし続けた。
熱狂する彼等を私は見つめる。
<あの日、夢を叶える決意をした時から、僕は変わった。>
目の前の景色は、おびただしい数の”じゃがいも”の群れで埋め尽くされていた。
そして帰りの車の中。
「やりましたね!さすが支持率80%超えの事はある。」
「はは、想定済みさ。」
秘書と話す私の携帯にふいに着信が入る。
妻からであった。
「・・ああ、そうか。もうすぐ着く。ああ、ああ、じゃあ切るぞ。」
「奥様でございますか?」
「ああ。今日は一緒に夕食を取ることになっていてな。待ちきれずに玄関の所で待っているらしい。」
「奥様も大喜びなのでしょうね。」
そのようだな、と私は素っ気なく答える。
先程と打って変わって、いくらかテンションが落ちた私に秘書がめざとく気が付いて言う。
「何かありましたか?」 私はそれにふぅー、とひとつ、ため息をついて答える。
「いや、何も。」
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官邸前で1台のベンツが止まる。
車を囲むようにして黒服のSPと思われる人物たちが周囲に目を光らせる。
報道陣もチラホラ。
やがて、しばらくすると車のドアがするりと空き、中から一人の男性が現れた。
彼はこの国の大統領であった。
車から降りた彼は官邸の入り口を無表情で見つめる。
そんな彼の目に映ったのは、大きな通用門を通り抜けた中庭の先にある玄関に続く小階段の所で彼を待つ、じゃがいもであった。
完




