玖拾壱 阿弗利加地方の抗争③
「……無理やわ。」
工場を叩き出された鎌吉は、トボトボと家路を歩いている。
今日の自分の失敗に落ち込んでいるだけではない。……故郷の将来に、気づいてしまったのだ。
『人口ボーナス』にある鎌吉の故郷。
これを活かせる、大量の若者を捌けて、しかも割りのいいシノギなど、製造業を置いて他にはない。
しかし、村に工場を建てれば、『人口ボーナス』が発動して、故郷は豊かなシマになる……話はそんな単純ではないのだ。
若者の数は確かに多い。しかし、『工場で働けるだけの学がある』若者は、殆どいない。
『人口ボーナス』の発動には、若者人口と製造業の他、『工場のシノギをこなせる基本スキルを身に付ける教育』が絶対に必要なのだ。
他にも物流や治安、電力などのインフラという要素も必要だが、結局はこの『教育の崩壊』、これを何とかしないことには、鎌吉の故郷が『人口ボーナス』をモノにして仏蘭西県のように発展する日は、永久に来ない。
鎌吉が一瞬夢描いた、『故郷にフロント企業の工場を旗揚げして本家の直参になる』という夢は、儚くも散っていった。
「こんなん、不公平やん……。」
鎌吉は絶望的な気持ちになる。
工場で鎌吉の仕事を代わった西越からは、地元の肯尼亜県のことを聞いていた。
ここは亜米利加組はじめ、欧州筋の暴力団組織や旭日組等のシーパワー列強筋が全力で庇護下に置き、援助する。
何故なら、そこはシーパワーの生命線である、シーレーンに睨みを利かせる要衝。
教育の破綻からシマが乱れれば、同時に列強筋の生命線がそこで途切れるということになる。
当然、ゼニに糸目をつけず支援するし、そのために必要とあらば学校どころか港やら発電所やら、社会を安定させるインフラから何から、まとめて丸ごと作る。
『勝ち組ブロック』出身の西越は、この列強筋が全力で作り上げた教育システムの中で学んできた。だから、ブツづくりのシノギも、余裕でこなせる。
対する鎌吉の故郷。列強筋の援助と言えば、たまに渡世人が鉛筆やノートを持って来て、その後井戸を掘って写真を撮って帰っていく位だ。
助かることは助かるし、全く意味がないとは言わないが、教育の崩壊の本質は社会のシステムの不全だ。鉛筆や井戸では、どうしようもない。
全力でゼニをぶち込み、時間をかけて社会を作り替えていくことが必要だが、そんなことは鎌吉の地元をシメている組には、やるゼニも意思も力もない。
そして列強筋にとっても、それだけのゼニとリソースをぶち込んで鎌吉の地元を建て直す動機はない。メリットが無いのだ。
だから、鎌吉達が基本スキルを身に付けられる環境は、永久に整わない。
だから、鎌吉達の地元は『人口ボーナス』発動の条件が永久に整わず、シノギはない。
だから、鎌吉達は他所のシマを目指す。
実際、仏蘭組に流れ着く渡世人は、西越のような『勝ち組ブロック』出身者ではなく、鎌吉のような『負け組ブロック』出身者が圧倒的だ。
少子化で細るシノギは、他所のモンで補えばええやん……
そんな、老蘭の期待とは裏腹に、鎌吉達、他所の筋からの渡世人は、仏蘭組のシノギには何の役にも立たなかった。
*****
鎌吉は、六畳一間のアパート、『伴龍荘』でボーっとしている。
目の前には、組から支給された小遣いのユーロ代紋札が並べてある。
……情けねぇ。
仏蘭組の盃を貰ってデカいシノギを回してぎょうさんゼニを稼ぐ。カーチャンとの別れの時、簡単に考えていたが、現実は厳しかった。
ブツづくりのシノギでは兄貴分に見限られた。その後、別な兄貴分が色々なシノギを回してくれたのだが……何一つ、上手くいかない。
読み書き計算といった基本スキルが必要なシノギは、なにもブツづくりだけではない。
ブツの売人をやるにはゼニ勘定が出来なければならないし、配達人をやるには地図が読めなければならない。
仏蘭西県は、大衆がシッカリとした義務教育を受けているという前提のもとに社会が設計されている。
鎌吉達のように、学ぶ機会を得られなかった者がシノギを回せるようには、そもそも出来ていない。
結局、鎌吉は、夢見たように大金を稼ぐどころか、こうやって兄貴筋が出してくれる小遣いと、たまにあるごく簡単だがきつくて単価の安いシノギでチマチマと小銭を稼いで日々の生活をしのいでいた。
……とても、組への上納金どころではない。
その点、老蘭組長は辛抱強く待ってくれている。
鎌吉は気持ちを切り替えると、床に並べたユーロをポケットに突っ込み、小遣いで手に入れた算数ドリルに手を伸ばした。
……これが分かるようになれば、また兄貴もワシを稼ぎのええシノギに使うてくれる。おやっさんもワシを見直してくれるんや。
工場のシノギで下手を打った鎌吉。学がないことには、ここ仏蘭西県では生きていけないことを悟った。
しかし、故郷との違いは、ここでは学ぼうと思えばいくらでもその材料が手に入る。
鎌吉には、本屋の店先にあった参考書が、自分を地獄から救う釈迦牟尼仏の蜘蛛の糸に見え、迷わず買った。それ以降、こうして毎日勉強をしている。
暖かく見守ってくれる老蘭のにこやかな笑顔を思い浮かべながら、ぎこちない手つきで鉛筆を走らせる。
アパートのドアをドンドンと叩く者がいる。
勉強を一時中断し、鎌吉はドアを開ける。
……すると、同じアパートに住む同郷の若衆、寄府が上機嫌で立っていた。
「入るでワレェ!」
寄府はズカズカと上がり込んでくる。
……その手には、女物のバッグが握られている。
鎌吉は嫌な予感がする。
「寄府……お前、それ自分の趣味ちゃうよな?
なぁにしよったんやコラ!」
「あぁ、これかい。……ちぃとな、そこの通りでタタキかましたんや。
どや?チョロいモンやろ?」
寄府は得意そうにバッグを開け、中身を床にぶちまける。
なんと、寄府はカタギ相手に強盗を働いたのだと言う。
鎌吉は背中に嫌な汗が滲み出るのを感じる。
……馬鹿野郎!おやっさんが言うとったやろ!『カタギには絶対迷惑かけんな』って!
「ん?どないしたんや鎌吉ィ?
……おッ、これ最新型やんけ。売り飛ばすか、ワシがそのまま使たるか……こら迷うとこやのぉ。」
真っ青な顔で手を振るわせている鎌吉をよそに、スマホを撫で回している寄府には全く罪悪感がないように見える。
──阿弗利加地方の『負け組ブロック』の県。膨大な若者の人口を抱えているが、その受け皿となるシノギがない。
シノギがなくても腹は減る。そう、彼らにとって、強盗やコソ泥は、生き残るためのシノギの一つなのだ。
そして当然、鎌吉のように故郷の治安と仏蘭西県の治安の違いを認識し、こちらの任侠の筋を通して生きていこうとする者がいる一方……一定数、どうしても、こちらの流儀を理解できず地元と同じ感覚で振る舞う者は出てきてしまう。
鎌吉は、寄府の頬に鉄拳を喰らわせる。
「アホか寄府!テメェ、おやっさんの言うたこと忘れとんのかい!
カタギに手ぇ出すとか、何さらしとんじゃボケ!
……ワレ、こんなん破門モンやぞコラ!」
頬をさすりながら、寄府は惚けたようにしている。
……世界列島有数の豊かさを誇る仏蘭西県と、それと対極をなすような過酷な阿弗利加地方の『負け組ブロック』。異世界と言っていいほどに、社会の常識が異なる。
そしてこの価値観のズレが、軋轢を生む。




