玖拾四 阿弗利加地方の抗争⑥
「オラァ!そないなへっぴり腰でどないすんねん!喰わしてやった飯の分くらいは手ェ動かさんかい!」
鎌吉の怒号が飛ぶ。
鉱山を手に入れた佐原組。ゴロツキを集めてタコ部屋を立ち上げ、採掘に乗り出した。
ボロボロの布切れを纏い、碌な安全装備もないやせ細ったゴロツキが、生気のない顔でツルハシを振るっている。
鎌吉は、仏蘭組での経験や、猛勉強して周りの若衆より頭一も二つも抜きん出て賢くなったこともあり、若頭に指名され、今はこうしてタコ部屋に詰めるゴロツキを管理している。
「ガハハハ!鎌吉ィ!わりゃ、だいぶ極道らしくなってきたやんか。」
視察に訪れた佐原組長が、上機嫌に笑う。
……鎌吉は、吹っ切れた。
根っからの悪人ではない鎌吉ではあったが、この阿弗利加地方の理不尽、不公平は、その心の底にわずかに残っていた良心を枯れさせ、極道としてとことんやってやると決意させるには十分だった。
肚を決めた鎌吉は、先日、彫師の先生を呼んだ。
まだ筋彫りの段階だが、腰回りには深い、絶望を象徴するような、乾いてひび割れた大地を行進する骸骨。
そして背中には、どこに向けたらよいのか分からない怒りを象徴するような、恐ろしげな表情の般若の面が睨みつけている。
『オウ、鎌吉ィ!わりゃ、随分と男前になったやん!
色が入ればお前も一端の極道や!』
佐原組長は褒めてくれたが、鎌吉は少しさびしさのような物を感じつつ、痛む背をいたわり横になっていたのが、つい数週間前のことだ。
「ところで……どや?ブツは出てきよったか?」
「ご苦労様です、おやっさん。……ほな、いっちょ、下に潜った連中、引き揚げてみますかい。」
「せやな、もう頃合いやろ。ほな引き揚げたらんかい。
……見さらせ、ええブツが上がっとったら、景気ようバーンと叩き割ったるで!」
佐原組長は若衆に指示を出し、乗ってきたオンボロトラックの荷台から、酒樽と杵を下ろさせる。
「おし、引けェ、鎌吉ィ!」
佐原組長の号令を受け、鎌吉は、金剛組が残していった古めかしい蒸気エレベーターを操作する。
仏蘭組時代に曲がりなりにも機械を操作していたこともあり、鎌吉はエレベーターの操作役だ。
……最初、佐原にこれを使えと無茶振りされた際には途方に暮れたが、使い方は捕まえた金剛組の組員にヤキを入れて聞き出した。
碌に油も注していない、労災まっしぐらのむき出しの巨大な歯車がギシギシと軋み、うなりを上げる。
ガチャガチャと騒音をまき散らす機械越しに、生気なくツルハシを振るうゴロツキを眺める。
胸の奥で小さく何かが疼くのを感じたが、それを振り払う。
……オカン、ワシゃまだ一家持ちには程遠いけんどな、もう若頭や。ちぃとは偉うなったんやで……。
見てくれや、ワシ、こんだけデカいシノギ回すようになったで。
顔を上げると、機械がエレベーターを巻き上げる間、鎌吉はぼーっと空を見る。
「……アホ―ッ!なにボケっとしとんねん!ブレーキ!!」
佐原組長の怒鳴り声が響く。鎌吉は我に返り、慌ててブレーキのレバーを引く。
キーッと耳をつんざくようなブレーキ音が響き、ガコンと石ころを満載した籠が急停止する。
鎌吉は、事故にならなかったことに胸を撫で下ろす。
「どや?ワシのゴールドちゃんはどこや?」
周りに群がるゴロツキを押しのけ、佐原組長が期待に顔を輝かせて前に出る。
……しかし、その期待はすぐに失望に変わる。
「……何やねん、この石っころは?……ワレボケぇ!下手ぁ打ちよったんかコラァ!
誰がこんなガラクタ上げろ言うたんじゃい!あァ?」
さっきまで上機嫌で笑っていた佐原の顔が、一瞬で般若のように歪む。
そして物凄い剣幕で穴に潜っていたゴロツキをどやしつける。
鎌吉は、その石ころの一つを手に取る。
……太陽の光を反射し、金色に輝く金属が紛れている。
「おやっさん……こいつを見てつかぁさいや。……ひょっとしてコレ、金ちゃいますかね?」
ゴロツキの首を絞めていた佐原が手を放し、鎌吉の元に駆け寄る。
「……ほぉ……せやなぁ。しっかし、こんなチンケな欠片じゃ、ゼニになる言うてもたかが知れとるがな……。」
鎌吉は考える。
……この欠片、光り方は仏蘭組で世話んなった時、老蘭のおやっさんが付けとった金バッジと一緒に見えんねん。
もしかして、この石ころ、手ェ加えて叩き直したらなアカンのか……?
──鎌吉の直感は正しい。
高値で売買される金塊、あれは金鉱石を精製して、国際規格の高純度の金塊にしてやらないと、買い手が付かないか、値段が付いたとしても二束三文にしかならない。
資源は、堀っただけでは意味がない。精製する技術がないと、それで富を生むことはできないのだ。
当然、佐原組には、そんな技術も設備もない。
「ところで、反対の方に掘ったら、キンキラキンの塊がドカっと……」
諦めきれず佐原組長は聞く。
「なかったです。」
潜っていたゴロツキは、佐原の言葉を遮り、即答する。
佐原は、大きくため息をつくと、オンボロトラックに帰っていく。
「ボイラーの火ぃ落とさんかい!……ったく、油代がパーになるわ。
今日は酒の振る舞いはナシや!」
そう言うと、若衆に酒樽を荷台に戻させ、組事務所に帰っていった。
佐原のトラックの去っていく方角に土煙を見ながら、鎌吉はため息と共に、ブシューっとエレベーターの蒸気を抜いた。
*****
「な、なんやこれぇぇッ!!」
翌朝、タコ部屋に戻った鎌吉は、驚愕してへなへなとその場に座り込む。
昨日あれだけガチャガチャ言いながらせっせと仕事をしていた蒸気エレベーターが、乱暴に分解され、部品をむしり取られていた。
その隣には、佐原組の若衆がこと切れて倒れている。
「ワレ、武藤坊!返事せんかい!どこの組のモンにやられたんや!」
武藤坊は、鎌吉の舎弟だ。先週兄弟盃を交わしたばかりだ。
しかし今はそれどころではない。この機械は佐原組のシノギの源泉。
武藤坊の目を閉じさせると、機械の下へ駆け寄る。
「こりゃあ……もうダメや……。」
酷い有様だ。部品が半分ほど無くなっており、とても直せそうにない。
そして仮に部品があっても、鎌吉に直せるわけがない。
途方に暮れていると、背後でガタリという音がする。
振り返ると、小屋の陰に隠れていたらしいゴロツキが、怯えた様子で立ちすくんでいる。
「ワレェコラぁ!一体何があったっちゅうねん!テメェの仕業かい!こんな滅茶苦茶に荒らしよって、指詰めさすでボケぇ!」
鎌吉はゴロツキの肩をガタガタ揺すりながら怒鳴りつける。
「か、カシラぁ!……ちゃいますねん!昨日の夜な、他所の筋のアホ共がカチ込んで来よったんですわ……。」
額に脂汗を浮かべながら、必死で弁明するゴロツキ。
昨晩、強盗が入り、金目の部品を根こそぎ持っていったのだという。
──これもまた、鎌吉の故郷がうまくいかない理由の一つだ。
治安が悪いなんてもんじゃない。建築現場に資材などを置いておけば、根こそぎ持っていかれる。
重機なども、真っ先に盗まれてどこかで売り飛ばされる。
こんな有様なので、インフラ建設などもいっこうに進まない。
だから、膨大な若者を雇うことのできる公共事業シノギも、立ち上げることができない。
当然、鎌吉もその辺の事情は分かっていたので、舎弟を警備に付けていたのだが……その舎弟は、無残な姿となった機械の隣で、胸から血を流している。
鎌吉は、左手に目をやる。仏蘭組を破門となった際に、小指は詰めたので、残っていない。
……次はどのエンコ詰めたらええねん……。
暗澹とした気持ちで、佐原の下へ詫びに向かった。




