表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/100

玖拾四 阿弗利加地方の抗争⑥

「オラァ!そないなへっぴり腰でどないすんねん!喰わしてやった飯の分くらいは手ェ動かさんかい!」

鎌吉かまよしの怒号が飛ぶ。

鉱山を手に入れた佐原組。ゴロツキを集めてタコ部屋を立ち上げ、採掘に乗り出した。

ボロボロの布切れを纏い、碌な安全装備もないやせ細ったゴロツキが、生気のない顔でツルハシを振るっている。

鎌吉かまよしは、仏蘭ふらんす組での経験や、猛勉強して周りの若衆より頭一も二つも抜きん出て賢くなったこともあり、若頭に指名され、今はこうしてタコ部屋に詰めるゴロツキを管理している。


「ガハハハ!鎌吉かまよしィ!わりゃ、だいぶ極道らしくなってきたやんか。」

視察に訪れた佐原さはら組長が、上機嫌に笑う。

……鎌吉かまよしは、吹っ切れた。

根っからの悪人ではない鎌吉かまよしではあったが、この阿弗利加あふりか地方の理不尽、不公平は、その心の底にわずかに残っていた良心を枯れさせ、極道としてとことんやってやると決意させるには十分だった。


肚を決めた鎌吉かまよしは、先日、彫師の先生を呼んだ。

まだ筋彫りの段階だが、腰回りには深い、絶望を象徴するような、乾いてひび割れた大地を行進する骸骨。

そして背中には、どこに向けたらよいのか分からない怒りを象徴するような、恐ろしげな表情の般若の面が睨みつけている。


『オウ、鎌吉かまよしィ!わりゃ、随分と男前になったやん!

色が入ればお前も一端の極道や!』

佐原さはら組長は褒めてくれたが、鎌吉かまよしは少しさびしさのような物を感じつつ、痛む背をいたわり横になっていたのが、つい数週間前のことだ。


「ところで……どや?ブツは出てきよったか?」

「ご苦労様です、おやっさん。……ほな、いっちょ、下に潜った連中、引き揚げてみますかい。」

「せやな、もう頃合いやろ。ほな引き揚げたらんかい。

……見さらせ、ええブツが上がっとったら、景気ようバーンと叩き割ったるで!」

佐原さはら組長は若衆に指示を出し、乗ってきたオンボロトラックの荷台から、酒樽と杵を下ろさせる。

「おし、引けェ、鎌吉かまよしィ!」

佐原さはら組長の号令を受け、鎌吉かまよしは、金剛組が残していった古めかしい蒸気エレベーターを操作する。

仏蘭ふらんす組時代に曲がりなりにも機械を操作していたこともあり、鎌吉かまよしはエレベーターの操作役だ。


……最初、佐原さはらにこれを使えと無茶振りされた際には途方に暮れたが、使い方は捕まえた金剛組の組員にヤキを入れて聞き出した。

碌に油も注していない、労災まっしぐらのむき出しの巨大な歯車がギシギシと軋み、うなりを上げる。


ガチャガチャと騒音をまき散らす機械越しに、生気なくツルハシを振るうゴロツキを眺める。

胸の奥で小さく何かが疼くのを感じたが、それを振り払う。

……オカン、ワシゃまだ一家持ちには程遠いけんどな、もう若頭や。ちぃとは偉うなったんやで……。

見てくれや、ワシ、こんだけデカいシノギ回すようになったで。

顔を上げると、機械がエレベーターを巻き上げる間、鎌吉かまよしはぼーっと空を見る。


「……アホ―ッ!なにボケっとしとんねん!ブレーキ!!」

佐原さはら組長の怒鳴り声が響く。鎌吉かまよしは我に返り、慌ててブレーキのレバーを引く。

キーッと耳をつんざくようなブレーキ音が響き、ガコンと石ころを満載した籠が急停止する。

鎌吉かまよしは、事故にならなかったことに胸を撫で下ろす。


「どや?ワシのゴールドちゃんはどこや?」

周りに群がるゴロツキを押しのけ、佐原さはら組長が期待に顔を輝かせて前に出る。

……しかし、その期待はすぐに失望に変わる。

「……何やねん、この石っころは?……ワレボケぇ!下手ぁ打ちよったんかコラァ!

誰がこんなガラクタ上げろ言うたんじゃい!あァ?」

さっきまで上機嫌で笑っていた佐原さはらの顔が、一瞬で般若のように歪む。

そして物凄い剣幕で穴に潜っていたゴロツキをどやしつける。


鎌吉かまよしは、その石ころの一つを手に取る。

……太陽の光を反射し、金色に輝く金属が紛れている。

「おやっさん……こいつを見てつかぁさいや。……ひょっとしてコレ、金ちゃいますかね?」

ゴロツキの首を絞めていた佐原さはらが手を放し、鎌吉かまよしの元に駆け寄る。

「……ほぉ……せやなぁ。しっかし、こんなチンケな欠片じゃ、ゼニになる言うてもたかが知れとるがな……。」


鎌吉かまよしは考える。

……この欠片、光り方は仏蘭組で世話んなった時、老蘭ろうらんのおやっさんが付けとった金バッジと一緒に見えんねん。

もしかして、この石ころ、手ェ加えて叩き直したらなアカンのか……?


──鎌吉かまよしの直感は正しい。

高値で売買される金塊、あれは金鉱石を精製して、国際規格の高純度の金塊にしてやらないと、買い手が付かないか、値段が付いたとしても二束三文にしかならない。

資源は、堀っただけでは意味がない。精製する技術がないと、それで富を生むことはできないのだ。

当然、佐原さはら組には、そんな技術も設備もない。


「ところで、反対の方に掘ったら、キンキラキンの塊がドカっと……」

諦めきれず佐原さはら組長は聞く。

「なかったです。」

潜っていたゴロツキは、佐原さはらの言葉を遮り、即答する。


佐原さはらは、大きくため息をつくと、オンボロトラックに帰っていく。

「ボイラーの火ぃ落とさんかい!……ったく、油代がパーになるわ。

今日は酒の振る舞いはナシや!」

そう言うと、若衆に酒樽を荷台に戻させ、組事務所に帰っていった。


佐原さはらのトラックの去っていく方角に土煙を見ながら、鎌吉かまよしはため息と共に、ブシューっとエレベーターの蒸気を抜いた。


*****

「な、なんやこれぇぇッ!!」

翌朝、タコ部屋に戻った鎌吉かまよしは、驚愕してへなへなとその場に座り込む。

昨日あれだけガチャガチャ言いながらせっせと仕事をしていた蒸気エレベーターが、乱暴に分解され、部品をむしり取られていた。

その隣には、佐原さはら組の若衆がこと切れて倒れている。

「ワレ、武藤坊むとうぼう!返事せんかい!どこの組のモンにやられたんや!」

武藤坊むとうぼうは、鎌吉かまよしの舎弟だ。先週兄弟盃を交わしたばかりだ。


しかし今はそれどころではない。この機械は佐原さはら組のシノギの源泉。

武藤坊むとうぼうの目を閉じさせると、機械の下へ駆け寄る。

「こりゃあ……もうダメや……。」

酷い有様だ。部品が半分ほど無くなっており、とても直せそうにない。

そして仮に部品があっても、鎌吉かまよしに直せるわけがない。

途方に暮れていると、背後でガタリという音がする。

振り返ると、小屋の陰に隠れていたらしいゴロツキが、怯えた様子で立ちすくんでいる。


「ワレェコラぁ!一体何があったっちゅうねん!テメェの仕業かい!こんな滅茶苦茶に荒らしよって、指詰めさすでボケぇ!」

鎌吉かまよしはゴロツキの肩をガタガタ揺すりながら怒鳴りつける。

「か、カシラぁ!……ちゃいますねん!昨日の夜な、他所の筋のアホ共がカチ込んで来よったんですわ……。」

額に脂汗を浮かべながら、必死で弁明するゴロツキ。

昨晩、強盗が入り、金目の部品を根こそぎ持っていったのだという。


──これもまた、鎌吉かまよしの故郷がうまくいかない理由の一つだ。

治安が悪いなんてもんじゃない。建築現場に資材などを置いておけば、根こそぎ持っていかれる。

重機なども、真っ先に盗まれてどこかで売り飛ばされる。

こんな有様なので、インフラ建設などもいっこうに進まない。

だから、膨大な若者を雇うことのできる公共事業シノギも、立ち上げることができない。


当然、鎌吉かまよしもその辺の事情は分かっていたので、舎弟を警備に付けていたのだが……その舎弟は、無残な姿となった機械の隣で、胸から血を流している。


鎌吉かまよしは、左手に目をやる。仏蘭組を破門となった際に、小指は詰めたので、残っていない。

……次はどのエンコ詰めたらええねん……。

暗澹とした気持ちで、佐原さはらの下へ詫びに向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ