捌拾捌 一帯一路盃の闇⑥
金立はまだ大の字になって床に伸びている。
……まさかコイツ、死んじまったか?
近平組長は少し心配になる。
この程度でくたばるようなタマじゃねぇよなぁ……と様子を見ていたところ、金立の手がピクリと動く。
そしてウーンと唸ると、目を開く。
──暴力団というだけに、その日常は暴力と共にある。このように、極道達は、並外れた暴力への耐性を持つ。
「……ったく、だらしねぇなコラぁ。ンなカチコミなんて物騒な真似せんでも、いくらでもやり様があんだろうがよ。ちぃとは頭使えよ馬鹿野郎!」
近平はタバコを取り出して口にくわえる。
金立はフラフラしながら立ち上がると、そのタバコに火をつける。
近平は紫煙を吐き出し、目を細めて言う。
「……『通貨スワップ盃』、いっちょ結んで来いや。
とりあえず、肯尼亜組のボケ共からキリトって来いや!」
その言葉に、金立は目を見開き、その手があったかと、小さく言う。
──『通貨スワップ盃』、それは、ゼニで繋がった兄弟の盃だ。
他所の組とのシノギにおいては、通常、支払いで相手に受け取ってもらえる『貫目の高い外貨』が必要になる。
しかし、肯尼亜組のような弱小地方暴力団組織は万年金欠のような状態で、『貫目の高い外貨』などいつでも手元にある訳ではない。
そこでこの『通貨スワップ盃』を結ぶ。
これはお互いの組の代紋札を担保に、外貨が足りない時にはお互いの組の札を融通しましょうという盃だ。
例えば肯尼亜組が外貨に行き詰ったら、中共組からその代紋札、『ユアン』を借りる。
『ユアン』はユーエスダラーほどの貫目は無いが、少なくとも中共組への支払いには使えるし、両替屋に持っていけばユーエスダラー等の札と交換することもできる。
『通貨スワップ盃』の期限がきたら、肯尼亜組は借りていた『ユアン』を返すか、担保として自分の筋の代紋札、『シリング』を持っていってもらう。
これで肯尼亜組は急場の金欠をしのげる。
中共組は、『一帯一路ファイナンス』のユーエスダラー建ての借金の返済を、『通貨スワップ盃』で貸し付けた『ユアン』で受け取る。
これを両替屋でユーエスダラーに両替すれば、中共組の手元にダラーが帰ってくる。
自分のところで刷った自分の組の札を理由なく両替すると、任侠の道を外れた外道の所業、『為替操作』と見做されて亜米利加組から制裁を受けるが、この三店方式のようなやり口なら問題ない。
これで中共組は、堂々とユアンをユーエスダラーと交換できるのだ。
問題はこの『通貨スワップ盃』で貸し付けたユアンが焦げ付き、担保の『シリング』が帰ってきたときだ。
ハッキリ言って、こんな代紋札、中共組にとってはケツを拭く紙にもならず、貰ってもしょうがない。
これをダシに強請って借金のカタに地上げしてやっても良いが、正直このユアンは返ってこなくても『短期的には』大して影響はない。ユアンは中共組の札だ。刷ればいいので、枯渇することはない。
それに何より………
「おやっさん、報告っす。
肯尼亜組の佐茂叡組長から、ありがてぇことに快諾いただきやした。
……ついでに、なんか妙に感謝までされちまって。
盃事の日取りは来月の大安吉日。
場所は『双寿環』──きっちり押さえてありますんで、ご安心くだせぇ。」
「やりゃあできるじゃねぇかよ。あそこの親父はよ、今まさに懐が火の車ってやつだ。
お前の話聞いた時ぁ、向こうさんからしたら観音様でも拝んだ気分だったろうよ。
……よくやったな。
ほら、これ持ってけ。医者にでも行って来いや。」
そう言うと近平組長は財布を取り出し、無造作に札束を掴むと金立に渡す。
頭に血の痕の残る金立は、礼を言うと近平の元を辞した。
金立の後ろ姿を見送った近平は、ニヤリと笑みを浮かべる。
──この『通貨スワップ盃』には、貸していたダラーの回収以上のメリットがある。
盃を結んだ相手の組から認められ、中共組の代紋札、『ユアン』の貫目が上がるのだ。
『ユアン』の貫目が上がれば、ユーエスダラーのように、他所の組同士のシノギでも使われるようになるし、中共組も『外貨準備』の残高を気にせずシノギを打つことができるようになる。
……そしてこれは、亜米利加組による『ユーエスダラー凍結』が効かない世界を広げるということでもある。
これは、この先中共組が台湾島にカチ込み、高砂組とやり合う時に必要だ。
その時には、高い確率で亜米利加組は『ユーエスダラー凍結』の伝家の宝刀を抜いてくるのだから。
亜米利加組は、この『一帯一路』を苦々しく見つめている。
リムランドの要衝の組を『一帯一路ファイナンス』のゼニで縛り、中共組の影響圏に取り込む。
制裁で首の回らない露西亜組とも『一帯一路盃』を結び、シャブ漬けにするかのごとく中共組のゼニにズブズブと依存させることでハートランドへの影響力を確保する。
……そう、これは『亜米利加組が中心となって編成される中共組包囲網への逆包囲』という意味だけでなく、中共組がハートランドを押さえ、リムランドを連結して『覇権国家』へと転身する布石となるのだ。
今日も、『一帯一路ファイナンス』の名刺を手に、金立は地方暴力団への営業に回る。




