捌拾玖 阿弗利加地方の抗争①
「コラッ!鎌吉!
アンタ、なんで毎日ブラブラしてんの!
お父ちゃん腰悪いんやから、ちゃんと働きぃって言うてるやろ!」
山奥の閑村、掘っ立て小屋のような民家に、カーチャンの怒声が響く。
「うっせぇわ、ババア!……俺だって忙しいんやっちゅうねん。
ところで飯、もうできとんのか?あァ?」
外のゴロツキ集団とつるんでいた鎌吉は、帰宅早々カーチャンに怒鳴られ、不貞腐れている。
……閑村と言ったが、この村、鎌吉のような若者の数は異常なほど多い。
鎌吉は、愚連隊を組んで隣町の連中と抗争を繰り広げている。
「あぁもうアンタは!
働く気ないんやったら、もう出て行き!
……海でも渡ってきいな!仏蘭組やの独逸組やの、向こうの親分さんとこで使うてもらえるらしいやないの!
アンタみたいなふにゃふにゃしたひょうろく玉、一遍ガッツリ鍛え直してもろたらええんや!」
カーチャンはキンキンと金切り声を上げて鎌吉を叱りつける。
鎌吉は手で耳を押さえながら言う。
「あぁーーもう、うっさいねんババァ!
……せやけど、まぁ分かっとるわ。どうせこの村おっても、ケンカかタタキくらいしかやることあらへんしな。
他んとこのシマ行ったら、ちょっとシノギ張るだけでええ金になるって、安藤の奴もこの前言うてたわ。
分かったわ!そこまで言うんやったら、明日から行ったるわ!
……せやからさ、まず金くれや。」
こうして、鎌吉は明日、仏蘭組が裏社会を取り仕切る、仏蘭西県に引っ越すことにした。
──阿弗利加地方。
この巨大な島は、50程の県に分かれている。
うち2割程、加納県、肯尼亜県、南亜県などのシマは、やり手の暴力団組織に支えられ、食いっぱぐれない程度にはシノギも回っている。
これらのうまくいっているシマは大抵、海に面しており、シーパワー系暴力団のシノギの源泉──シーレーンに睨みを効かせるに都合の良い要衝にある。だからシーパワー系暴力団はこぞって盃を結んで庇護下に置く他、そもそもの立地が良いのでシノギは勝手に回っていく。
対して残りの、うまくいっていないシマは、例外はあるもの大抵内陸部に位置する。ここは海がなく、シーパワー系の列強筋が目を掛ける動機がない。
また物流も壊滅的でシノギも回らない。というより、チャカを構えたゴロツキがウロウロしている中を、タカられながら、ブツを抱えて走り回るのがこの地方の物流なので、とてもシノギにならない。
なのでこの地方を根城にする暴力団組織はシノギに行き詰まり、シマを碌にシメることもできない。
したがってシマは荒れ、仮に列強筋が介入しようにもコストが高くつく上得られるメリットも薄く、その結果さらに放置されてシノギが回らなくなるという悪循環に陥っている。
阿弗利加地方はこのように、『勝ち組のシマ』と『負け組のシマ』に分かれるようになった。
いや、分かれるというより、「モザイク状に負け組ブロックを取り囲むように勝ち組ブロックが散らばっている」という状態に近い。
そしてこの阿弗利加地方、兎に角若者が多い。
若いエネルギーに溢れているのはいいのだが、『負け組のシマ』はシノギが回っていないだけに、この鎌吉のようにプータローを張る者が大半なのだ。
「ほな母ちゃん、ワイ行ってくるわ。
せやけど安心せぇ、ワイぐらいの天才が本気出したら、金なんかアホほど稼げるんや。
そのへんの雑魚ども震え上がらせて『鎌吉会』とか立ち上げてやるから楽しみにしとけ。」
翌日、鎌吉は朝日を背に、生まれてこの方慣れ親しんだほったて小屋を後にした。
「またバカなこと言うて……。
ええか、アンタも男やったら、ちょっとやそっとの辛いことがあっても、すぐ帰って来たらアカンで!
……身体だけは、ちゃんと大事にしぃや!」
カーチャンの声はしっかりとしている。笑顔を浮かべながらも、その目は少し潤んでいる。
……プータローでは食っていけない。
なので、鎌吉のような若者は、故郷を離れていく者が多い。
*****
「……ちくしょう、クソッタレめ!あぁ〜、めっちゃヒデェ目に遭うたわ……。
もう船なんか、まじで懲り懲りやわ!」
目の下にクマをこしらえ、乾いた波飛沫で体のあちこちから塩を吹いているようなボロボロの風体の鎌吉が、仏蘭西県の土を踏む。
……道中は最悪だった。ヤクザのフロント企業の旅行代理店に有り金全部巻き上げられ、小舟に押し込まれて地中海に流されたのだ。
別な船に乗り込んでいた千葉っちは、海の底に沈んだ。
「アイツ、ほんまエエやっちゃったんやけどな……。
千葉っち、お前の分までな、ワイが眞玄の親分にビシッと男見せて、アホほどゼニ稼いできたるわ。」
仏蘭組の盃を受けに、鎌吉は本家事務所へと足を進めて行った。
重厚な鉄扉の向こう側に、眞玄組長の座す本家事務所、通称『エリゼ』がある。
かつての抗争やガサ入れの際に付いた、凹みやエンジンカッターの切り傷を修理した跡の残る古めかしい鉄の扉が、ランドパワー系の武闘派ヤクザである仏蘭組の歴史を物語っている。
若衆に案内され、貸し出された紋付袴に着替えさせられて畳張りの奥座敷に通される鎌吉。
そこには、鎌吉の他にも、阿弗利加地方から流れ着いた渡世人がずらりと列をなして正座していた。
暫くすると、紋付袴に身を包んだ、仏蘭西組の極道が入室し、上座に腰を下ろす。
──眞玄組長からの直盃を受けた直参の、仏蘭組若頭代行・内務組々長 老蘭だ。
「只今より、古式に則り、仏蘭組内務組 親子盃の儀を執り行います。
親となられます、老蘭殿。持続発展の任侠の道に照らし、多様性の筋を通して、この度……」
畳に正座し、老蘭に正対する媒酌人が厳かに口上を述べる。
口上のあと、若衆に差し出された三宝の上の盃を両手に取り、一口飲む老蘭。
「続きまして、子となられる、満殿、九郎殿、鎌吉殿……」
媒酌人が、鎌吉たちの名前を読み上げる。
両の拳を畳について正座した姿勢で、座敷全体によく通る、気迫の籠った声で口上が述べられる。
「……任侠の道とは、血筋や出身地の差を超えて、共に道を歩む覚悟の道にございます。
肌の色も、異なる信条や顔も、すべて包み込み承服し、仏蘭組の筋を守る覚悟を問われるのです。
老蘭殿や古参の諸兄のために、自らの身をもって多様性の筋を通す覚悟がございますなら、その盃を一気に飲み干し、お納めください。」
横に白装束を着て控えていた仏蘭組の若衆が、鎌吉の目の前に三宝を差し出す。
先ほどの老蘭の見よう見まねで、両の手で盃を取り、一息に飲み干す。
そこで、老蘭組長は初めて口を開く。
「お前ら、ええ顔しとるやないか。ほんまに、頼りになりそうな、ええ子分を持った気分やわ。
……ウチも最近は若い衆が減ってきて、シノギもあんま回らんようになっとるんや。
今日からお前らも極道の渡世や。筋通して、キッチリ励めや!」
鎌吉は、痺れた。
……お世話になります、おやっさん!
──少子化の影響によるヤクザのなり手の減少。これは仏蘭組を悩ませる問題だ。
……いないならば、外から来てもらえばいい。老蘭は、そう考えた。
阿弗利加地方には、仕事にあぶれとる若ぇもんがようけおるんや。
そないな若ぇもんを受け入れてやったら、ウチの代紋の貫目も上がるっちゅう話やろがい。
かくして鎌吉は、仏蘭組の二次団体の若衆となった。




