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玖拾 阿弗利加地方の抗争②

「ほぉ〜……こらまた、なんや大したもんやな、ほんま。」

ブンブンと唸りを上げる工作機械。テキパキと製品を組み立てる仏蘭組の若衆。

盃を受けた鎌吉かまよしが詰めることになった先は、仏蘭組のフロント企業の工場だった。


「しっかしなぁ……これだけ若いモンがシャカシャカ働いとったら、そら仏蘭組も景気ようなるわな。」

鎌吉かまよしは故郷を思い出す。

若い衆の数は遥かに多いのに、シノギがなく、みんなブラブラしているのだ。

「こんな工場あったら、ウチらのシマかてもっと景気よう回っとったんちゃうか……。」


──鎌吉かまよしのカンは正しい。

彼の故郷は今、極道の隠語で呼ばれるところの『人口ボーナス』という状態の前段階にある。

圧倒的な数の若者がおり、これを労働力としてシノギに投入すると、計り知れない富を生み出す。

そして若者が支えるべき老人は非常に少なく、若者たちは老人たちを養うゼニの負担が小さい。稼いだゼニを自由に使える。

そうして放出されたゼニがまた誰かの給料として世の中をグルグル回ることで、景気はどんどん良くなる。


そして、このサイクルは、大規模な労働力を必要とする産業……製造業が、膨大な数の若者を労働力として吸収することによって成立する。

……鎌吉かまよしの故郷に工場が立ち並んで、若者が一斉にシノギを回すようになれば故郷の景気も良く回るようになるという直感は、的を得ている。


「ここでガッサ儲けて、村ん帰って同じような工場ドーン建てたらエエんちゃうんか?

そしたらワシゃ一家持ちや!ほいで本家の眞玄まくろの大親分から直盃いただいてな、仏蘭組の直参になったるっちゅう話や!」

鎌吉かまよしは燦燦と輝く明るい将来を思い描いて、気合を入れてフライス盤に向かった。


しかし……。


「アホんだらッ!ワレぇ、ほんま指詰める気ぃかい!

指っちゅうんはな、おやっさんに落とせ言われるその日まで、大事に大事に取っとくモンやろがい!」

胆を冷やした兄貴分である親方が怒声とともにすっ飛んでくる。

鎌吉かまよしは、不安全行動で機械に指を巻き込まれそうになり、あわてて手を引っ込めたところだった。

「危のうてしゃあないわ!ここにデカデカ書いとるやんけ、『エンコ詰め注意!開けるときは停止ボタン!』って!!」


……そんなこと言われても、ワシには分からんのよ。

鎌吉かまよしは、単語程度なら辛うじて読める。しかしこれが繋がり文章になると、理解が怪しくなる。さらに文と文が繋がってくると、もはやお手上げだ。


そして親方は、鎌吉かまよしが作ったチャカのフレームを手に取る。

「ほぉ〜……まぁ切削面の出来は悪ないな。

よっしゃ、一丁ワシが測定しちゃるか……ん?

……おどれ何さらしとんじゃコラァ!

なに下手ぁ打っとんねん!この不良品の山、どない落とし前つけるつもりやワレぇ!!」

灰皿が飛んでくる。親方は立てかけてあった木刀を手に取ると、鎌吉かまよしを滅多打ちにしてヤキを入れ始めた。


「ギエーーッ!!……あ、兄貴ィ!堪忍してや!ワシ、これでも精一杯やったんやて!」

鎌吉かまよしの叫び声が響く。


「お前なァ!!算数もできへんのかワレぇ!!

図面よう見さらせ!ここからここが12ミリ、んでここが5ミリや!

ほんなら残り7ミリしかあらへんやろがコラァ!!」

……すまねぇ兄貴。だけど、そんなこと言われても、ワシにはこうとしか思えんかったんよ。

親方の暴力を受けても、鎌吉かまよしには分からない。

数字は読める。しかし、そこから意味を引き出し、しかも一定の法則で数字を変化させるなど、どうやってやればいいのか。


「こんなモン小学生でも間違わんわ!

ワレも学校ぐらいは出とるんちゃうんかい!!

どないして落とし前つけるつもりじゃコラァ!!あァ?」


……学校。学校かぁ……。

鎌吉かまよしは、子供時代を振り返る。

……んな事言われてもよぉ……。ワシゃあそこで、いったい何したら正解やったんじゃ……。


チャイムの音が……鳴らない。

『あれ?先生、今日また休みなん?』

掘っ立て小屋のような教室の床にチョコンと座っている、下級生が首をかしげる。

『マジかいな……せっかくオカンにバレんように畑の手伝い抜け出してきたっちゅうのに。

……これ帰ったら、ほんまにシバかれるやつやん俺。』

5年生の鎌吉かまよし少年はウンザリして天を仰ぐ。


鎌吉かまよし達の通う学校。先生は一人しかいない。だから、こうやって上級生から下級生までまとめて授業を受ける。

そして先生はしょっちゅう仕事を休む。というより、来る方が珍しい。

そしてたまに来たかと思えば、『……うがぁああ!ワシゃ一体いつになりゃ給料が払われんねん!』と叫んで授業をほっぽり出して帰宅する。

家の仕事を抜け出して10キロ程の距離を走って登校している鎌吉かまよしは、こういうことがあるたびにウンザリする。


数日後。

『ええか〜?このページはな……なんて読むんやったかいのォ。』

昨日ようやく給料が払われたらしい先生がテカテカした顔で教壇に立っている。

……しかし、読み書きが怪しい。

先生は教科書を片手に、黒板にチョークを走らせる。尚、鎌吉かまよし達生徒の分の教科書はない。

『はい注目〜!ほなレンコンに6発弾の入ったチャカがな、ここに3丁ありますぅ。

弾ァぜんぶで何発や?……おい鎌吉かまよしぃ、前来て答えてみぃ。

……は?『3×6=18発』やと?アホかお前ぇ!!

そこは『6×3=15発』やろがい!!

計算の順番守らんから、そないなトンチンカンな答え出すんじゃ!!』

……ついでに計算も怪しい。

要は、小学校レベルの読み書き計算も怪しい、貰うものを貰っていないヤル気のない先生が、全学年まとめて碌に教材もなく教えているような状況なのだ。


そして暫くすると、けたたましいバイクのエンジン音が教室に轟く。

「オウ、ちィと挨拶に来てやったでぇ!」

廊下から教室に入ってきた族車には、特攻服を着た卒業生が二人乗りで跨っている。

当然、授業どころではない。


「ワシもな、親父から盃もろて、ヤクザになったんやで!どや、これ、凄いやろ!触らしたるわ。」

卒業生は、ポケットからチャカを取り出して見せびらかす。

「なぁオマエら、こんなとこでウダウダ先公のつまらん講釈聞いとるヒマあったらよ、ウチ来いって。

ワシんとこの親父、ちゃんと紹介したるさかい。そしたらオマエらも一人前の男になれんで?

……どや、来るか?」

……極めつけはこれだ。時々、暴力団員になった卒業生が乱入してきて、暴力団のスカウトをやっていくのだ。たまに学校でドンパチを始めることもある。


まごうことなき底辺校だが、鎌吉かまよしに選択肢はない。ここが、この近所で唯一の学校なのだ。


……ワシもなぁ、勉強できるようになったらよ、お医者さんとかになって、オカンに楽さしたれるんや!

鎌吉かまよしは必死に暗記し、覚えようとしたが……こんな環境で、まともに読み書き計算ができるようになるわけがない。


──仏蘭組がやるようなブツづくりのシノギを回すには、ある程度の読み書き計算の能力が必要となる。

しかし、阿弗利加地方の『負け組ブロック』の県では、コレが学校の実態だ。

最低限必要なスキルを身に付ける機会に恵まれなかった鎌吉かまよし達。


……加工の指示書を読み込んで機械を操作し、ブツを作ることなど、不可能だ。


「ったく、ホンマ使えん穀潰しやのう!

とっととヤサ帰っとれやコラ!お前に回すシノギなんか一個もあらへんわ!

……おい、西越にしこしィ!ワレ、このアホのケツ拭いて手直ししとけや!」

親方の兄貴筋に、肯尼亜けにあ県出身の若衆が呼ばれる。

一瞬憐れむような目を鎌吉かまよしに向けると、黙々と作業に取り掛かった。


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