玖拾玖 亜米利加県の分断④
「何じゃいワレェ!帰らんかいコラぁ!」
譲治はインターフォン越しに声を張り上げる。
……今日も、SDG教団とかいう新興宗教の勧誘だ。
民主組のお墨付きを得たとのことで、ここのところ毎日のように勧誘に来る。
「何じゃとコラぁ!こん差別主義者のバカタレがぁっ!これをよう読んで、頭ァ冷やして筋通さんかい、この罰当たりめがぁッ!」という罵声と共に無理やりドアの隙間からねじ込まれた、無駄に立派に製本された教団パンフを手に取る。
『持続発展真言』と、金文字で印刷されている。
譲治は、パラパラとページをめくってみる。
「なんじゃいこりゃあ……こんなモンで誰が得するっちゅうんじゃい。」
『一、多様性推進ノ真言:性自認は二つにあらず。人種・宗教・文化もまた定まらず。
あらゆる違いを争わず抱きとり、万象を拝し奉るべし。価値の衝突に遭わば、己が価値観を新たに産みかえるを功徳と知れ。』
「人それぞれの文化やら考え方を大事にせぇ、言うのはわかるで。
ほいだらウチら錆帯の文化も大事にしてくれんのやろなぁ?おォ?」
『二、環境安護ノ真言:汝、化石の火を断ち、脱炭素の行にて身を清めよ。
風と陽の気をいただき、環境を守り給え。樹脂は煩悩の権現、内燃機関は邪神の偶像なり。
山を開きて祭壇を築き、太陽光と風車の本尊を祀り、日々拝せよ。』
「プラスチックやら化石燃料を断てだァ?……この錆帯のモンのシノギが飛んでしまうわい。」
『三、移民歓請ノ真言:遠き地より来たる者、拒むことなかれ。彼らは地域を甦らす現人神なり。
衣食住を与え、崇め、共に生きよ。』
「移民は活力とな。余所者は安っすい給料でも文句言わず働くけェのォ。社長衆にはええじゃろが、ワシら労働者の活力が無くなっちまうわい。」
『四、大卒智光ノ真言:大学卒業の修行にて智の灯を継ぎ、ITの道と学びの道を日々磨け。
大卒の行を修めし者こそ、高僧として光を放つ。
その道こそ解脱への正しき次第なり。』
「ワシゃ大学なんぞ出とらんわい!……じゃけんど、溶接機握らせよったら誰にも作れんモンを作っちゃるわい。
なぁ……そんなワシには価値はないんか?」
『五、正義顕現ノ真言:不義を見れば差別と悟り、声を上げよ。
差別主義者を糾するは、己が業の浄化の修行なり。沈黙は罪なり。語らぬは共犯と知れ。』
「要はおどれらの価値観に合わん奴には差別主義者ってレッテル貼って糾弾せぇいうことじゃろ。対話もクソもあらへんがな。人民裁判にしかならんじゃろがい。」
譲治は、教団パンフを丸めると、ゴミ箱に叩き込む。
他にも、都市は革新と多様の浄土であるとした『都市浄土ノ真言』やら、企業は利益ではなく社会善を徳目の柱とせよと謳った『企業至善ノ真言』などのお題目が色々書かれていたのが見えたが……理想の社会以前に、失業して明日の生活に不安しかない譲治にはどうでもいいどころか、有害な内容だ。
……一体、民主組はどうしてしまったっちゅうんじゃ。こがぁバカタレ共のケツ持って、こんな田舎まで布教に回らせよって……。
SDG教団の教義をキッチリ実行すれば、譲治のような労働者の生活は厳しくなり、そして保守的な労働者が大切にしてきた伝統的な価値観を破壊し、愛する地元が変質することになる。
民主組は、もう労働者の味方ではないのか?
テレビを回すと、都市部の意識の高そうな学者や肩で風を切って歩くグローバルフロント企業の社員が、民主組への賛辞を口にしている。
譲治は、腹が立ってきてテレビを消す。
「……ワシの暮らしはのォ、こがぁバカタレ共に根こそぎ奪われよったんじゃ!
何じゃいワレら、立派な都会に住んで、かっこええ仕事しよるからっちゅうて、ワシらんこと舐め腐りよってからに!
それに民主組じゃい!先祖代々ケツ持ってもろうとった義理忘れよって、ワシらんこと見捨てるんか!?
──もうええわい!誰があがぁボケ共に頼るかい、アホンダラァ!」
譲治は絶望的な気分でソファに横になり、スマホをポチポチといじり始める。
……ん?こりゃ鳴門のオッちゃんじゃろ?……ほぉーん、共和組の親分さんになられたんかい。
SNS上で、『鳴門 虎靖』の話題が盛り上がっている。
亜米利加県有数の富豪であり、著名な芸能人でもある鳴門。
そして芸能界と裏社会の境界は曖昧であり、彼には極道としての顔もあったのだが……そんな彼が、共和組の組長を襲名したのだと言う。
「亜米利加県の労働者はのォ、捨てられたんじゃ無ァ。捨てよったんは、民主組と小浜の外道なんじゃけぇ!」
「都会のエリートだァ?あがぁ腑抜けどもが何じゃい!働く男を馬鹿にしよる外道共にシマぁ任せよったら、未来は無ぁ!」
「シマの境一つ余所者から守れんような組が、労働者の未来なぞ守れる訳がなかろうがい!」
そして必ず、こう言って言葉を結ぶ。
「ええかコラァ!安心せんかい!ワシが、この亜米利加組を、もっぺん『グレート』に叩き直しちゃるんじゃけェ!」
そのとき、譲治は雷鳴に打たれたような衝撃を受けた。
……鳴門の親分……!アンタじゃ!アンタこそ、ワシが探しとった、男の中の男の親分さんじゃけェ!
祖父の代からずっと民主組の義理先だった譲治。この日彼は、民主組に見切りをつけてケツを割り、共和組……もとい、鳴門組長個人を熱狂的に信奉するようになった。
そしてこれはなにも譲治に限った話ではない。
労働者の味方と信じてきた民主組に見捨てられたと感じている、労働者。
民主組は都市のエリートの方ばかり向いて、ワシらの地元はどうでもええんじゃと悲観する農村や小都市の住民。
性別っちゅうモンは産まれるときに家須の親分が筋通して決めよるモンじゃし、夫婦っちゅうのは男と女が家須の親分に盃降ろされてなるモンじゃろうがい、それ以外あるかいボケぇと、SDG教団の教義に真っ向対立し受け入れることのできない筋金入りの基督組の義理先。
これらのカタギ衆の心を、圧倒的なカリスマ性と、豪胆な啖呵で、鳴門組長はガッチリ掴んだ。
──既にカタギ衆の熱狂と民主組の熱狂が一致したことで進行するSDG教団のイデオロギー化。
これに輪をかけて、ここに新たな、ベクトルの違うイデオロギーの芽が出てきたのだ。
*****
物語は現在に戻る。
加州町の愚連隊同士の抗争。
MAGA聯合側で金属バットを振るっていた譲治は、ワゴン車の中で目を覚ました。
頭から流れていた血は、どす黒く固まり、着ていたシャツがパリパリになっている。
……あ〜あ、帽子、どっかいってしもうたわい……。
気ぃつきゃ、ワシの頭、スースーしよるけぇのォ……。
青驢馬會のチンピラに頭を殴られた際、鳴門組長のサイン入りの帽子はどこかへ転がっていったようだ。
……あの帽子が無ぁかったらのォ、もっとエグい怪我しとったじゃろうて。
鳴門の親分が、ワシの命、守ってくれたんじゃけェ。
譲治はそう思うこととし、帽子のことは諦めた。
──MAGA聯合と青驢馬會の抗争は、イデオロギーとイデオロギーがぶつかり合う宗教戦争だ。
カタギ衆の熱狂と、権力を握る極道が同じ方向を向いて熱狂したとき、その動きはイデオロギーとなる。
……それが、立て続けに2回も起き、対立するイデオロギーを生み出してしまった。
『環境・多様性・公平性・倫理』という価値観に基づいたイデオロギーを掲げる集団が青驢馬會なら、MAGA聯合は『共同体・誇り・怒り・鳴門組長への信奉』といった価値観に基づいたイデオロギーで動く。
どちらもイデオロギーだけに、どちらも『信仰』に近いもので、相手の話は聞かない。理詰めでデータを出そうが、感情に訴えて泣き落とそうが、届かないし響かない。『相手は悪の存在』というレッテルに基づいた道徳闘争になり、議論は成立しない。
これは理性ではなく、感情と信条でまとまった集団同士の抗争なのだ。
「……兄ィ、危ねぇとこ、手ぇ貸してもろうて、ホンマ助かりましたわ。
しっかし、カタギ衆同士でこがぁピリついとるの、ワシゃ初めて見ましたけぇ。
……まるで亜米利加県が、二つの別々の筋に割れとるみてぇなモンですわ。」
ハンドルを握る亜米利加組の若衆が助手席でタバコを吹かす兄貴筋に話しかける。
「あぁ、そういやワレ、まだ盃もろてから日が浅かったのォ。
……まぁ、たまにこがぁことも起きるけぇの。
ありゃのォ、『二つに割れた』っちゅう話じゃ無ぁて、『今までバラバラに散らかっとった考えが、二つの筋にまとまった』っちゅうこっちゃ。
……こりゃ、デカいヤマになるど。覚悟しときんさいや。」
兄貴筋の声は、少し不安が混じっている。
──亜米利加県は、別名『自由の県』と呼ばれる。
そこに住むカタギ衆も、基本的には一つにまとまりようのない多種多様の自由な考えを持ち、多層的な文化を形成しており、それが混じり合って亜米利加県の大衆文化を形作っている。
しかし…この多種多様な価値観の共通項で二つにまとまり、二陣営に分かれて『分断』することが稀に起きる。
北部亜米利加組と南部亜米利加組とに分かれて大抗争となった南北抗争。肌の色が引き金となった公民権抗争。越南組との抗争のさ中巻き起こった越南反戦抗争。
こういう二陣営に分かれる時は、亜米利加県の社会の基盤が揺れるほどの影響が毎回起きてきた。
「……ほんに、バカタレ共が手間ぁ掛けさせよるわい。
こがぁ内輪揉めでバカやっとる場合じゃなかろうが。
──頼んまっせ、おやっさん。このゴタゴタをまとめられるんは、おやっさん、アンタしかおらんのんじゃけぇ。」




