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捌拾陸 一帯一路盃の闇④

障子の向こうから、波音が聞こえる。

白布の上に建てられた三宝には、白磁の徳利と3つの盃が並ぶ。


上座に座す鷹居たかい組長は、厳かに口上を述べる。

「本日ここに、錫蘭せいろん組による当家および印度いんど組への不義理を水に流し、互いに任侠の道を歩む者として和解の盃、『円借款盃』を交わし、義理と人情によって錫蘭組の救済を図らんとす。」

盃を手に取り、口を付けるとその中身を喉に流し込む。

……ほんに、世話の焼けるこっちゃのォ。ゼニはかかるが、桑道くわどう会の睨みに比べたらこんなモン、はした金じゃわい。


錫蘭組の貫目の空白に乗じて、中共ちゅうきょう組が錫蘭せいろん島での地盤を固めること。

これは、旭日きょくじつ組にとっては悪夢だ。

旭日組は、筋金入りのシーパワー系暴力団だ。そのシノギは大洋と共にある。ここインド洋も勿論、旭日組にとっては重要なシノギの命脈、シーレーンだ。

ここを中共組のような筋の異なる暴力団組織がシメるということは、旭日組のシノギの生殺与奪を握られるということ。

……今回の円借款盃で錫蘭組に貸しつけたゼニぁの、旭日組にゃあ、ホンマ微々たるモンじゃ。

そがぁな端金でウチのシノギの命脈が守れるんじゃったらのォ……安いモンじゃい、そんなもん。

鷹居たかいは、盃を半紙の上に乗せると、それを包んで懐にしまった。


続いて茂出もいで組長が盃を手に取る。

「錫蘭組とは長きに渡る兄弟の誼。当家に対する不義理は先代個人の無明として水に流し、ここに兄弟の義理を以て錫蘭組を救済する。」

厳かに口上を述べ、盃に口を付ける。

しかし、その心中は穏やかではない。

……螺似らにるゥ。おまん、ほんにどげんすっとや。

ゼニは、まぁ死に物狂いで返せるかもしれんばってん……港んほうは、もう戻ってこんとばい……。


中共組は借金のカタに取り上げるのではなく、99年契約で賃貸する形で港を取り上げた。

毎月中共組から支払う家賃の分だけ借金を減額してやるというものだ。

……これはつまり、仮に錫蘭組が中共組への借金を完済しても、賃貸期間が終わるまでは中共組はこの港に居座るということだ。

当然その間、印度組は目と鼻の先で中共組と対峙することになる。

錫蘭島方面の見廻りを強化せねばならず、若衆もチャカもその分必要になる。

……あんバカチンの借金ば待っちゃるんは、まぁしゃーなかて思うばってん……こいだけは、ほんなこつ堪えきらんばい。

茂出もいでは、盃を半紙に包みながら小さくため息を吐いた。


「この度は、御賢台様方への筋を誤りましたこと、当家の汚点であり無明の極みでありました。

ケジメとして、あの港の任侠の筋の者による利用を、家主として禁ずることといたします。

御賢台様方の温情に与り、一日も早いシノギの立て直しと債務の返済に努めて参ります。」

鷹居たかい組長から盃を受け取った螺似らにるは、芯の通った声で口上を述べると、盃に口を付ける。


しかしその口上とは裏腹に、その内心はなんとも頼りない。

……言うてもなァ、兄ィ。中共組の連中がドヤドヤ押し寄せて来よったら、ワシんごとじゃ何もでけんとよ。

自慢やなかばってん、チャカもろくなの持っとらんし、若衆もゴロツキばっかで使いモンにならんけん……。

兄ィ、その時ゃ……頼むばい。助けちゃってくれ。


そう、あの港は中共組が賃貸する形で取られたとはいえ、あくまで錫蘭組は家主だ。

『刺青のある方のご利用はお断りします』という札を港に掲げ、暴力団関係者の利用を禁止することはできる。

しかし、実際に中共組のヤクザによる利用を阻止する実力は無い。……それが出来るのは桑道会だ。

結局、錫蘭組は、シマの守も桑道会におんぶにだっこということになる。


*****

螺似らにるは、最後に畳に頭を擦りつけて帰っていった。

来た時にはこの世の終わりのような表情だったが、『円借款盃』を結んだ帰り際には、疲労困憊の中にも少し希望の表情が見て取れた。


鷹居たかいィ。ワシの舎弟が迷惑かけたのォ。

……ようやく()()、片付く目途が立ったばい。」

「ほうじゃのォ。……で、()()はどうするとや?」


──『一つ』、『残り』……。

実は、中共組の『債務の罠』にハメられた筋は、錫蘭組だけではない。

巴基斯担ぱきすたん組、馬爾代夫もるぢぶ組、緬甸びるま組、高棉くめーる組……。

程度の差こそあれ、『一帯一路ファイナンス』からの借金のカタで地上げにあったか、それに近い状態にある。

そしてこれらのシマを軸に、印度組への睨みを強めつつある。

……それはまるで印度組のシマの周りを、真珠の首飾りがごとく取り囲むように。


「……『残り』か。何とも難しいのォ。」

茂出もいでは、肩をすくめる。

今回の『円借款盃』のように、借金を整理してやり、桑道会側のゼニをぶち込んで影響力を高めてやることはできる。

しかし、それでも錫蘭組のように、地上げされた港が帰ってくるわけではない。

そしてもっとも深刻な巴基斯担組に至っては、印度組の向こうの筋だけに桑道会のゼニそのものが通らない。


「……ま、ブチブチ悩んどっても始まらんわい。

向こうが船持って来よるんじゃったら、こっちも船を出しゃえぇ。

チャカ持って来る言うんなら、ワシらはそがぁなモンよりぎょうさん多いチャカを揃えりゃえぇんじゃ。

若い衆連れて押し掛けて来よるんなら、こっちも見回りに若い衆を出しゃえぇ。

……そのための桑道会じゃろうがい。

ええか、茂出もいで。ワシらはのう、中共組と囲碁打っとるんじゃ。

……取りに行くんは石とちゃうがのォ。」

鷹居たかいはタバコに火をつけると、紫煙を吐き出し、ボンヤリそれを見ている。


桑道会は、いわば中共組を海で囲い、インド太平洋から締め出すための包囲網。

それに対し、中共組は『一帯一路盃』で陸を以て逆包囲する。

……これは、相手を包囲しきって詰ませるまで続く、盃とチャカと代紋、そしてゼニで打つ囲碁に等しい。


「おどれもええ加減、鳴門なるとの兄弟と、はよう仲直りの手ぇ打っちゃらんかい。

……あいつも大概なタマじゃがのう、アレがおらにゃあ、この桑道会は始まらんのんじゃけぇ。」

鷹居たかいに窘められた茂出もいでは、バツが悪そうにしている。

先日の印度組へのミカジメ騒動以来、亜米利加あめりか組の鳴門なると組長と茂出もいでとは、半ば絶交状態だ。


この包囲戦は、盃の筋がモノを言う。

桑道会どころか世界列島最強の亜米利加組の動向が、この一局の勝敗を決める。

桑道会には、仲間内でやり合っている余裕はない。


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