玖拾参 阿弗利加地方の抗争⑤
「ガハハハ、そりゃ見事に下手ぁ打ちよったなァ、ワレぇ!」
佐原組の組長、佐原が豪快に笑う。
不本意ながら故郷に帰った鎌吉。結局やることもなく、地元の暴力団組織、佐原組に入ることになった。
鎌吉の故郷は、一応『金剛組』が各地の暴力団組織と国交盃を交わし、この地方をシメる組織として認められてはいるのだが……実態は、この佐原組のような地方暴力団組織が群雄割拠し、さながら戦国時代のような状況になっている。
カタギも、金剛組など眼中になく、ミカジメも金剛組ではなく佐原組に支払っている。
地元に帰った鎌吉。母親には、合わせる顔がなかった。というか、顔を合わせたくとも母親はもういなかった。
愚連隊の抗争に巻き込まれて、鎌吉が出て行った後すぐに、腰の悪かった父親と一緒に亡くなったのだという。
……抗争、疫病、飢え死に。この地方では、他の地域では考えられないような勢いで、全年齢が平等に死んでゆく。しかし、それと同じ位に新しい命も生まれていくので、この地方の人口ピラミッド──年齢別の人数を割り出し、棒グラフにまとめたモノ──は、綺麗な三角形を描く。
これは、働き手となる若者が圧倒的に多く、成長すれば働き手となる子供はさらに多く、なのに養わねばならずゼニがかかる老人が少ない、成長を約束された筋の通った形だ。
……それなのに、いつまで経っても『人口ボーナス』が発動しない理由は前に書いた通りだ。
母を失い、天涯孤独となった鎌吉には他に生きる術もなく、当然シノギもなく、流れ着いた先が佐原組だったのだ。
「それにしてもお前、工場なんぞでチマチマとブツをこしらえとったって、どんなショボい根性さらしとんねん!
……あんなぁ、そんなことせんでも、ワシらのシマなら、パッとええゼニになる、ボロいシノギがあるやろ?」
「エッ?そりゃ一体何ですのん?おやっさん?」
鎌吉にはにわかに信じられない。そんな旨いシノギがあるなら、なぜ自分を含め、これだけの若者が職にあぶれ食うや食わずの生活をしているのか。
「ええか、このシノギはな、仏蘭組やら独逸組の連中には絶対できひん、ワシらのシマだからできるシノギやねん。……わりゃ運がええで、鎌吉。
そのシノギっちゅうんはな──資源や。」
──阿弗利加地方内陸部の地下には、金や銅、ダイヤ、白金、リチウム、コバルトなど、目の肥えた極道からすれば垂涎モノの鉱物資源が眠っている。
これを掘り出して捌けば、列強筋の極道達は言い値で買っていく。
「はぁ〜、なるほど。おやっさん、ワシ、そないに立派なブツがワシらの足元に埋まっとる思わなんだですわ!
お袋が畑いじりしとった時のシャベル、家の軒下にまだ転がっとるはずでっさかい、今から持ってきまっさ!」
鎌吉は目から鱗が落ちた気がして、立ち上がる。
「ワレ、ちぃと待たんかいコラ。……まったく若いモンは血の気が多うてアカンわ。
お前の足元なんぞ、どんだけガシガシ掘りくさっても、そないなモン出てくるかいな。
ブツがあるのはなぁ……あの山や。」
そう言うと、佐原組長は窓の外の禿山を指差す。
鎌吉は、身震いする。
「お、おやっさん……あそこって……。」
「オウよ。『金剛組』の外道共が詰めとるわな。」
「カチ込むっちゅうことっすな。……勝てますん?」
「無理やな。」
鎌吉はずっこけそうになる。
……ダメやん!
しかし、佐原組長は平然とタバコを取り出す。
「おう、ワレぇ、親分がタバコ出したら火ぃつけんかい!仏蘭組で所作ぁ叩き込まれんかったんかいな!」
アッ、スンマセンと言いながら、鎌吉はライターを取り出し佐原のタバコに火をつける。
煙を吹き出し、佐原は口をひらく。
「……ま、ワシらが勝てんでもええんよ。
──なァ、先生!」
部屋の奥から、スキンヘッドの男が出てくる。
「挨拶せぇ、鎌吉ィ。倭求煉組の降小路組長や。」
──倭求煉組。これは、稀代の武闘派ヤクザ、降小路が旗揚げした、露西亜組の二次団体だ。
露西亜組には、赤軍組という世界列島でも3本の指に入るような武闘派ヤクザ集団が他にいるのだが、この倭求煉組は、赤軍組が大っぴらに動けないような裏の汚れ仕事を片付ける、暗殺者集団だ。
「話は聞いたぜ佐原ァ。あんなチンケな山の一つや二つ、俺らの手にかかりゃ、イチコロよ。」
そう言うと降小路は、防弾ベストをスーツの下に着込み、チャカのスライドを引くと、表に止まっている高級車に乗り込んで、行ってしまった。
事務所の窓から眺めていると、先ほど佐原組長の指差した鉱山のあたりに、爆煙が立ち上る。
「うっわ、えげつな……。」
爆発に驚き、佐原組長から双眼鏡を借りて窓の外を見ていた鎌吉は、戦慄する。
……小遣いを渡して連れてきたであろうその辺のゴロツキにドスを突き付け、敵の金剛組の若衆が潜んでいるであろう辺りに突撃させる。
金剛組側の狙撃に倒れるゴロツキ。これで敵の居場所を掴んだ倭求煉組の若衆が、その方角に鉛弾やら手榴弾やらロケット弾の雨を降らせる。
そして味方だったゴロツキの屍を踏み越え、次々と金剛組の若衆を仕留めていく。
金剛組は腰砕けになり、方々に散っていくが、そこにも容赦なくチャカを向け、殲滅していく。
「ホンマに、降小路の親分だけは、敵に回したくないわな。
ええか鎌吉ィ。ああいうのには逆らわず、飴を舐めさせて味方でいてもらうっちゅうんが、長生きの秘訣やで。」
ソファにだらしなく座り、タバコの煙を燻らせながら佐原組長が意味深なことを言う。
ものの数時間で降小路組長が帰ってきた。
至る所に返り血を浴び、一体どんな闘い方をしてきたのだろうと鎌吉はブルっと震える。
「佐原ァ。片付いたぜ。
で、『支払い』だが……どうせテメェら、ゼニなんて持ってねぇだろ。
──半分貰うぜ。」
「へぇ、ようがす、降小路の親分。いつも世話になりますわ。
──ほなここに、判ついたらええんですな?」
そう言うと、佐原組長は、降小路が差し出した血まみれの権利書の束に判をつく。
佐原組が、倭求煉組を雇う。
倭求煉組が、鉱山をシメる金剛組をカチ込んで叩き出す。
金剛組がいなくなった鉱山を、佐原組と倭求煉組で山分けする。
倭求煉組は、鉱山のアガリを上納金として露西亜組に流す。
これが、佐原組長の言う、「資源を使ったシノギ」の全貌だ。
降小路組長を見送る鎌吉。
恐ろしいことに気が付き、背中に嫌な汗が流れる。
……ええと、今回の出入りで、倭求煉組にはウチのシマの山、半分取られちまったんよな。
って事は……。
──倭求煉組は、義理と人情から佐原組に助太刀しているわけではない。
鉱山の利権で繋がっているだけだ。
今回、金剛組を叩き出して、連中は半分鉱山を持っていった。佐原組の手元に残ったのは半分だ。
しかしこの地域、佐原組のような地方暴力団組織が群雄割拠している戦国時代のような状況だ。
明日は、別な筋の輩が、佐原組の押さえた鉱山に、倭求煉組と組んで襲い掛かってくるかもしれない。
……そうすると、もう半分の半分を倭求煉組に差し出すことになる。
それがもう一回続くと、もう半分の半分の半分、さらにもう一回続くと、もう半分の半分の……。
……アアッ!最後にはワシらの手元には、なぁんにも残んなくなるやんか!
降小路組長の車が上げる土煙を見ながら、鎌吉はガクガクと膝を震わせていた。




