玖拾伍 阿弗利加地方の抗争⑦
「おお、鎌吉ィ!ちょうどええとこに来よったのぉ。
……挨拶せぇや。『一帯一路ファイナンス』の金立の旦那やで。
旦那、こいつがウチの若頭の鎌吉や。仏蘭組帰りで、中々見どころのある男やでェ。」
指を詰めて詫びようと懐になまくらのドスを忍ばせ、佐原組長の下へ参じた鎌吉。
なぜか佐原は、上機嫌だ。そしてその隣には、客人がいる。
「お世話になります、金立サン。ワシ、鎌吉言いまんねん。」
「いや〜、佐原の親分。こりゃまた随分と利発そうな、しっかりした若頭さんですなぁ。
あい、鎌吉サン。今後とも一つ、よろしく頼みますわ。」
そう言うと金立は、名刺を差し出す。
名刺には、中共組の代紋が印刷されている。
「……あの、ところでおやっさん、実はな、ちょいと話がありましてん……。」
鎌吉は、佐原組長に向き直り、機械が窃盗被害に遭ったことを報告する。
「ホンマ、すんません。ワシ、この上は……」
エンコ詰めてケジメ取りますさかいにと言いかけたところで、佐原は大きく笑う。
「ガハハハ、鎌吉ィ、あんなオンボロがナンボのもんやねん!
なんとなぁ、『一帯一路ファイナンス』さんがなぁ、ワシらの採掘のシノギが回るように面倒見てくれるっちゅう話やで!」
金立の話はこうだ。
まず、先立つモノがいると言うことで、それこそ目の玉の飛び出るような額のゼニを貸し付けてくれるそうだ。
そしたら、そのゼニを使って、鉱山を叩き直す。
チマチマと手で掘る代わりに、ドーンと一気に掘れる機械を買ってくる。
精製しないと売り物にならないので、精錬の設備を買ってくる。
精製した金を出荷しなければゼニにならないので、道路などの輸送インフラを整備する。
そしてこの辺りは治安が多く、ブツを狙った強盗も出るので、警備会社を雇う。
……そうすれば、この鉱山のシノギはグルグルと回りだし、あっという間にゼニを返せる、その後は莫大な利益を上げ、佐原組はこの地方を丸ごとシメる位の貫目の通った組になると言うのだ。
「え、マジかいな、おやっさん!そんなんできるんやったら、この佐原組、ここらの天下取れるで!
……あぁ、でもなぁ、おやっさん、無理やわ。ウチの若い衆、絶対そんなん難しいことできへんわ。」
機械を買ってくると言っても、そんな見たこともないモノを、どう選んでどこから買って来ればいいのか。それに買ってきたところで、絶対使えないし、維持管理もできない。
道路を作れと言われても、図面を引ける者もいなければ、計画を立てて工事を実行出来る者もいない。仮にいても設備や資材が盗難に遭い、工事にならないのは、今朝の機械の窃盗事件で身に染みてわかっている。
警備を雇うと言っても、チャカの在庫も心許無く若衆も頼りない自分たちにはとても出来ないし、他所の筋に頼もうにも、周りの組織は全員敵だ。
……所詮はこんなん夢物語やねん。鎌吉は、ため息をつく。
「あぁ、その点はご心配なく、鎌吉サン。
そうおっしゃるお客様も多いですからね。ウチでは、『ちゅうきょう安心パッケージ』を合わせてご案内しております。」
話を聞くと、至れり尽くせりだ。
鉱山の整備や、道路の建設などは『中共建設』が。
精錬設備や掘削機械などは、『中共重工』が。
警備は、『中共警備保障』が。
「うちは大きなグループですから、系列が厚いんです」と言うだけに、中共組のフロント企業各社が一から十まで手取り足取り全てお膳立てを整えてくれるのだと言う。
「ほぉん、そら助かるわぁ。
自慢やないけどな、ウチも荒くれ者ばっかりやから、そんなん難しいことわかる奴は、この鎌吉くらいしかおらんねん。
……鎌吉ィ、ちょいと金立の旦那とナシつけてくれや。」
……買いかぶらんでくれ、おやっさん。こんなん、ワシにだって分かるかぁい!
鎌吉は、半笑いで顔を引き攣らせる。
金立は、満面の営業スマイルで口をひらく。
「いやぁ、鎌吉サン。あんな立派な鉱山抱えて、羨ましい限りですわ。
はい、こちらが返済シミュレーションです。
ご契約から3年で操業開始。そこから徐々に生産を増やせば、5年で完済できるくらい、立派な鉱山ですよ、あそこは。……そのあとは、アガリはぜぇんぶ、佐原の親分のモンです。
そうなりゃアンタも、一家名乗り許されて、自分の組を持つのも夢じゃありませんなぁ。いやー、羨ましい羨ましい!」
金立は、中華フォントのパワーポイントで作られたプレゼン資料を取り出す。
仏蘭組を叩き出された時に買い込んだ数学の参考書。これは鎌吉の宝物だ。
シマに戻ってから、表紙がボロボロになるまで時間を見つけて勉強した。
……環境が悪かっただけで、地頭は悪くないのだ。そこに努力が積み重なり、今の鎌吉には義務教育修了程度の学力がある。
その鎌吉の目をもって見ると、この返済シミュレーションはとてもとても……完璧に見えた。
「おやっさん、数字見たんやけどな、この通りならおかしなところはなさそうやで。」
「おォ、ほうか鎌吉ィ!……ほな旦那、よろしゅう頼むで。」
佐原組長は、契約書に勢いよく判をつく。
金立の口角が、ニヤリと上がった。
*****
「なぁ、鎌吉の旦那ァ。
……アンタ、利息分だけでも昨日までに払うって言ってたよなぁ。
極道なら、吐いた唾は飲めねぇはずだろ。筋通せやコラ。」
──あれから6年後。鎌吉の目の前のソファには、金立がふんぞり帰って腰掛けている。両隣には、コワモテが無言で控えている。
「アァ、こりゃ金立の旦那ァ……。ウチも払わんとは言うとらんやろ。
せやけどなぁ……。」
額から汗を滴らせ、青い顔をした鎌吉は、しどろもどろになっている。
「あァ?そんならサッサと払えやコラ。借りたモンは返す、こりゃ常識だろうがよ。
……で、ゼニはどこなんだコラァ!」
金立は額に青筋を立てて怒声を浴びせる。
……あぁ、なんで……どないして、こんなことになってしもうたんや……。
『一帯一路ファイナンス』からゼニを借りて鉱山開発に乗り出した佐原組。
事前に受けていた返済シミュレーションでは今頃、完済して収益は全て佐原組に入り、ウハウハなはずなのだが……。
佐原組は、完全に返済に行き詰まっている。
契約から1年、道路工事が完了し、採掘資材が次々と運び込まれては……こなかった。
雨で道路が流されたのだ。
「こりゃもう一回道路を引き直さにゃなりませんなぁ。はいこれ、追加費用の見積もりです。」
鎌吉は、佐原組長と一緒にすっ転んだ。そしてその額にもう一度すっ転んだ。
「いや〜、最近はどこも物価が上がっとりましてな。嫌ならお宅さんで直されてもいいんですがね。どうされます?」
……そんなことを言われてもできるわけがない。佐原組は、渋々追加費用のローンを組んだ。
その後も、試しに掘ってみたら想定以上に地盤が固く、設備を改造しなければならないといい追加費用。
電力が足りないので発電所が必要と言われそれもまた追加費用。
灼熱の大地に焼かれ設備が壊れ、修理と耐熱改造のためにまた追加費用。
追加費用。追加費用。追加費用。
気がつけば、借入は当初の倍以上に膨らんでいた。
「旦那ァ……正直に言わしてもらうわ。ウチには、アンタに返せるゼニなんて、ホンマにあらへんのや。
……せやけどな、しゃーないやろ!あの鉱山、まだ動き出しとらんやんけ!」
鎌吉の悲痛な声が響く。
金立は、無慈悲に言う。
「あァ?寝言抜かしてんじゃねぇ!それがどうした。ウチは『5年』って期限で貸してんだぜ?
判ついたのはテメェらじゃねぇか!」
極め付けはこれだ。
工事は遅れに遅れ、3年で稼働開始するはずだった鉱山は、まだ1kgの金塊も吐き出していない。
だが、借金の返済は待ってくれない。
何なら、仮に予定通り稼働しても金の延べ棒は吐き出せない。
今、中共重工の社員がせっせと立ち上げている精製設備は、中間精製までしかできない。
最終精製の技術と設備は、中共組やその他列強筋がガッチリ握っている。
結局、佐原組は、仮に設備を動かせたところで、世界列島の目の肥えた連中に金塊を売りつけて莫大な利益を上げることはできず、中共組等にそこそこ安い値段で『金の延べ棒の材料』を買ってもらうしかない。
だからと言って、鉱山の収益以外に佐原組には借金を返せるアテはない。
……完全に、詰んでしまったのだ。
金立は、タバコを取り出して火をつける。
事務所の床に灰が落ちる。
「ま、ウチも鬼や悪魔じゃねぇ。アンタにゼニがないことくらい、分かってるよ。
……なぁ、あの鉱山、ウチに寄越せや。これで手打ちといこうじゃねぇか。
そしたら俺も、しょうがねえ。うちの親父にナシつけてやんよ。
オラ、さっさと権利書出せや。」
……くっ、これが狙いだったんかい!
鎌吉は歯噛みする。
一帯一路ファイナンスからの莫大な借金で行われた大規模な工事と、設備の買い物。
これらはほぼ全て中共組のフロント企業がやってしまったことで、貸したゼニは焦げ付く前に事実上中共組に還流される。
佐原組の手元には、借金だけが残る。
そして建設作業は遅々としてすすまず、追加費用だけがどんどん積み上がってゆく。
佐原組にはとても返せない金額に膨れ上がる。
最後は、借金のカタに、鉱山を取り上げる。
中共組は何の損もせず、佐原組だけが鉱山を巻き上げられた格好だ。
しかし、鎌吉にはもう、どうすることもできない。
忸怩たる思いで、鉱山の権利書を金立に差し出す。
「はい、毎度どうも、鎌吉の親分。じゃ、ちょっとウチの社長とナシつけますね。
今後とも、末長くよろしくお願いしますね。」
そう言うと、手のひらを返したような営業スマイルに戻った金立は、中共組の近平組長に電話をかける。
──『一帯一路ファイナンス』からの借金が膨れ上がったところで、佐原組長は『トんだ』。
仕方なく、鎌吉が佐原組の代紋を引き継ぎ、組長となったのだが……。
……オカン、笑うてくれや。ワシ、最後アンタに言うた通り、一家持ちになったったで。めっちゃ頑張ったんやで。偉いやろ。
せやけどな。せやけどな……。ワシ、なんでこんな辛いんやろか。涙出そうや。
教えてくれや、オカン。……ワシ、どっかで間違えたんか?
阿弗利加地方。ここはどこまで行っても、いつになっても、結局は列強筋の巨大暴力団組織の食い物にされる。
一部沿岸の『勝ち組ブロック』は、シーパワー列強筋の庇護下でそれなりの繁栄を見せるが、結局は『列強筋の許す範囲の』繁栄しか与えられない。
その範囲を超え、列強筋の覇権を脅かす力を付けた瞬間、今度は列強筋は全力で潰しにくる。結局は飼い殺しだ。
そして内陸の『負け組ブロック』は、シーパワー列強筋から見放され、ランドパワー列強筋に全てを収奪されて何も残らない。
というより、収奪型のシノギしか成立する余地がない。
地平線の先に広がる絶望の大地は、鎌吉の問いに答えることもなく、ただ土煙を立ち昇らせている。




